第5話 好み

 それは、去年の夏。

 和室で、中3女子中学生を指導していた時。


 唐突にその子は言った。


「あたし、トトロとか嫌いなんですよね」


 血の気が引いた。

 

「そ、そうか~」と、言いながら、私の体は反射的に畳の上に倒れていった。


『いや、分かってる分かってる。人には好みがある。だから……』と、畳の上、自分を納得させようとしている間、女の子は、芸人のようなオーバーリアクションする大人を現実世界で初めて見たんだろう。焦っていた。


「えぇ? ダ、ダメですか? やっぱりダメですか~?」

 

 不安で一杯のオーラが彼女から発せられいた。だから、そこはちゃんと大人として……。


「ううん。そうじゃなくて。そうだよね~。トトロ嫌いってあるよね~。私は好きだったからさっ! 人それぞれだよね~!」


 と明るく、なははって笑いながら解答しつつ、体を起こした。


「ふふふ! 先生可愛い!」と、その子は笑った。


 よく、小・中・高校生から言われるこの「可愛い」は、子供っぽいという意味であることを、私は十分理解している。


 話の続きを聴くと、どうやら、「トトロが好き。ジブリが好き」という友人の会話に入って行けず、なんとなく不安になり、モヤモヤとしていたそうで。


「好みっていうのは、人それぞれ。みんなが好きなものを好きでないって、それは全くおかしなことではないよ。だけど、好みを共有して「だよね~!」っていうのが人間は好きな動物だから、「だよね~!」ってできない場合、疎外感を感じるよね。その中に入れないって感じるよね。だけど大丈夫。そういうこと私もあるよ。それは、普通のことなの。人それぞれさっ!」


 と話すと、彼女は、晴れ晴れとした顔になり、「人間ってのはそんなものかっ!」と、すっきりし、「よし! 元気出た!」と勉強に取り組んだ。


 ハイ! モヤモヤ晴れると、大体勉強スイッチON!


 子供っていうのは、ほんの些細なことに不安を抱える。と同時に「人間とはこんなもんだ」というちょっとした説明で、すぐに気持ちが晴れる。


 時折、こういう風に子供が「すっきりした」顔をするとき、第3者として関わることに大きな意味を感じるAKARIです。


 しかし、だ。


 「となりのトトロ」に込められているメッセージ……。子供の頃にしか見えないモノ達。子供なりの精一杯。母がいなくてもガンバル姿。子供の繊細な心情描写。大人側の複雑な心情描写。家族愛。美しい映像……そしてネコバス。


「あんな、ふわっふわっのバス! 絶対乗りたいじゃんっ! トトロが嫌いって、マジか……。好みって違うものね~。分かってる。頭では分かってるけどっ!」


 と、長いことこの気持ちと向き合った。そして、この経験を経て、AKARIも、やはり人には好みがある、と心底思える大人にほんの少しなったのでありました。


 うん。遅いね……。

 まあ、人間そんなもんだ……。

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