西部幻想冒険譚

アナスタシア(アシュレイ)

第1話 邂逅と敗北

 時はアメリカ西部、ゴールドラッシュに沸いた頃の話までにさかのぼる。

 ただ、この話は正史と違う点がある、それは――。

「……」

 まだ開発が進められていない荒れ果てた荒野で、馬を走らせているブロンドの少女がいる。

 その少女――エリーはドレスを野外活動向きに仕立て上げ、腰にはリボルバーを携えている。

 ――大物狙い、ですわよ。

 エリーはいわゆる賞金稼ぎだった。ただ、まだ成り立てという注釈が付くのだが。

 無謀だとはわかっている、だが事業の失敗で没落した家を建て直すには膨大な資金が必要だった。

 ――黒衣の悪魔ッ!

 視界に富豪の使用人が身に着けるような黒いドレスを人影を見つける、呑気なことに馬をゆっくり歩かせていたようだ。ポンチョとテンガロンハットで誤魔化しているようだが、それが他人の目を欺くための偽装であるのはわかっていた。

 高額の賞金首で、手配書は出回っているのだ。変装にすらならない。

「そこのあなた、止まりなさい!」

「……一体、なんですか?」

 呼び止められた賞金首らしき人影が振り向いた。

「賞金首、黒衣の悪魔ですわね?」

「……」

 エリーが賞金首を睨むが、その賞金首は大きくため息をつくだけだ。

「わたくしは賞金稼ぎです、尋常に勝負しなさい」

「……それなら決闘にこだわらず撃てばよかったでしょうに。なぜですか?」

 意外な事に賞金首はエリーを襲う事はせず、馬を降りる。

「捕縛し、中央に引き渡すのが使命ですから」

「……」

 少女が高らかに不殺を宣言すると、賞金首は頭に手を当てて項垂れる。

「確かに殺さずに賞金首を捕らえることができれば、報酬は二倍にも三倍にもなりますが……」

「ええ、そうです。ですから、あなたを捕えにここに来たのです」

 それを聞いた賞金首はまたため息をつき、


「なぜ私に高額の賞金が掛けられているか理解しているのですか?」


 高額の賞金額は、数多くの賞金稼ぎを屠ってきたという証左だ。ギャンブルで一発を狙うのとは訳が違うのだと。

「私を完全に無力化して中央に引き渡すなど、無理という話なのです。大人しく故郷に帰る事です、お嬢様」

「くッ……、馬鹿にして!」

 賞金首の言葉に激昂したエリーは拳銃を構え、引き金を引くのだが。


「あなたは、引き金も満足に絞れないのですか?」


 銃弾はかわされていた。賞金首がエリーの目の前に迫る。

「……ッ!」

 賞金首は蹴りを放つ、かなり嫌な音がした。

「腕の骨を折らせていただきました。もう一度言います、賞金稼ぎなど止めて故郷へ帰りなさい」

「あ……あ……あ……」

 殺されると思った時だ、エリーの意識は骨折の痛みでプツリと戸切れた。



「……」

 エリーが目覚めると、賞金稼ぎが自分を膝枕しているのが判った。

「は……?」

 一瞬目の前が真っ白になるのだが、

「目が覚めましたか……。このままここに放っておくのも忍びないので、治療させていただきました」

「……」

 ――この賞金首、何を考えているのですか!?

 言葉が口に出なかった、恐怖からだが、賞金首はフッと微笑むと。

「私は、悪人以外は殺したくありませんから」

 賞金首にしては穏当すぎる言葉だった。高額の賞金首など全員更生しようのない凶暴な人間だと思っていたからだ。

「しかし、骨折を治療っていったいどうやって……」 

「私の二つ名を知りませんか?」

 賞金首が問いかける。

「……、黒衣の悪魔でしたわね……。――まさかッ!」

 後ずさろうとしたが、体が動かない。

 ――まさか、本物の……。

 目の前にいる賞金首は伝承で伝え聞くような存在――本物の悪魔だということ。

 信じられなかったが、骨折を一瞬で治してしまったのだから信じるほかない。

「念のため、動きは封じてあります。治療した相手に殺されるほど、間抜けではありませんから」

 賞金首は笑顔でさらりと恐ろしい事を言う。

「動けるようになったら、ご自分の故郷に帰りなさい。賞金稼ぎなど駆け出しの素人ができるほど甘い世界ではありません」 

 帰れと賞金稼ぎはエリーに告げる。

「もう一度問います、……なぜ自分を殺そうとした相手を助けたのですか?」

 エリーは首だけ動かして賞金首に問いかける。

「悪人以外は殺したくない、ただそれだけです。特に血なまぐさい事と無縁なあなたのような若者は」

「……まるで年長者のようなことを言うのですね」

 テンガロンハットから見えた賞金首の顔立ちはエリーと同年代か少し上の少女のように見える。

「これでも長年生きていますから」

 賞金首はゆっくり立ち上がると、自分の馬に跨った。

「待ちなさい、賞金首ッ!」

 エリーが呼び止めると、賞金首は振り返り。

「私の名前は、マリアと言います。賞金首だの黒衣の悪魔だの、そう呼ばれるのは好きではありません、これからは名前で呼んでいただければ幸いです」

 賞金首――マリアはエリーを一瞥してそういった。

「とはいえ、もうあなたと会うことはないでしょうが」

 マリアは馬を走らせ、去っていった。

「……」

 ――本当、確かに動けるようになっていますわ。

 マリアの言った通り、エリーの身体から痺れは消えていた。

「……マリアといいましたか。あの賞金首は、一体何者なのでしょうか?」

 エリーはマリアが去った方向を見ていた。そう、個人的にマリアがどんな人物なのか興味を持った瞬間だった。

 この話が正史とは違う点、それは幻想の世界の住人がいるということ、それなのだ。

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