恋愛日記

usagi

第1話 恋愛日記


私は小学校に入ってから、日記を書き続けている。毎日1ページ、1年で一冊。もうその日記帳は12冊も貯まっていた。

小学校の時、初めて書いたページを読み返し、思わず赤面してしまった。

最初の1ページには、「今日は普通の日でした」とだけが書かれていた。

「そこを知りたいのよ!」と思わず突っ込んでしまった。小学校1年生の自分を思い出したいのよって。


日記をつけはじめたきっかけは母だった。

幼稚園のころのことだったか。母がいつも大事そうに抱え、カギのかかる引き出しにしまっているノートがあるのを見つけた。

「それなあに?」と聞くと、

「これはね、私の日記なの。毎日何が起きたのか、って書き留めておくの。時々役に立つこともあるのよ。」

「りづちゃんにはまだ見せられないけど、私が死んだら読んでね。」


「ママ、死んじゃイヤだよ!」


「違うの。いまいちはまだりづが小さいから絶対に死なないよー。何があっても!」


「うん。わかった。じゃあ、りづ、ガマンして読まないね。」


それ以来、日記は私にとって特別なものになった。

大事で、温かくて、やさしくて、秘密めいたものに。


最近、私の日記の内容は変わりつつあった。その日あったことや、感想に加えて、「こうなったらいいな」ということが加えられるようになった。


ただの日記ではなく、私にとってそれは「夢日記」になった。


人は、きっと私のことを「恋に憧れる女子」とでも言うのだろう。

周りには彼氏がいる友達もたくさんいて、そののろけ話にウンザリする一方、妬ましく思っているのも事実だった。私の夢日記は「恋愛夢日記」になっていた。


そう、私は今恋愛がしたい!

私の夢日記は恋愛日記になり、そして妄想夢日記になった。


こんな彼氏が欲しい。

彼氏とこんなとこに行って、こんなことやあんなことをしたい。


そんな妄想ばかり。

自分では、こんなことを書いても意味がないとわかりつつも、止められなくなった。もはやただの痛い女になり下がってしまった。


今日も私はペンを手にとった。


「今日は、私の22歳の誕生日でした。社会人一年目、お金も入り、自分の世界を築けるはずが、結局お祝いしてくれたのは家族だけ。」


「今日を持って、行動を起こす。」

最後の一文に、ぐっと力を加えた。


「さあて、何をしようかな、、、。」

相席屋でも行くか。いや、もっと素敵な出会い方がいい。前に日記に書いたような、、、。


りづは背伸びをして西麻布のオシャレなバーに入った。気分を変えてお酒でも飲めば、もしかしたら何か道が拓けるかもしれない、と期待しながら。


階段を下りると、そこは暗いバーだった。

バーのマスターは寡黙で、オーダーを聞く以外は全くの無口だった。なるほどこれがバーの流儀なのかと、りづは思った。


出てきたビールは、キリンでもアサヒでもなかったが、とてもおいしかった。りづは一言小さな声でつぶやくように話かけた。


「このビールおいしいですね。」

マスターは聞いていないようで聞いていたようだった。


「はい。チェコのビールです。世界で初めて本格的に量産されたものなので、敬意を評して、何も詳しく言わずに『ビール』と頼まれた方にはこれをお出しさせていただいています。」


「おもしろい。」

「このビール好きになっちゃった。」


マスターは寡黙だったが、本当にお酒が好きなようだった。常連のお客さんとお酒の話で盛り上がっている様子を横目で見ながら、私は微笑ましく思った。


私はビールを少しずつ飲みながら、隣でマスターがお客さんとしていた話を聞いていた。


「いや、このウィスキーは、いくら山田さんの頼みでも開けられないんです。クラウンロイヤルの上級のものなんですが。」


「見てください、ここ。」


「あ、なにかハンコが押されてますね。」


「そうです。これは横浜税関のスタンプです。これで許可されて輸入されたんです。今ではこんなスタンプは押されません。大分前はこのスタンプが必要だったんです、輸入するには。」

「ねぇこの色とデザイン素敵でしょう。しかもまるで昨日にでも押されたみたいにキレイなんです。」


「確かに、これは開けられないわ。見て楽しむのが一番だね。」


私は60歳は超えているであろう、二人のダンディーな会話に聞き入ってしまった。


それから私はそのバーがすっかり気に入ってしまい、月に何度かは足を運ぶようになった。


とはいえ、あまりお金はなかったので、チェコの瓶二本とチーズを食べるだけだったけど、店に行くとマスターが笑顔で迎えてくれるようになった。

私は自分の新しい居場所ができたようでうれしくなった。


まあ、相変わらず出会いもなく、マスターも寡黙だったが。


私はバーで男たちが話す会話を聞いて、時々それを日記に書いていた。


ある日、

「あれなんだっけ?」

「あれだよ。映画の。前に話していたやつ」

例の山田さんがマスターに聞いていた。

それカジノロワイヤルでしょ、あなたが100回見たって自慢してたの。教えてあげるか、あげないか。


マスターが話しかけてきた。

りづさん、わかります?と。


「あ、はい。多分カジノロワイヤルかと。」

「あ!それだよ、それ!あなた良く聞いてましたね、えっとりづさん?」


「はい、山田さん。」


「おっと俺の名前もバレてたか、、、」


「いや、そうだと思ったんですよ。りづさんはいつも一人静かにお酒を飲んで私たちの会話を、、、。」

みんなで笑った。


あー、なんかうれしい。

私もようやくこの場所の家族になれた気分になった。


山田さん10年、長い人だと30年通ってる人もいるというから、マスターはいったいいくつなんだろう?と疑問に思った。


私は、、、まだまだ、ようやくお酒を飲めるようになったばかり。しかもまだお酒の味もあまり知らなかった。


マスターに、少しずつ色んなお酒を出してもらおうか。私はワクワクしてきた。


そして私はいつしか山田さんとも距離が近づき、今では付き合うようになった。


、、、。

さすがに長いか。

具体的すぎるか。


りづはペンを置いた。

私の妄想夢日記はそのバーの話で大分ページが埋まってしまった。


「あー、恋したい。」

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