じゃあ、先輩のと一緒ので
橘 ミコト
先輩と後輩
「せーんぱいっ」
陽光を弾き揺れるポニーテール。
放課後の運動部が声を響かせる夕暮れに近い時。
その先端が先輩と呼ばれた高校生である少年の前へ、教室の席に座っている少年の視線を遮るように垂れさがった。
教科書を広げた机の上から、何とはなしに窓の外に向けていた視線を遮るように垂れ、下がった。
突如現れたその髪の元凶を、少年はゆっくりと辿る。
そこには上半身を斜め45度に傾けた、一人の少女が立っていた。
高校生にしては幼さの残る、あどけない笑顔。
そのせいか、左右に振れるポニーテールは犬の尻尾のようである。
「なんだ、後輩」
少年は突き放すような口調。
発した呼称は、実に簡潔に彼らの関係を表していた。
先輩と、後輩。
それ以上でも、それ以下でもない二人の関係。
「先輩に会いに来ました」
「だから、俺は要件を聞いているのだが」
少年は眼鏡の奥から覗く目を細める。
そんな彼へ、にへらっと八重歯をのぞかせた後輩。
締まりのない顔を晒している少女を改めて眺めると、彼は小さくため息を吐いた。
「先輩、先輩」
「なんだ」
「にゃー」
傾けていた体をそのまま前方へ。彼女は頭頂を彼の肩に当てる。
そして、頭をグリグリと押し付け鳴いた。
何の意味も無い行動である事を彼は知っている。
そのため、心中に動揺が生まれる事はない。
「こら、年頃の女子がそんな事をするんじゃない」
そう言うと彼は少女の頭を片手で制し、そのまま乱れた頭髪を優しく整える。
「髪が乱れるだろうが」
「えー」
何が面白いのか、後輩はくすぐったそうに笑う。へらへらと。
机の上に顎を乗せるようにしゃがむと、両手の指を縁に引っかけ、彼の成すがままである。
暫く無言で少女の髪を手櫛ですいた彼は、そして、おもむろにこう言った。
「お前って、俺のこと好きだろ」
「ひみつでーす」
間髪入れずに声を上げた少女は、青年を見上げるように机に両手をつき頬杖をする。そんな格好で魅せる。
ニヤリと笑った顔は小悪魔系だろうか。
「先輩こそ。私のこと好きですよね」
「さてな」
望んだ答えでないからか。少女は少しむくれた表情で睨む。ただ可愛いだけだった。
「帰るか」
「はーい」
いつものように並んで帰る。
この関係性では、決して届かない距離。
でも、手を伸ばせば届く距離。
――恥ずかしいから。
そういう訳ではなく。
――好きではないから。
そういう訳でもなく。
――丁度いいから。
そんな関係の二人で、
「ラーメン食いたい」
日課になっているのが寄り道だ。
「先輩好きですよね、ラーメン」
「ああ。帰りに寄って帰るか」
「おごりです?」
「……仕方ないな、何が良いんだ?」
そして、決まって後輩はこう言う。
「じゃあ、先輩のと一緒ので」
じゃあ、先輩のと一緒ので 橘 ミコト @mikoto_tachibana
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