#031:精密な(あるいは、かくも容易く浪費されるテクノロジー)

「まあ座れや。対局ツールは何かしら持ってんだろ?」


 アオナギがテーブルを指し示し、男……為井戸にそこに着くように促す。僕とジョリーさんは隣のボックス席に移動し、アオナギと為井戸がテーブルを挟んで差し向かう形となった。何が……始まるというんだろう(たぶん、ロクでもないこと)。


「物騒なことをするつもりはありませんよ。ただ私は『溜王』前に箔をつけたいと思いましてね。有段者の方に『仕合』を挑んでいたわけです。正直、こんな所でリアルに出会えるとは奇遇でしたが」


 言いつつ為井戸は大きめのタブレットを置いていた鞄から取り出した。さらに二股になった黒いコード状の何かをそれにつなぐ。


「『ダメ人間クエスト』……アプリご存知ですか?」


 ご存知あるかーと思いつつも、この世界では常識なのだろう。ふん、と鼻を鳴らしたアオナギ以下、みんな承知のこととして話は進んでいく。置き去りか。


「ネット環境さえあれば世界中のダメ人間たちと対局することが可能のこのアプリ。有料版では、『本当の対局』に近しい評価軸で対局が出来る」


 「本当の対局」。何だそれ。


「『DMセンサーモニター』。最新モデルです。その五つのリングを左手それぞれの指に嵌めてから、バングルを手首に留めてください」


 タブレットから伸びたコードの先は、さらに五つに分岐しつつリング状の物が繋がれていている。その途中には樹脂製と思われる大きな輪っかが付いている。リングを指に、輪っかを手首にするわけか。


「すげえ、何かカッコええわぁ〜」


 丸男がそれを見て反応するが、いつも嵌めてるあのグローブに似ていますからね。そう来ますよね。


「……で? ルールとかどうすんだ」


 アオナギは何というかやる気がなさそうだ。なぜだ? 十万ですよ!


「少々お待ちを。いま認証かけます……」


 為井戸が何やらタブレットを操作すると、画面に<アオナギ ヨリヨシ 七段>の表示が出た。少し遅れて<タメイド ユズル 四段>も。


「……本人認証も出来るのぉん? 高性能ねぇ」


 メイクを直し終えて手洗いから帰ってきたジョリーさんがそれを見て驚く。確かに、その装置を繋いだだけで名前が出るなんて……


「リングを通す時に指紋もスキャンしているのです。そして有段者はデータベースに登録がなされていると。おや? 七段はあまりやられてないようですねぇ」


 相変わらずの心無い笑顔で応じる為井戸。アオナギの名前の下には<2勝0敗 R1021>という数字が表示されている。


「……こんなお遊びやってられるかよぅ。馬鹿くせえ。ま、お前さんは相当やり込んでいるようだが」


 アオナギの言葉に為井戸の方の表示を覗き込む僕。そこには<620勝55敗 R2508>という数字が。


「それはそれは。しかしやるからには本気でやっていただきたいものです。全国にこの対局の模様は実況発信されますからねぇ。『溜王戦』前に、あなたの評判がガタ落ちになったら大変だぁ」


 何か、だんだん粘りつくような喋り方になってきたぞ。こいつの本性が垣間見えてきたというか……というか、そんなもん配信されようが誰も見んだろうとも思うけど。


「では、始めましょうか」


 為井戸が促す。バトルが……バトルがついに始まるのか?


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