第4話 カフェ・ブレイクー3(了)
「単純というより、素直ってことじゃないか」
「そうですね。裏表がなさそう、嘘をつかなさそう、そんな人に見えますね」
灯とマスターから、思いがけず褒められた風になり、トキは少し口元が緩んだ。
「まあでも、当然といえば当然かもな」
「え?」
「トキは物である時からほとんど本部、付喪神の世界にいて、開化したてだから、ヒトにとっては無垢に見えるんだろう」
「無垢? ですか?」
いまいちピンと来ていないトキは首を傾げた。灯は頬杖をついている手を顎に当ててどう言おうか考えている。
「ヒトの世の中についてあまり知らない幼子、のように感じるんだと思う。たぶん」
「子どもっぽいってことですか……!」
「いや、そうじゃない。うーん」
灯が頭を悩ませる様子を見て、マスターが助け船を出した。
「無駄な遠慮や損得勘定なく、素直に話してくれそうだと無意識に感じ取るんだと思いますよ。顔は笑っていても内心はそうではない大人たちはたくさんいますから」
「ええっと、気にしなくていいってことですか?」
「むしろ長所だと思いますよ」
口髭をなでつけながらマスターは微笑んだ。灯もそうだと頷いてくれている。
「えっと、その、ありがとうございます。じゃあもう気にするのやめます!」
そう宣言して、トキは悩みかけていた事柄を遠くへ投げた。
戻ってきた茜が、マスターに嬉々としてこう言った。
「そろそろ?」
マスターはにっこりと笑ってそれに答えた。
「お願いしますね」
「はーい」
それを合図に、わずかな明かりを残して店の照明が落とされた。急なことにトキはおろおろと茜を見つめた。
「え、どうしたんですか?」
「しーっ」
茜は口元にやった人差し指でそのままトキの目の前を指さした。そこには鮮やかな青色をしたカップに入ったコーヒーとその真上に角砂糖の乗ったスプーン。マスターは角砂糖にそっと火を近づける。
「わあ……!」
すると、スプーンの上に蒼い美しい炎が上がり、幻想的にコーヒーを照らしている。角砂糖が溶けたのを見て、マスターはコーヒーの中に沈め、静かに混ぜ合わせた。
トキの瞳はキラキラと輝いて、蒼い炎が溶けたコーヒーを見つめる。
「すごく、綺麗……」
「カフェ・ロワイヤルです。灯さんからのサプライズですよ」
茜が再び照明を付けて、テーブル席の客にご協力ありがとうございました、と声をかけている。
「灯さんから!? すっごく嬉しいです……! ありがとうございます!」
「いや、その」
「こんなにオシャレなコーヒーも知ってるなんてさすが灯さんですね。素敵なのが見れて嬉しいです。どうしてあんなに綺麗な火になるんですか」
スプーンを持ち上げてみるトキに、マスターは説明をしてくれる。
「角砂糖にブランデーを染み込ませているんですよ。室内を暗くした状態なら、炎の色が綺麗に見ることが出来ます。大切な人と一緒に飲むコーヒーとも言われますね」
「素敵ですね。あ、でも、あたしブランデー飲んだことないです。強いんですか?」
「火でほとんど飛んでいますが、不安だったら――」
「俺が飲む。トキにとっては目で楽しむのが目的だからな」
マスターの言葉を遮って灯はそう言い、カップを自分の方へ引き寄せた。トキは少し残念そうに見たが、素直に「はい」と頷いた。
ふと、トキの端末が音を上げて主張した。
「わわわ。はい、トキです」
『あ、トキちゃん? ごめんなさいね、お休みなのに。帽子の付喪神についてちょっと調べ物してるんだけど、この前の麦わら帽子の子の資料が見当たらなくて。もしかしたらトキちゃんが持ってるかしら、と思って』
女郎花に言われて、トキは私室に置きっぱなしの資料の存在を思い出した。
「あ! すみません! あたしが持ってます。部屋にあるんですけど、えっと」
トキはちらりと灯の方を見た。だいたいのことを察したらしい灯は頷いて、戻ることを促した。
「すぐ本部に戻ります! すみません」
『こっちこそ、ごめんなさいね。でも助かるわ。ありがとう』
通話を切ったトキはマスターと茜に早口でお礼を言った。
「カフェオレもクッキーも美味しかったです。ありがとうございました。また来ます!」
「またいつでもどうぞ」
ぺこりとお辞儀をしてから、トキはカフェ・黒猫を後にした。
残った灯は、マスターへ何か言いたげな鋭い視線を送る。
「茜くん、このカップとポットたちの片付けお願いしていいですか」
「はーい」
茜はトレーにそれらを乗せて店の奥に入っていった。茜の後ろ姿が見えなくなったのを確認して、灯は口を開いた。
「俺にまでサプライズしなくてもいいだろう」
「すみません」
申し訳なく思っているようには見えない笑顔で、マスターは答えた。
カフェ・ロワイヤルを出すことを灯は依頼したわけではなく、全くの初耳であった。が、あまりにもトキが嬉しそうだったから、言い出せなかった。
「驚いた灯さんの顔を見てみたかったのもありますけど、灯さんからって言った方が喜んでくれるんじゃないかって思いまして」
灯の性格まで、まんまと作戦に組み込まれていたことが、少し悔しかった。だから、棘のある言い方で返した。
「嘘で喜ばせるのがいいと?」
「あながち嘘じゃないでしょう?」
マスターの確信を持った、瞬時の返球に灯は思わず黙ってしまった。
「少し前、茜くんにメニューにあるカフェ・ロワイヤルがどういうものか、尋ねたそうで。大切な人、特に恋人へ贈るコーヒーとも言われると、聞きましたよね」
「それは」
「大切なんですよね、あの子が。取られたくないんでしょう?」
「全く、何を言って……」
灯は落ち着かない様子で普段とは反対の手で頬杖をついて、その手で口元を隠した。その表情の機微は読み取れない。
「それとも、ツボミの頃に見た理想の子が忘れられないですか?」
「そんなことは。というか何故知っている」
「はなのさとで一緒に飲んだときに話してくれましたけど、覚えてませんか」
「あー……そうか。くそっ、あんなに飲むんじゃなかった」
「そうですね。では、このブランデー入りのコーヒーもやめときますか?」
灯は青色のコーヒーカップをじっと見つめて悩んだが、カップを手に取った。
「せっかくだ、頂く」
「ありがとうございます」
マスターは蒼い炎に瞳を輝かせた少女を思い浮かべて、独り言にも近い言い草で灯に話しかけた。
「まっすぐで、素敵な子ですね」
「……ああ」
「付喪神同士なんですから、躊躇う必要なんてないと思いますけどね」
「……」
灯は無言でコーヒーカップを傾けるだけで答えなかった。
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