第8話 旅立ち

「あ、がッ……」

 エリーのリボルバーの弾丸がハウンドの心臓を貫いた。ハウンドは苦悶の声を上げ、その場に崩れ落ちる。

「……助かりましたか」

 拘束が解かれたマリアはゆっくりとその場にへたり込む。

「……何か言い残すことは?」

 エリーは油断なくリボルバーの銃口をハウンドに向けた、心臓を貫かれてもなお息をしているのだから悪魔の生命力は驚嘆に値するものだった。

「生きた所でその女は、俺と同じ運命を辿る……」

 声を絞りながら瀕死のハウンドが口にしたのは、そんな不吉な言葉だ。

「その場に留まろうが、当てもなくこの世界を彷徨おうが、連中は黙っちゃいないからな」

「死にかけている割には饒舌ですわね」

 死に体のハウンドを見てエリー鼻を鳴らす。ハウンドは呻きつつも不気味に笑い、

「お前も連中と同類だ、嬢ちゃん……。所詮俺と同じ金の亡者に過ぎ――うッ……!」

 その時、ハウンドの叫びと共に肉が裂ける音がした。


「この、化け物が……」


 今度こそハウンドは絶命した。マリアがハウンドの心臓を掴んで潰したからだ。

 ハウンドの死体は砂のようになり、消え去った。これが人でなくなった者の運命なのだというように。

 マリアの腕は人間の《ソレ》ではなく、異形のものだった。確かに噂通り悪魔であるのは事実だったようだ。


 しかし――、エリーは銃は構えられなかった。代わりに肩を置き、


「ありがとう」

 

 マリアが自分のために怒ってくれたのだとわかったからだ、ハウンドと一緒にするなと。

 確かに金の為ではあったのだろうが、青いが賞金首相手に恐れず立ち向かったのだから。

「……怖くないのですか、この悪魔の腕が」

 マリアから涙がこぼれる。

「優しい人なのはわかってましたから。わたくしを殺さないでくれましたしね」

「……」

 町の者たちも遠巻きにして見ていたが、誰もマリアを殺そうとは思っていなかった。命を懸けてくれたのは十分に伝わっていたからだ。

「さて」

 マリアがすっと立ち上がり、口笛を吹く。すると愛馬が寄ってきた。

「待ってくれ!」

 保安官がマリアに掛け寄り、袋を渡そうとしてきた。

「お金ならあります、それに礼は……」

「そうじゃないよ」

 ジョンがニッと笑う。

「うちの町みたいに困ってる人のためにに使ってほしいんだ」

「……」

 それでもマリアは受け取らないと首を横に振ったのだが、

「遠慮する必要はないでしょう。旅をするならお金は必要ですわ」

「はい……?」

 エリーの言葉にマリアは目をパチパチさせる。

「今回は見逃します。だからまた会いまみえる時まで、勝負はお預けですわよ」

「ふむ、……私に勝てるとでも?」

 愛馬に乗ったマリアがため息を吐く。

「それまで腕を磨いておきますわ」

「減らず口ですね」

 笑うエリーにマリアは呆れていたものの、悪い気はしていない。

「ここで私を連行しなかったこと、後悔しますよ」

「借りを返し、賞金首を始末した事でノーカンですわ」

 マリアが皮肉を言うと、エリーがエッジのあっけらかんとエッジの利いた言葉で切り返してきた。

「……」

 そして、マリアはエリーや町の人々に向き直る。町には最初に来た時の暗い雰囲気はもうなかった。


「あなたたちは私が忘れていた事を思い出させてくれました。お金より、それが何よりの報酬です」


「ありがとう」

 マリアはエリーと町の人々に頭を深々と下げる。そして、愛馬を走らさせ、町を去る。

「また来たら歓迎するよ!」

 ウェイトレスが手を振り、

「私も誰のために法を守るのか思い出すことができた、ありがとう」

 保安官が敬礼をする。

「ありがとう!」

 ジョンが大きく手を振った。そして――、

「……聞いたことがある。悪魔を降ろした女の話だ」

「……」

 悪魔を降ろした女――保安官が口にした言葉にエリーは顔をこわばらせた。

「かつて賞金首に悩まされた町があった。毎日繰り返される略奪に頭を抱えていた貴族がいたんだ」

「……聞いたことがありますわ」

 昔の話だが、治安の悪さに保安官や軍も匙を投げた町があった。

「主人の苦悩を見て、それを苦にしたメイドが悪魔を降ろしたのさ。確かにそのメイドのお陰で賞金首どもは壊滅した。力に溺れることなく町を守り続けてくれていたんだが」

「どうなったんだい?」

 ウェイトレスが保安官に訊ねてきた。

「あまりの強さに悪党だけでなく、賞金稼ぎまでがそのメイドを殺そうとやってくるようになってしまったんだ、それを苦にしたメイドは――」

 保安官はそこで話を切る、続くのは重苦しい話だからだ。


「自らの首に賞金を懸け、出奔したんだよ。それからさ、化け物みたいに強いメイドが各地に現れるようになったのは」


「……」

 町の人々は押し黙る。

 それがマリアの事だという事は明らかだった。そして各地を放浪するたびに精神を摩耗してしまったのだろう。

 達観したような性格になったのはそれゆえだ。

「でも、最後まで良心を失っていませんでしたわ」

 エリーのいう事は事実だろう、連行や殺されるリスクを考えればエリーを殺すこともできたし、町を見捨てる事もできたはずだ。

 しかし、それでもマリアはそのいずれもしなかった。

「わたくしも大切なものを学びました。だから……」

「だから、どうするの?」

 ジョンが首を傾げるのだが、エリーは首を横に振った。

「内緒ですわ」

 と、エリーも馬にまたがる。

「では、ごきげんよう!」

 そして馬を走らせた。



 これは、とある現実とは異なるアメリカ西部でのお話――、悪魔と呼ばれる大物賞金首を追うエリーの物語は始まったばかりだ。


                              ―完―  

 

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