第26話 通信室にて
次に僕が手を付けたのは、”通信室”というプレートが掲げられた一室だ。
「……助かった。やっぱりあったか」
『運命×少女』を始めとするソーシャルゲームには、“
『運命×少女』もご多分に漏れず、この機能を利用して、資源やアーティファクトの交換、遠征任務に援軍要請を行うことができる。
この場所は、そのための通信手段として用意された部屋だった。
「……ってことは、ここを利用すれば他の施設とも連絡できる……はずだよな?」
半ば以上自分に言い聞かせながら、藁を掴むような想いで通信室の扉を開く。
するとそこには、一昔前の空想特撮映画に出てきそうな、鋼色の大層な機械が備え置かれていた。その操作卓と思しき箇所にはJIS配列のキーボードがあり、そこからユーザーIDを入力することが可能らしい。
焦る手先を落ち着けながら、僕は自身のユーザーネーム、“SEN―PAI”と打ち込む。
数度の着信音の後、
『はぁい☆』
という、聞き覚えのある声がスピーカーから聴こえてきた。
僕が育てた“運命少女”の一人。
――たしか名前は、
「……ツバキか? そうだろう」
『そーですよーツバキちゃんですよー。マスターにお暇をもらったお陰でしょんぼり留守電要員のツバキちゃんですー。あなたはー?』
正直、心底ほっとしている自分を発見していた。どうやらこの異世界にたった一人、取り残されてしまっている訳ではないらしい。
「僕だ。……先光灰里だ」
『……は? ……さきみつって……マスター?』
がたがた、ごとん、と、電話先で何か物が崩れる音が聞こえる。
『わ、わ、わ。……うそうそ! なんで!? いたずら電話っ?』
「違う。ちょっと事情が複雑でな。豪姫に代わってもらえないか?」
『え、でも、豪姫さんはいまアーティファクトの検分中で、誰も部屋に入れるなって』
こんな遅くまでご苦労なことで。いつ寝てるんだかよくわからんやつだ。
「悪いがこっちを優先させてくれ。頼んだぞ」
するとツバキは、それを至上命令と受け取ったらしく、
『は、はい! マスター! 暴力的な手段に訴えてでも連れてきます!』
勢い込んで去っていった。
しばらくすると、『痛い痛い痛い痛い! ちょ、まって、わかってる! わかってますので! 肉を! 肉を掴むのはやめて!』という声が近づいてくる。
『ひ、ひどいめにあったぁ。……えーっと。……もしもし?』
「よう、豪姫」
『あんだよー。いつも通り呼びかけてくれりゃあいいのに。……ってかここ、なに? 何のための部屋?』
ぶぅぶぅ不満を口にする彼女の言葉に、演技らしいものは感じられない。
ということはこの一件、豪姫は関与していないということか。
――いっそ誰かの悪ふざけであってくれれば、楽に事態が解決するんだろうが……。
「遅くにすまん。一刻も早く連絡を取る必要があったんだ」
『……なによ? トラブル?』
「ああ。極大のトラブルだ。……どうやら僕も、君と同じ状況になっちまったらしい」
十秒はたっぷり、沈黙の時間が在った。
そして、
『ほへぇ?』
という、「ワタシ混乱してますよ」を最も端的に示す声を上げた後、
『何を、……』
もごもごして、
『え? ……ギャグ?』
その後、
『……やべーじゃん』
とのこと。
「そう。それだ。やばいんだ」
『どーすんの? っていうか今、どこにいんの?』
「こちらもまだ現状を把握できてない。……とりあえず確かなのは、ここには日野陽鞠が作った“運命少女”がいるってことだけだな」
『あの、私をモデルに作ったってやつ?』
「そうだ」
『ってことはつまりアレか。いま灰里は、陽鞠のスマホの中にいるってことか?』
「端的にいうと、そうなる」
再び、沈黙。
かつてないほどに気まずい空気が、二人の間に流れた。
無理もない。僕たちはそもそも、こうした事態を避けるために努力を重ねてきたのだ。
『……まさか陽鞠まで巻き込むことになるとはなぁ』
「だが、こうなってはやむを得ん。彼女に事情を説明する必要がある」
『それはいいけど……どーする?』
「とりあえず、ゴウに簡単な言伝を頼もうと思う。僕がのこのこ出ていって話すよりましだ」
『だなー。オメーから説明しても、新しいパターンの変態プレイを強要する超変態野郎の変態行為にしか見えんだろーし』
「……わかってる」
さすがに、陽鞠に
「それと、ゴウには君の言伝を読み上げてもらうようにしたいんだが」
『ん? どーして?』
「君の名前があった方が、話に説得力があるだろ。幸い『運命×少女』には、簡単なメール機能もある。……手元のコンソールを見てくれ。それを利用して文書を作成するんだ。それを、こっち側に送信してくれればいい」
『……えーっ。あたし、ぱそこんメールとか苦手な畑の人なんだけども』
そこで僕は、ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ、と長いため息を吐いて、
「そう言わずに、頼む」
頭を下げる。音声通信なので伝わってないだろうが。
「君だけが頼りなんだ。君の力が必要なんだよ」
すると豪姫は『うふふふふふふ』と笑った後、
『わかってるって。もちろんあたしにできることなら、なんだって手伝うさ』
「ありがとう。愛してるぜ」
冗談っぽく言ってやると、豪姫は小さく『ばか』と言う。
その時ほど、この奇妙な友人を好ましく思った瞬間はなかった。
『そんじゃ、さっそく取り掛かる。しばらく待ってな』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます