#042:深淵な(あるいは、ナチュラル・ボーン・テラーズ)


 結局、丸男の「碧」メイド服の制作は深夜3時まで及んだ。それにしてもこの山荘の仕事場を借りられたのはほんとに大きかったよ。あの馬鹿でかいサイズの身体を包むとなると、その布地もシーツばりの面積になるわけで。さすがに車の中で作るのは無理あった、と思う。ジョリーさんは何とかなったけどねぇんとは言っていたけど。


「……おお、三色揃うとまたこれは引き立つなぁ。室戸クンの見立てと聞いたが、この小・中・大のバランスもなかなかに面白い」


 三歩くらい下がって、オーリューさんは仕上がったばかりのメイド服を身につけた僕ら三人を腕組みしつつ見やる。


「……」


 小:室戸(紅)は中央でメイドらしく円いシルバートレイを胸の前に抱いたポーズ。


「あ、我ら三人〜」


 中:アオナギ(蒼)はその右隣。左手上・右手前に手首や指やらに複雑な角度をつけつつ、ガニ股・への字口で顎をしゃくりつつ見栄を切る。だからどんなセンス。


「……千秋楽に魁け集いし、男前メイド三人衆にてござ早漏……でごわす」


 大:丸男(碧)は左隣やや後ろ。あんこ型の巨体は腰を大きく割り、雲龍型の堂々たる土俵入りだが、立ち位置からしょうがないこととは言え右左の手の上げ方が逆だ。いや、そこが問題ではないことは重々承知はしていますが。


「……完璧じゃなぁい」


 突っ込みどころを多くし、いやむしろ突っ込みどころで全面を球状に包み上げることで、逆に突っ込ませることを封じる、そんな高等戦術を体現している僕らだったが、ジョリーさんからも高評価だ。まあダメ界のほぼ全て、僕にとっては未知ではあるのだけれども。


「後はメイクねぇん。ムロっちゃんはもう決まってるけど、あと二人をどんな感じにするか……ま、ちょっとやってみてバランスを見るしかないわねぇん」


 ジョリーさんはうっすら青くなってきた顎に指を当てて思案顔。真剣な表情だ。劇団付きのメイキャッパーだったという、その腕前が披露されるのか? 二人は仕事場隅にある鏡の前に連れて行かれた。


「……」


 一方の僕は別の鏡を前にメイクの練習。せめて自分で手直しくらいは出来るようにしておきたい。


「……どうかしらぁん、ムロっちゃんみたいな路線で攻めてみたわぁん」


 20分ほどで仕上がったようだ。さすが手早い。メイクを施された二人は促されるまま、仕事場の中央に戻ってきた。


「……んどう?」

「いけてるぅ?」


 ……てっきりこの二人にだから、KISSか鉄拳か樽美酒の三択になるのだろうと思い込んでいた僕だが、意に反し、非常にナチュラルな感じに仕上がって出てきた。でも何だろう、自然な感じがかえって不気味でおそろしい。


 「恐」ではなく「怖」。そんな精神にダイレクトで響いてくる根源的なおそろしさがあったのだろうか。うわあ~うわあ〜、こんなの絶対ダメだ。表に出しちゃダメ!! 不特定多数の人間に精神的外傷を与えるわけには……!!


 僕はメイド服を面々に承諾させた要領で、必死こいて丸め込みまくり、何とかメイクの方向性を「歌舞伎」と「鉄拳+KISSのハイブリッド体」に収めさせたのであった。あーこわかった。

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