第72話 映画「ある少年の告白」(2019)人に付けいり人を食いものにする人々

映画「ある少年の告白」原題 "BOY ERASED"

・同性愛者を自覚し始めていた主人公が大学でレイプされそうになる。家に戻った所、悪意ある電話から両親に同性愛の事が知られてしまいキリスト教系のLGBTQ治療キャンプに送り込まれる。日中通っている主人公は「治療」の実態が洗脳であり、施設側にはもっと別の狙いがある事に気付く。

・主演:ルーカス・ヘッジズ、ニコール・キッドマン、ラッセル・クロウ

・監督・脚本:ジョエル・エドガートン(施設責任者のサイクスも演じている)



 原作があり実話ベースの物語。名前は変えられているが、サイクス氏が実在である事は最後のテロップで分かる。


 牧師でカーディーラー経営者の父親をラッセル・クロウが、その妻で夫の言いなりになっていたか弱そうな母親をニコール・キッドマンが演じている。

 ニコール・キッドマンはその空虚さをとても巧みに演じていた。目の演技が素晴らしかった。要注目。

 ラッセル・クロウ扮した父親は牧師でもあるので礼拝の説教を行う。何回かその様子が出てきますが親子の様子がヒリヒリした関係に変わっていく。無骨で保守的な思想に囚われた人を大きな体で繊細な演技で表現。

 高校生から大学生の主人公を演じたルーカス・ヘッジズは「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で甥っ子役を演じていた。存在感のある癖のある顔つきでミステリアスで陽から陰に転じてしまうキャラクター描写が上手い。


 プロットは巧み。高校から大学での出来事と施設での「治療」の様子という2つの時間軸で物語が進んでいく。その中で同性愛、性暴行やLGBTQ治療キャンプの謎などが姿を現してくる。性暴行からの展開は男女問わず被害者に罪があるかのような展開も含まれていて主人公は四面楚歌に追いやられる。

 主人公が不安定な状況に置かれつつ時折引っ掛かるものが見えてきて何が起きているのか観客は考える事になる。彼の視点が観客の視点。たまたま目にする部屋の様子から彼が何か読み取ってる事は分かるし、我々も想像する。

 主人公は父親の指示で診療所へ連れていかれ男性ホルモン量の検査を受ける事になる。でも医師は同性愛と男性ホルモンに因果関係がない事を知っており先を予想した上で重要な助言をしていた。でもこの時点では彼は決断できないのでLGBTQ治療キャンプへ自らの意思もあって連れていかれる事になる。そして主人公が見聞きした事からLGBTQ治療キャンプとは一体何なのか2つの結論が見えてくる。


 カメラワーク、レイアウト設計もいい。主人公が夜明け前、母親運転の車で施設に向かう時、教会の前を通っていて十字架が見える。それは家族の倫理観を象徴する枷だった。そういった描写もきちんと施されていて観客を主人公の世界へ誘導している。

 終盤、カーディーラーで扱っている自動車メーカーとそこから立ち去るプリウスという対比なんかもやっていて丁寧に棘を埋め込んでいる。


 本作はミステリーではないが、ミステリー的な要素を持っている。そしてアメリカの宗教右派の思想から見たLGBTQの問題、そういう人々を対象にした治療キャンプが全米各地に多数存在して多くの人が送り込まれてしまっている実情なども見えてくる。エドガートンの社会への視線とエンターテイメント性が両立した優れた作品です。

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