第2話 「ファースト・マン」史実と脚色の境界線

映画「ファースト・マン」(2018)

・言わずと知れたアポロ11号ニール・アームストロング船長の半生記。ニールは大学2年を終えた時点で海軍戦闘機パイロット養成課程に入り朝鮮戦争に展開した空母から実戦飛行にも従事。帰国後復学して大学を卒業するとNASAテストパイロットとして採用されエドワーズ基地に置かれた飛行センターで連日実験用爆撃機や戦闘機、実験機を飛ばす日々を送っている。そんな中で最も宇宙に近づけた実験用ロケット機X-15のB-52からの空中発進から映画は始まる。

幼い娘の死。NASAの第2期宇宙飛行士への応募。過酷な訓練を経てジェミニ8号船長としてトラブルに見舞われたものの生還。アポロ1号の火災事故でショックを受けるもその後の無人、有人のアポロロケット打ち上げテストは順調に進み遂にアポロ11号の打ち上げに至る。


・監督は「セッション」「ララランド」のデイミアン・チャゼル。脚本は「スポットライト」「ペンタゴンぺーパーズ」のジョシュ・シンガー。製作にはスピルバーグも関わっている。チャゼル監督は脚本家でもあり監督自作映画はこれまで全て自身の脚本で撮ってきたが、本作で初めて他の脚本家と組む事になった。

その相手が史実由来の作品で高い評価を得ているジョシュ・シンガーだった訳でどうなるか大変気になった訳ですが、シンプルだが奥深いプロットで謎の多いニールを見事に動かしどんな人物か観客に探らせる作品として結実した。


・原作はJames R. Hansen『First Man: The Life of Neil Armstrong 』(邦訳あり)。ニール・アームストロング公認の伝記。本書については息子さんがゴルフの最中に内容の感想を聞いたもののニールが打ったゴルフボールを探す羽目になりその後は聞く機会がなかったという。(『ファースト・マン オフィシャル・メイキング・ブック』あとがきより)



 史実由来で描かれているが無線交信の大幅カットやジェミニ8号計器パネルの史実との相違、毎秒1回転を超える誇張された宇宙船のロールなど映像を通して再現する上で時に大きな脚色も行なっている。あくまで嘘の少ないフィクション作品である。


 本作の感想、評価は幅があり絶賛ばかりではない。宇宙開発史に興味のない人は淡々とした描きぶりが眠たいし月面最後のニールのエピソードが史実なら興ざめだというような人も見かけた。

 脚本の脚色はカレンにまつわるエピソードからニールの心中を想像して膨らませたものになっている。原作本だとニールは幼い娘の死を悲しんでいたと親族は言う一方、ニール自身はすぐエドワーズ基地でのテスト飛行、訓練飛行の日々に戻っている。同僚の中には娘さんがいた事を知らなかった人物までいて職場でプライベートの話は一切しないなど堅苦しい所もある人だった(でも社交性がないわけでもない)。

 原作ノンフィクション本の感想を息子さんが聞き出す事も難しかったエピソードで分かるように寡黙な人物故にミステリアスな存在になった。

 バズ・オルドリンのニールへの感想も決して穏やかな心境ではない一面があるはずだが、その一方で1期上に宇宙飛行士(オルドリンは3期)になった今は民間人(宇宙飛行士の時期には既に予備役も退いていた)の先輩宇宙飛行士を尊敬している事は宇宙飛行士として卓越した人物であった事を示している。


 史実と合わせて見ていくとニールの謎がこう描かれていてその上でカレンの脚色があるのかと見えてきて面白い。


<参考資料>

毎日新聞「思い出は「月に行く危険を説明してくれたこと」アームストロング船長の次男マークさん一問一答」2019年2月7日 08時00分(最終更新 2月7日 10時29分)

https://mainichi.jp/articles/20190206/k00/00m/040/289000c (https://mainichi.jp/articles/20190206/k00/00m/040/289000c)

『ファースト・マン オフィシャル・メイキング・ブック』DU BOOKS

ジェイムズ・R. ハンセン/日暮 雅通・水谷 淳訳『ファースト・マン 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生(上・下)』 河出文庫

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る