#056:激烈な(あるいは、愛と欲望のテンプレート)
「『赤青カンで』の説明をするだニャン♪」
どういう略し方? 抜き出すとまずい単語が含まれている気がするが、つっこんだら負けの世界だ。僕はすんでのところでぴんと伸ばしかけた右手を、左手で揉みほぐして落ち着かせた。
「持ち時間は各対局者『2分』ずつ!! 通常と違って一手ごとの交代制ではありません。……だニャ……えーと、持ち時間の分だけDEPを次々と繰り出し、終了時点で『支持者』の一人でも多い方が勝ちとなります」
だニャンを忘れがちになっている猫田ちゃんの説明だが、指し示した画面には、灰色の長方形がでんと横たわっている。
「灰色のバーはどちらも支持していない審査者の数を表しているだニャン♪ 対局が開始したら、審査者はいいね! と思った時点でその方のボタンにタッチします。その総数がバーの真ん中から左右に伸びていくわけです。こんな感じに……」
灰色バーの中央から、左に赤、右に青のバーがじわじわと伸びていく。バーの横には「支持者」の数だろうか、赤「2,076」と青「1,890」と示されている。灰色の部分も残っているが、これは「ノーカウント」なんだろう。まあ早い話、一人一票の選挙みたいなもの、ではないかと思う。
「審査者は6,035名!! 灰色が半分以上とかで終わる塩対局だけはほんとに勘弁してね!! それじゃあスタンバイ!」
結構エグい忠告を挟んできた猫田ちゃんが、軽やかに対局開始準備を告げる。僕とパーカー少年はほぼ同時に対局シートに腰かけた。
「……だニャン!!」
それスタートの合図!? わかりにくい所で不足分を補わなくても!! とまたしてもだが、つっこんでいる暇はない。右の肘掛には見慣れた<着手>のボタンとその下に<2:00>と残り時間が。対戦相手を見やると、既に戦闘態勢に入っているようだ。いやな予感がする。と、
「……俺みたいな高3でダメ張ってる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは」
案の定が始まりやがったーっ。パーカー少年のつぶやきと共に、青色のバーが50、100と伸びていく。意外に展開早いぞ、これ!!
「今日のクラスの会話……あの流行りのダメかっこいい とか あのダメさほしい とか ま、それが普通のダメ人間ですわな」
野郎っテンプレがある分、すっすすっす繰り出してきやがる。青色がついに500まで到達してしまった。僕も何か言わないと!! 普通のダメ人間って何だとか疑問に思ってたら、このまま持ってかれてしまう!! ここは……
「……かたや自分はダメの砂漠でメイド服のおっさん達を見て 呟くんすわ it’a
目には目を、テンプレにはテンプレを。パーカー少年が息を継いだのを見計らい、僕も負けじとぶっ込んでいく。やった、赤のバーも急上昇。パーカー少年の顔が歪む。言ったもん勝ちなのか? このルールは。いや考えている暇はもはや無い。
「「好きな音楽!! 溜王国国歌!!」」
パーカー少年と僕の声が綺麗にハモってしまった。いやハモってどうする。
「「尊敬する人間!!」」
「アオナギ ヨリヨシ七段!!(傍観行為はNO)」
「カワミナミ ジュンさん!!(ムエタイ行為はNO)」
前者:パーカー少年、後者:僕で意見が割れる。そこは割れる。
「「なんつってる間に2分切れっすよ(笑)あ〜あ、『赤青カンで』の辛いとこね、これ」」
恐ろしいまでのシンクロ率で、僕とパーカー少年のDEPの打ち合いは終了した。画面を見る。結果は? 結果はどうなったんだ?
<赤:2,922:青:3、007>
!! ……負け……てしまった。やはり……やはり付け焼刃では本家には勝てなかった。呆然自失の体でぐらりと僕は体をシートに預け、放心してしまう。が、
「少年!! まだ2秒残っている!!」
そこにかかるアオナギの声。怒ってはなさそうで良かった。そして僕は自分の残り時間がギリギリ尽きていないことを悟る。どうする? 2秒……2秒……
「……以上、室戸ミサキでしただニャン♪」
苦し紛れにまたしても人様のネタをパクり、精一杯の可愛いげな声色でそう言った瞬間、赤のバーがズドンと、青も灰も飲み込むが如く、凄まじいスピードで伸びたのを僕は認識した。嗚呼……
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