第10話ー1 第一関門 チョコレートVS焼き肉

「兵は拙速を尊ぶ、か」

 銀林は生徒会執行室にて、そう呟いた。

 当たり前であるが凛ノ助の虚報になど騙されてはいない。騙されたフリをしただけだ。

 機動を最も重視するのは凛ノ助の癖である。

 いかに、教師に見つかる前に女風呂に侵入できるか。そのために磨き上げられた速さは神速と表現するに相応しい。

 だからこそ最短ルートでここまで来る。名将はお互いが最善の手を打つから、ある程度、先読みすることが出来た。しかし今回は予測では無く銀林の確信であった。

 小学生の時、散々、凛ノ助とは戦っているからお互いの手がよく分かっている。である以上、この勝敗を決すのは生徒会の黒崎、共栄党のマキトか。お互いのブレーンのどちらかが優秀か。

「黒崎、『関門』の用意をしてくれ」

 銀林の指示に

「アイアイサー」

 黒崎は元気に片手を上げて答える。

 銀林は凛ノ助を討ち取るために三重の用意があった。

「凛ノ助、お前にこの計略が突破できるか――?」



「そこまでだ共栄党!」

 行く手を塞ぐ一団がいた。道着に身を包んだ七名。皆、面構が尋常ではない。

「空手部か……」

 俺は呟く。同時に銀林の用意周到さに戦慄する思いだった。きちんと身辺警護のために精鋭を残しておいたか。


 武道をやっている人間VS素人では圧倒的に素人が不利だ。それは自身、剣道部である俺も凛ノ助も一番良く知っている……。

 奴らはやばい。肉弾戦ではまず勝てない。

「大方金で生徒会に釣られたか?」

 凛ノ助の質問に空手部部長、鬼道大河は不敵に笑った。

「おう、そのとおりだ。部費増額のためだ。凛ノ助、いつもは風呂のぞきで世話になっているが、今日は味方にはなれねぇ」

 ちなみに部費というが正確には会長のポケットマネーだったりするのだが。

「降参しろ、凛ノ助。俺はお前を尊敬している、お前を殴りたくはねえ」

「笑止。勝敗は兵家の常なり。戦えば負けることもあるだろう。が、戦わずして降るなど有りえぬ」

「だがな、凛ノ助。お前の、その共栄党とかいう手下のことも考えてやれよ? 誰だって俺らに殴られたくはねえ。俺らだって、一般人にケンカなんてやったことがバレたら、師匠に破門されちまうかもしれねえ。穏便にいこうぜ、お互いの為に」

「二言はなし」

 凛ノ助、振り返り

「ものども、共栄党の興廃はこの一戦にあり。臆するな、奮え」

 ここにきては、鬼道も一戦交えるしかないだろうと思ったのだろう。

 俺と振り返った凛ノ助と目があった。手はず通りにいこう。


 凛ノ助を先頭に竹刀を各々持ち突っ込んだ。途端に乱戦となる。

 竹刀という得物があるぶん、こちらが有利だが、相手の空手部の方がケンカ慣れしている。

 不運にも空手部の肉弾をくらい倒れる剣道部員が現れる。

 徐々に、徐々にジリジリと剣道部員が押され始める。

 俺は、前島、後藤とアイコンタクトして作戦の遂行を実施する。

「凛ノ助、凛ノ助を狙え! 部費増額! 全員で食えないほどの焼き肉!!」

 鬼道大河の叫び声。

 空手部員たちが凛ノ助を狙い始める。

 凛ノ助は剣道部員に守られながらも、舌打ちをする。

 このまま持久戦になれば、我が党が敗北するのは目に見えている。純粋な戦闘力で押し負けている。

「ひけ! 一旦ひくぞ、退却!」

 そう言うや否や、凛ノ助がまず最初に戦線を離脱した。凛ノ助を追って剣道部員たちも雪崩を打って引き始める。

「「「焼き肉の為に!」」」

 空手部員はそれを合図に追撃を開始する。戦果を拡大し、敵将を討ち取る絶好のチャンスを見逃すはずもない。

 もはや剣道部員は戦線を築けず、背を向けて潰走をし始めた。

 旧校舎廊下を一直線に駆ける剣道部員と、それを追う空手部員。

 その時だった。

「今!」

 凛ノ助が叫んだ。

 時は満ちた。人間は逃げる者を追う時、その人間にしか目がいかない。空手部は獲物を追うことに精一杯で脇にあるロッカーなどには目もくれず、走り去った。

 そのロッカーの中に、俺、前島、後藤の三名が隠れていた。

 凛ノ助の合図とともに一緒にに飛び出す。

 俺たち三人が目指すのは空手部のその背中。竹刀を抜刀し。見事に背後からの奇襲を決める。

 空手部に動揺が走った。そしてその動揺の広がりを凛ノ助は早すぎず、遅すぎず的確に捉えた。

「反転、かかれ!」

 凛ノ助が片手をズビシっと上げる。

 今まで逃げまどっていた剣道部員が一斉に、凛ノ助を先頭にしながら、空手部へと突撃を開始した。

 奇襲、そして見事な挟み撃ち。「釣り野伏」が成功した。


 中世末期から近世初期にかけて、九州で猛威を奮った「島津家」が使用した戦術「釣り野伏」というのがある。たとえ劣勢でも勝利をものに出来る策だ。


 空手というのは武道の中で最強の一角と言えるであろう。一対一、では絶対に勝てない。

 が、いかに鍛えた空手部員でも挟み撃ちを奇襲で実行されれば? 果たしてその技能を十分に生かせるか?

 集団戦で練度の差を覆したのは、統率する指揮官の能力の差。

 勝敗の明暗を決めたのは、戦技ではなく戦術。指揮官の能力と参謀の有無の差だった。

 戦術レベルで凛ノ助に勝てる者は我が校にはいない……!


 ものの数分をたたず、剣道部員の空手部員への掃討戦に変わった。

 鬼道は仲間を庇いながら、一箇所を突破して撤退をした。

「凛ノ助、リベンジ! リベンジを必ず、すっからな!!」

 殿しんがりを努めながら、鬼道は退却していった。



 剣道部員は四名あまりが継戦不能、八名が軽傷をおうものの。

 第一関門突破!

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