第30話 検証作業
『それじゃー、あたしが「ココア」って言ったら、すかさず「コーヒー」って応えるの。おっけー?』
「りょーかいです」
『ココア?』
「コーヒー」
『ココア?』
「コーヒー」
『ここは?』
「コーヒー」
『えーっ、ここコーヒーじゃないよー異世界だよー何いってんの陽鞠あたまだいじょーぶ?』「あれーっ、ちゃんと聞いてませんでしたわんもあちゃんす」……と続く少女たちの戯言を聞きながら、僕は間違って組み立てた知恵の輪のように苦しんでいた。
「……君ら、もっと危機感を持てよ」
“フレンド通信室”のスピーカー越しに、豪姫がへらへらと笑う。
『まあ、こうなっちまったのはしゃーないじゃん♪』
なんかこいつ、ちょっとうれしそうなのは気のせいか?
「とにかく、遅くとも明日までに日野さんをあっち側に戻さなきゃ、日野さんの家族が異常に気づくだろう。……そうなるとひどい騒ぎになるぞ」
「別に、ちょっと学校休むくらいきっとだいじょーぶですよ」
だいじょーぶな訳ないだろ。
「でも私、小学生のころ三日くらい家出したことありますよ? こっそり裏山にテント張って、おやついっぱい持っていって」
「ごめん、日野さんは黙っててくれ」
「ぶぅ。さっきーくん、なんだか冷たいです」
当たり前だ。
君は、――僕がやろうと思ってもできなかったことを、平然とやってのけたんだ。
少しくらい嫉妬させてくれ。
『そんじゃ、まずどっからとりかかる?』
「とりあえず、豪姫たちと合流できるかどうか試したい」
『だよな』
この検証次第で、今後の展開が大いに変わってくるからな。
「ええと……ちょっとまだよくわからないんですけども、私達が合流できないってことはつまり、……どういうことになるんです?」
「もし、僕たちが豪姫と合流できない場合、僕たちがさっきまでいた世界”A”と、豪姫がいまいる世界”B”、さらに今、僕と陽鞠がいる世界”C”の三種類が存在することになる」
「ふむ……? つまり……それがイザナミの術だということですか?」
「ぜんぜんちがう」
どっから出てきたんだそのワード。
「ええと、……うんと……」
どうやら本当によくわかっていないらしく、しきりに首を傾げる陽鞠。
別にそれでも構わないと思った。
世界”C”が存在するかどうかはまだはっきりしていない訳だし。
『とにかく、試してみるのが先決だ。待ち合わせはどこがいい?』
「……”トコロザワ”だろうな。あそこはほとんどミュータントがいないから」
『おっけー。そんじゃ、今からココアを向かわせる』
「では、こっちはゴウに行ってもらう」
そうして検証作業が始まった。
▼
結論から言うと、ゴウとココアの合流は普通に成功した。
どうやら、世界”C”なんてものは最初から存在せず、僕と豪姫たちがいるのは全く同一の世界らしい。
この事実には大いに助けられた。ゴウ一人の力でこの施設の設備を強化していくような地道な真似をしないで済むためだ。
さっそく僕と豪姫は、施設間の物資の共有作業を進めている。
アーティファクト、人員共に余裕のある僕の”運命少女”が住む施設から、ゲーム始めたてであまり物資が豊富にあるとは言えない陽鞠の”運命少女”が住まう施設へ。
物資を抱えた”運命少女”たちがこの施設に出入りするようになって、狭い施設内が、さっそく賑やかになっていく。
縄張りを荒らされたゴウは、ほんの少しだけ不満げだったが、――。
「――少なくともこれで、”異界遠征券”を共有できる。万が一戻れないことがわかっても、しばらくは学校に出席できなくなる展開は避けられそうだ」
「……でも言っときますけど、二人のことを放ったまま、自分だけのうのうと日常生活に戻るような真似、私はしませんからね?」
「ああ、そうかい」
この娘もわりと頑固なところがあるな。
だが問題はこの一件、天から神様的ななんかがフワリと降臨し、「この世界はこうこうこういうルールで成り立っていて、こういう感じでこうすれば全部丸く収まるゾ」みたいな説明がある訳ではない、という点にある。
「やはりベストなのは”異界遠征券”なんてものに頼らずとも、僕たちのいる”施設”から自由に世界間の行き来が可能になることだと思うが。……その辺はどうだ?」
『もちろんずっと、遺物復元班が頑張ってくれてる。けど、二週間かけて解析できなかったものが、今日いきなりできるようになるかっていうと怪しいとこだろーなぁ』
やはり、そうなるよな。
「と、なると。僕達に残されたヒントは……」
『ああ……』
苦い気持ちでいっぱいに、僕は陽鞠を見る。
「なぜ僕達が今日、この世界にやってきたか、だ。そこを考えれば、帰還の方法もわかるかもしれない」
『それだよなー。んで結局、灰里はどーしてこっちに来ちゃったんだと思う?』
「色々考えたが、わからん。ぐっすり寝ていたからな」
『寝ぼけてなんかやらかしたんじゃなくて?』
「寝相は良いほうなんだが」
『ああ……確かにそうだよな。オメーは。死体みたいに動かない』
すると、陽鞠がちょっと不思議そうに、
「……ごーちゃんは、さっきーくんの寝相をご存知なので?」
『うん。この二週間、ずっと添い寝してきたからな』
「へえ……」
余計なことを言うな、このバカ。陽鞠が変な顔で僕を観ているじゃないか。
大きく咳払いして、話の続きを急ぐ。
「一応、陽鞠がこっち側に移動する前に行った作業をまとめるぞ」
僕は、さっきメモしておいた文面を順番に読み上げていく。
1、画面越しに僕に軽く触れる。
2、藤岡弘、探検隊みたいな格好に着替えてくる。
3、「あぶらかたぶらー」、「ひらけごま」などと叫ぶ。
4、頭をぐいぐいスマホに押し付ける。
5、ピカっと謎の光に包まれる。
「……以上だ」
『うん。たしかに異常だな?』
「ああ」
微妙にすれ違っている気がするが、まあ通じ合っているのでよしとしよう。
「ちなみに、さっき試しに同じ流れを繰り返してみたが、やはり無駄だった」
『あぶらかたぶらーって言ったの?』
「ああ。頭をぐいぐい押し付けてもみた」
『ハハッ。バカみてえ』
こんにゃろう。
「直前の行動に意味がないのなら、何故陽鞠はこっちに来た? それ以前に何かの条件を満たしたのか?」
『わからんけど、『運命×少女』のプレイヤーが異世界と接続したスマホに触ることが転移の条件、……とか?』
「それだと六車涼音が転移してないのがおかしい気もする。あの娘もたしか一度、僕のスマホに触れていたはずだから」
『ウウム……』
スピーカー越しでは豪姫の顔を確認することはできないが、きっといつもみたいに唇を尖らせて考え込んでいるのだろう。
その後も、二人であーでもないこーでもないと話していると、ふいに僕の腹が、「ぐきゅるるる」と漫画のような音を発した。
すると、傍らに座る陽鞠が待ってましたとばかりに両の手を合わせて、
「それじゃー、そろそろ休憩して朝ごはんにしません? そしたらきっといい考えも浮かびますよ!」
と、提案してくれる。
そのありがたい申し出に、僕達は行き詰まりつつあった結論を先送りにすることにした。
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