第10話ー1 第一関門 チョコレートVS焼き肉
*
「兵は拙速を尊ぶ、か」
銀林は生徒会執行室にて、そう呟いた。
当たり前であるが凛ノ助の虚報になど騙されてはいない。騙されたフリをしただけだ。
機動を最も重視するのは凛ノ助の癖である。
いかに、教師に見つかる前に女風呂に侵入できるか。そのために磨き上げられた速さは神速と表現するに相応しい。
だからこそ最短ルートでここまで来る。名将はお互いが最善の手を打つから、ある程度、先読みすることが出来た。しかし今回は予測では無く銀林の確信であった。
小学生の時、散々、凛ノ助とは戦っているからお互いの手がよく分かっている。である以上、この勝敗を決すのは生徒会の黒崎、共栄党のマキトか。お互いのブレーンのどちらかが優秀か。
「黒崎、『関門』の用意をしてくれ」
銀林の指示に
「アイアイサー」
黒崎は元気に片手を上げて答える。
銀林は凛ノ助を討ち取るために三重の用意があった。
「凛ノ助、お前にこの計略が突破できるか――?」
*
「そこまでだ共栄党!」
行く手を塞ぐ一団がいた。道着に身を包んだ七名。皆、面構が尋常ではない。
「空手部か……」
俺は呟く。同時に銀林の用意周到さに戦慄する思いだった。きちんと身辺警護のために精鋭を残しておいたか。
武道をやっている人間VS素人では圧倒的に素人が不利だ。それは自身、剣道部である俺も凛ノ助も一番良く知っている……。
奴らはやばい。肉弾戦ではまず勝てない。
「大方金で生徒会に釣られたか?」
凛ノ助の質問に空手部部長、鬼道大河は不敵に笑った。
「おう、そのとおりだ。部費増額のためだ。凛ノ助、いつもは風呂のぞきで世話になっているが、今日は味方にはなれねぇ」
ちなみに部費というが正確には会長のポケットマネーだったりするのだが。
「降参しろ、凛ノ助。俺はお前を尊敬している、お前を殴りたくはねえ」
「笑止。勝敗は兵家の常なり。戦えば負けることもあるだろう。が、戦わずして降るなど有りえぬ」
「だがな、凛ノ助。お前の、その共栄党とかいう手下のことも考えてやれよ? 誰だって俺らに殴られたくはねえ。俺らだって、一般人にケンカなんてやったことがバレたら、師匠に破門されちまうかもしれねえ。穏便にいこうぜ、お互いの為に」
「二言はなし」
凛ノ助、振り返り
「ものども、共栄党の興廃はこの一戦にあり。臆するな、奮え」
ここにきては、鬼道も一戦交えるしかないだろうと思ったのだろう。
俺と振り返った凛ノ助と目があった。手はず通りにいこう。
凛ノ助を先頭に竹刀を各々持ち突っ込んだ。途端に乱戦となる。
竹刀という得物があるぶん、こちらが有利だが、相手の空手部の方がケンカ慣れしている。
不運にも空手部の肉弾をくらい倒れる剣道部員が現れる。
徐々に、徐々にジリジリと剣道部員が押され始める。
俺は、前島、後藤とアイコンタクトして作戦の遂行を実施する。
「凛ノ助、凛ノ助を狙え! 部費増額! 全員で食えないほどの焼き肉!!」
鬼道大河の叫び声。
空手部員たちが凛ノ助を狙い始める。
凛ノ助は剣道部員に守られながらも、舌打ちをする。
このまま持久戦になれば、我が党が敗北するのは目に見えている。純粋な戦闘力で押し負けている。
「ひけ! 一旦ひくぞ、退却!」
そう言うや否や、凛ノ助がまず最初に戦線を離脱した。凛ノ助を追って剣道部員たちも雪崩を打って引き始める。
「「「焼き肉の為に!」」」
空手部員はそれを合図に追撃を開始する。戦果を拡大し、敵将を討ち取る絶好のチャンスを見逃すはずもない。
もはや剣道部員は戦線を築けず、背を向けて潰走をし始めた。
旧校舎廊下を一直線に駆ける剣道部員と、それを追う空手部員。
その時だった。
「今!」
凛ノ助が叫んだ。
時は満ちた。人間は逃げる者を追う時、その人間にしか目がいかない。空手部は獲物を追うことに精一杯で脇にあるロッカーなどには目もくれず、走り去った。
そのロッカーの中に、俺、前島、後藤の三名が隠れていた。
凛ノ助の合図とともに一緒にに飛び出す。
俺たち三人が目指すのは空手部のその背中。竹刀を抜刀し。見事に背後からの奇襲を決める。
空手部に動揺が走った。そしてその動揺の広がりを凛ノ助は早すぎず、遅すぎず的確に捉えた。
「反転、かかれ!」
凛ノ助が片手をズビシっと上げる。
今まで逃げまどっていた剣道部員が一斉に、凛ノ助を先頭にしながら、空手部へと突撃を開始した。
奇襲、そして見事な挟み撃ち。「釣り野伏」が成功した。
中世末期から近世初期にかけて、九州で猛威を奮った「島津家」が使用した戦術「釣り野伏」というのがある。たとえ劣勢でも勝利をものに出来る策だ。
空手というのは武道の中で最強の一角と言えるであろう。一対一、では絶対に勝てない。
が、いかに鍛えた空手部員でも挟み撃ちを奇襲で実行されれば? 果たしてその技能を十分に生かせるか?
集団戦で練度の差を覆したのは、統率する指揮官の能力の差。
勝敗の明暗を決めたのは、戦技ではなく戦術。指揮官の能力と参謀の有無の差だった。
戦術レベルで凛ノ助に勝てる者は我が校にはいない……!
ものの数分をたたず、剣道部員の空手部員への掃討戦に変わった。
鬼道は仲間を庇いながら、一箇所を突破して撤退をした。
「凛ノ助、リベンジ! リベンジを必ず、すっからな!!」
*
剣道部員は四名あまりが継戦不能、八名が軽傷をおうものの。
第一関門突破!
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