こちら、雨雲観測隊。
Mii
第1話
すべては、1本の通信から始まる──
─────
こちら第3雨雲観測隊、本隊、応答を願う。
こちら本隊。どうしたんだ急に。寂しくなったか?(笑い声)
─いや、違う。真っ黒な─だ…─が見える…
あ?なんだって?ノイズで聞こえないぞ?
─おい…まじかよ…─おい!みんな─ろ!─がこっちに来るぞ!おい!─か、助けて!─
おい、おい!大丈夫か⁉おい!第3隊、応答しろ!おい!
─こ─ら第3─
…─によって…─寸前…
─────
「それじゃあ行ってきます」
そう言うと、彼女は飛行機に乗り込んだ。
「おう」
特に感情の入っていない返事が聞こえる。
「しっかり整備しといたからな」
近寄ってきてそう言う。
彼女はパーフィー。
町の工房で働く15歳の整備士だ。
薄い綿の作業着の上から工房のオレンジ色の制服を着ている。
腕は良くも悪くもないが、よく世話になっている。
「わかってますよ」
少し笑い声を含んだ返事。
飛行機に乗っているのは来月で15歳になるエアという飛行機乗りだ。
第4期の探索隊の一員。
母親は2年前死に、父親は行方不明だ。
側面が猫耳のようになっている飛行帽の上から大きなゴーグルをかけている。
青い短い髪が潮風になびく。
ここは港町。
レンガ造りの家が連なる町並み。
港には木造の舟が並みに揺れている。
今は朝。
彼女の乗っている飛行機が太陽光に反射している。
波の音さえ聞こえなくなるような静かさだ。
静かな波を一気に目覚めさせるようなエンジンの騒音と共に、飛行機は前進する。
やがて速度が増し、海面から離れると、もう少しで見えなくなっていた。
「さてと」
飛んでいく飛行機を眺めながらパーフィーは無線機を手に取ると、電源を入れ、無線機に向かって話しかけた。
『聞こえるかー?』
操縦桿の横に置いた通信機から、雑音に混じった元気な声が聞こえる。
『しっかり聞こえてますよ』
『わかった。今日も探索だ』
『...わかりました』
呆れたような声がパチパチという雑音に混じって聞こえた。
『そう呆れるなって。今日はちょっと遠出するからさ、な?』
彼女は励ます様に言った。
『毎日毎日探索じゃ、それは飽きますよ…』
彼女の言う通り、この3週間は連続でほぼ毎日島の外に探索に出ている。
行方不明になった父親を探すため、朝早くに島を出発し、昼頃帰ってくると言った生活を繰り返している。
島は、まさに絶海の孤島とも呼べる場所で、住民がいつから居るかも不明、周りに島などいくら探しても見つからないような場所であった。
そんな事は気にせず島の住民達は毎日を過ごしていた。
しかし数年前、エアの父が島外探索に出たっきり帰って来なかった事を機に、彼女はいつのまにか空を駆け、父が何処へ行ったのか、なぜ父がいなくなったのかをこの目で確かめたいと思っていた。
そして、この島の飛行機や乗組員は全て『観測隊』と呼ばれる人達の長が管理していた。
『そう言えば、お前『観測隊』の試験どうだったんだ?』
パーフィーが唐突に聞いた。
『え、あぁ…』
エアは一瞬たじろいだが、すぐに答えた。
『まあ、なんとか乗り越えたとは思いますけど、受かったかどうかまでは…』
エアは苦笑して答えた。試験の一環として身体の技能を測るのだが、エアは正直体力には自信がなかった。観測隊は身体面、技能面、精神面での技能を測るが、彼女は技能以外得意ではなかった。
『そりゃそうだよな、お前…』
パーフィーはそこで切り、小声で話した。
『あの、パーフィーさん?聞こえてますか?』
エアは通信機を手にもって直接耳を近づけた。エアは通信機に釘付けだった。エアは、彼女に何かあったのではないかと心配になっていた
『お前、夜に猫見ただけで大声だしてビビるしな』
それを聞いて、エアはひどく赤面した。
『や、やめて下さい!』
焦りながら言うと、なぜだか彼女は余計に耳が熱くなるのを感じた。
潮風に当たりながら、恥ずかしさをかきけそうとすると、パーフィーからまた通信がきた。
『なんですか!?』
恥ずかしさのあまり少し怒るような口調になってしまった。
『悪かったって。実は知らせたい事があってさ』
彼女はひたすら謝っていた。
『伝え忘れてただけなんだが、昨日から整備のために飛行機の使用は禁止…されてたんだ…』
言葉を詰まらせながら辺りを気にするような小声で言った。
『はぁ!?』
エアは彼女を押し潰すような勢いで言った。
『悪かったって。だから…』
『何言ってるんですか!?「悪かった」じゃ済まされないですよ!そんなことをルークさんが知ったらどんな事を言われるか…』
『だから、悪かったって!な?私が責任全部負うからさ?な?』
パーフィーはただひたすら謝り続けたが、平謝りでエアの怒りは止める事は出来なかった。
『そんなことしたら、貴方がかわいそうじゃないですか!』
『え?』
『え?』
一瞬会話が止まった。
そのすぐ後、エアは自分が言ってしまった事を誰かに耳打ちされるように思い出した。
『…続きは帰ってから話します…』
『え?ちょっと、おい!』
片手に持った通信機の電源をパーフィーの言うことに耳もくれず切ると、やってしまったと、さめた頭をまた熱くしてしまった。
そして、そっと優しく通信機を傍らに戻した。
何があっても物に当たってはいけないという、父の教えがすっかり染み込んでいた。
また潮風に当たって落ち着こうと前を見ると、前から何か飛んできた。
「おわっ!」
エアの顔に何か張り付いた。
急いで引き剥がすと目の前の水平線が傾いていないのを確認し、自分の手がしっかりと操縦悍を握っているのを確認した。
ほっと一息つくと、引き剥がして手に持っていた紙切れを目で見ずに四つ折りにして胸ポケットにしまった。
そして、気は引けるが意を決して通信機の電源を入れた。
『何か紙切れみたいなのが飛んできて、なんとか拾いましたけど、これ一体なんでしょう…』
彼女は移り行く空と海の景色に細心の注意を払いながらパーフィーに通信を入れた。
『わからないけど、もうそろそろ昼頃だし、帰ってきても良いんじゃないか?』
さっきの事はすっかり忘れたような口調でパーフィーは応答した。
昼御飯を食べているのか、しゃべる声はどこかおかしかった。
気づけば太陽は真上になり、見上げると流れる雲に時々隠れながら輝き、眩しかった。
『…そうですね。もうそろそろ帰りましょう』
彼女はそう言うと飛行機を大きく左に旋回させた。
─────
港町に着くと、朝とは違い、町全体が活気で溢れていた。
商人が大きな声で呼び込みをしていたり、魚や果物の入った木箱を運んでいる者もいた。
早朝の町は白や赤茶けた煉瓦の色で染まり、静かな様子だったが、今は音や声のせいで余計に町は色付いていた。
『お帰り!』
パーフィーは腰に手を当てて満面の笑みで彼女を迎えた。
港町の下は飛行機の発着場となっていて、正面から見るとアーチがいくつも並んでいる様に見える。
白い煉瓦で出来た港町の景色は、太陽の光に当たって美しく、島全体をより綺麗に見せた。
─────
パーフィーの父親が営む工房でエアとパーフィーの二人は休んでいた。
工房の正面のシャッターが開いており、そのすぐ側のテーブルと椅子に座り、休んでいた。
「あっそうだ、さっき海で見つけたやつ、ちょっと見せてくれよ」
椅子に浅く座っていたパーフィーが体を起こしてエアに言った。
「ああ、そう言えば言いましたね、そんなこと」
エアは小さな胸ポケットに指を2本入れると中に入っていた四つ折りにされた紙切れを開いて差し出した。
「これ、なんだと思います?」
エアが見せた紙切れには見たことのない文字で何か長々と横書きでかかれていた。その文章の横に、手書きと思われる絵があった。
「何の絵なんでしょう…」
「わからん…けど、なんだかでかい…竜巻?」
二人は少しでも多く見ようと頭を突き合わせて覗き込んでいた。
「よし。ここは優秀な人材に頼るしかない」
そういってパーフィーが連れてきたのは港町の丘にある図書館だ。
正面の大きな木の扉を開くと、中には誰も居なかった。
10歳位の子供であれば15人は入れるような高い天井から大きなシャンデリアが下がっていて、壁には天井まで余すところなく本がびっしりと並んでいる。
中は真ん中が通り道になっていて、そこを避けるようにして長椅子が左右に奥の壁まで延びていた。
「よっ。久しぶりだな。」
「あら、二人とも、こんにちは」
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