第11話 勝敗の行方


「良く来たな、凛ノ助、マキト」

「修斗、降伏しろ。今回は修斗、お前の負けだ」

 凛ノ助が竹刀を銀林に突きつける。

「確かに、お前の勝利ではある」

 銀林は立ち上がることもなく執行室の椅子に深々と座りながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。余裕、圧倒的な余裕。

 銀林、まだ手は出し尽くしていないのか……?

「凛ノ助もマキトも、二人共優秀だ。飯尾先輩を籠絡し、三つの関門を突破してくるとは思わなかった。正直、久しぶりに血が滾った。俺も腕が鈍ってたから、今回の騒ぎは丁度良かったよ」

 銀林はだけど、と続ける。

「マキトもフィクサーとしてまだまだ甘い。大事なことを一つ忘れている。戦術的勝利では戦略的勝利を覆せないということを、だ」

「!?」

「問おう、共栄党の戦術的勝利とは何だ?」

「修斗を捕らえて、生徒会を機能不全にし、共栄党の行動を邪魔させないことだ」

 凛ノ助が答える。

「では、共栄党おまえらの戦略的勝利とは?」

「まさかッ!?」

 俺はまっ先に生徒会室の窓を開ける。

 裏山から黒煙が上がっていた。

「しまった……」

 俺は脱力した。

 焼かれた。

 チョコレートを焼かれた。

 戦略的な目標とはチョコレートを共栄党員に分配すること!

 これでは「全ての非モテに思い出と一個のチョコレート」という目標を実現不可能。終わった……。

 あまりにも銀林を討ち取るということに意識を向けすぎたのだ。

「どうやってわかったんだ。飯尾先輩は情報をばらまく前に始末したし、あの防空壕は俺と共栄党幹部しか知らないはず……」

 血を分けあった兄弟より固い非モテの怨念。それが凛ノ助以外には全員ある。裏切り者はあり得ない。

「じゃじゃーん、私だよっ」

 生徒会執行室の奥から飛び出して来たのは月宮だった。

 この夜坂中学で最も予測不可能なこの少女のことを、しかし、今回の件では関係ないだろうとたかをくくっていた。利害が対立しない限り、邪魔になることはないだろと、見積もっていた。

 甘かった。

「どうして分かった!?」

「私と楽しいことしよ♡って言ったじゃーん」

 ……そうだ、チョコレートを渡された時、月宮は不自然に体を密着させなかったか……?

 俺は自分の胸ポケットをまさぐる。あった……発信機……!

 瞬間、全て悟った。月宮は自分の利益の為に銀林に防空壕の情報を売ったのだ。

「非モテ拗らせたマッキーなら何かしでかすと思って、山を張ったら大当たり! マッキーこそ最優良な投資先だったよ」

 俺は発信機を上履きでジリジリと踏み潰す。

「うーーーん、ゴチになりました☆」

 くそったれ。

 つまり、今まで俺たちが相手をしていた第一から第三関門も、銀林の主目的は防衛ではなく、陽動……! 俺たちは囮を突破しただけで、まったくその実、銀林は共栄党本隊になど目になく、初めからチョコレート自体を焼き払うことを戦略的な目標と定めていたのだ。

 完敗……圧倒的完敗。

 戦略的敗北は戦術的勝利で覆すことは難しい。

「もはや、これまでか……」

 凛ノ助は潔く、竹刀を床へ落とした。

「くっ……」

 俺もまた、凛ノ助にならって武器を置き、降伏の意思を表した。

「さすがは凛ノ助、俺もヒヤヒヤしたぞ。あとチョコレートを燃やすのが、ちょっとでも遅かったら俺の負けだった」

 嬉しそうに笑いながら銀林は言った。

「いや、負けは負け。何も言えないな」

 対する凛ノ助も爽やかな顔をしている。



 俺たちは向かえにくる教師に逆らうことはせず、粛々と職員室へ向かったのであった。

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