第1話 ようこそ、管理課へ ー3(了)
「ちょっと資料探すのを手伝ってくれないか?」
「いいわよ。一段落したところだしね。トキちゃん、実践よ。資料室に行くわよ!」
「はいっ」
灯の手伝いが出来るとあって、トキの目は輝いている。
「何を探せばいいんですか?」
「五十年から百年前に開化したメガネについての資料だ。正確にはその持ち主だったヒトを探してほしいというのが相談内容だがな」
資料室に向かいながら、灯はメガネの詳しい特徴を記したメモをトキに見せる。
「研修でも聞いただろうが、管理課の仕事のだいたいはこういう地味な仕事だ。それでもやれるか?」
「はい、もちろんです」
「よく言った。……さっきは突き放すような真似して、悪かったな」
「いえ。あたし、頑張りますから!」
迷いのない笑顔で、トキは資料室の扉に手をかけた。萌黄色に色づく扉の中に入ると、見上げるほどの高さの棚が室内いっぱいにそびえ立っていて、そのどれもに冊子が隙間なく並んでいる。
「わあ……すごい」
「ともるん、何人か手が空いてそうな子たちも連れてきたわよ」
「助かる」
資料室は今のところ三室あり、どこもこの状態である。膨大な資料の中から目当ての一冊を見つけるのは骨が折れる。資料探しが一番大変な仕事ともいえるかもしれない。
が、トキは真剣に、そして嬉しそうに冊子に手を伸ばしては戻す、という動作を繰り返している。それぞれ棚ごとに手分けをしているため、近くに人はいない。灯はジャケットの内ポケットから何かを取り出し、トキに歩み寄った。
「トキ、少しいいか」
「あ! ありました! 灯さん!」
そのときちょうど手にした冊子が目当ての物で、トキは大きな声で灯を呼んだ。思ったより近くに灯がいてびっくりしたが、確認してもらうために冊子を差し出した。
「あ、ああ。これで合っている」
「良かったー。思ったより早く見つかりましたね」
「そうだな。それでだな、お前にこれを――」
「もう見つかったのね。早かったわね。皆ー! 見つかったらしいから、もう大丈夫よ。ありがとねー」
部屋に響いた女郎花の声に、あちこちから、了解やお疲れさまですといった声が返ってくる。何人かは資料の中身が気になると言ってトキや灯の方へやってきた。
「はあ……、くそっ」
灯が小さく憤っているのが見えたトキは不思議そうにのぞき込んだ。
「灯さん、どうかしましたか? あ、さっき何か言いかけて」
「何でもない」
「でも」
「何でもない。相談者に連絡を取ってくる」
数人の輪の中心になっていた資料を引き抜くと、資料室を出てスタスタと歩いていった。
「あたし、余計なこと言っちゃいましたか……」
「トキちゃんのせいじゃないと思うわよ? ともるん何か慣れないことをやろうとしてるみたいだから、そのせいかしら」
「?」
「とにかく、トキちゃんが気に病むことはないわ」
トキは、少し俯いたまま頷いた。
案外、すぐに灯が戻ってきた。
「向こうが今日からしばらくは忙しいから、相談の続きは来週がいいらしい」
「あら、そうなのね。じゃあ、ともるんも暇になったことだし、歓迎会するわよ!」
「姉妹の店か?」
「今から移動じゃトキちゃん疲れちゃうでしょ。端末で呼んでおいたわ。ついでに料理も」
「そうか。なら、多目的でいいな」
確認が済んだ灯と女郎花は、多目的室へ歩き出す。話の流れが分からずぽかんとしていたトキだが、女郎花に手招きされて慌てて後を追いかけた。
「他にも誰か来るんですか?」
「ええ。管理課の情報収集役の姉妹、紹介するわね。そうそう、ともるんって呼び始めたのは実はこれから来る妹の方なのよ」
食器棚や簡易キッチンまで付いている多目的室をうろうろしている間に、噂の姉妹が到着したようだった。
「待たせてしまったやろか」
「お料理のデリバリーだよー」
二人とも二十代半ばの女性の見た目をしているが、一方は低めの位置で薄紫色の髪を結わえて、上品な淡い緑色の着物を身に纏っている。もう一方は薄桃色のツインテールを揺らし、チェックのスカートに袖の長いセーターを着ている。なんとも対照的な姉妹である。
「ありがとね、
「おー、この子が新入りちゃんね。かーわいー」
「あ、はい。トキと言います。よろしくお願いします!」
美人な姉妹につい見惚れていたトキは、はっとして自己紹介をした。そしてぺこりと挨拶を。
「うちらも自己紹介しとこか。うちは竜胆。
「気軽に『竜胆姐さん』って呼んだらいいよ!」
「もう、そないなこと言うて」
やばい組織の女幹部みたいだな、という灯の呟きは竜胆の目線で黙殺されてしまった。
「り、竜胆ねえさん。よろしくお願いします」
「!」
竜胆はトキの呼びかけに一瞬固まったが、その表情は驚きのものに変わった。
「すごいわあ、トキちゃんが言うたら全然平気やわ。ランや灯はんとは違ってまっすぐなんやね」
「あの、竜胆さんの方がよかったですか……?」
「ええよ、そのままで。トキちゃんなら」
竜胆は右手を頬に当てて、やわらかに微笑んだ。続けて鈴蘭が挙手をしてから話し出した。
「はいっ、私は鈴蘭。かんざしの付喪神だよ。リンとは同じところで生まれ育った姉妹なんだ」
「よろしくお願いします、鈴蘭さん」
「よろしくねートキちゃん。まあ私たち、普段はあんまり本部にいなくて、店の方にいるんだよねー」
「お店?」
ふいに後ろの机から美味しそうな匂いがしてきて、トキの疑問は一旦流れてしまった。
「お料理準備完了よ。お話の続きは食べながら、ね?」
「トキ、お前は何飲む?」
「えっと、じゃありんごジュースで」
「ん」
灯がグラスにジュースを注いでくれ、トキの手元にジュースが来る。他の皆もいつの間にかグラスを手に持っていた。
「では。トキちゃんようこそ管理課へ! の歓迎会を始めるわよー。かんぱーい」
「かんぱーい」
「かんぱい」
「乾杯」
「かんぱい、です」
グラスが合わさる心地よい音を聞いて、歓迎会はスタートした。
「それにしても、料理の種類がすごいな」
「そうね、和食、洋食、中華まであるのね」
「だって、新入りちゃんが何好きか分からなかったから、あれもこれもって言ってたらこうなったんだもん」
鈴蘭はだし巻き卵を箸でひょいと掴むと一口で食べてしまった。
「ほとんど作ったのうちやけどな。で、なんの話やったっけ?」
「お店のことじゃなかった?」
「そうやそうや。うちらは普段は街でスナックやってるんよ。そこでヒトのお客さんからの情報を仕入れるのがお仕事」
「たまに昼間も開けてランチみたいなこともやってるよ」
「そない洋風なもんでもないけどな」
管理課の仕事は、付喪神に関する情報を収集すること、その情報源はヒトも含まれるということなのだ。トキはなるほどと大きく頷いた。
ふと目に入った机のミニハンバーグを口に入れたら、肉汁が溢れてデミグラスソースと混ざり合い、口の中に幸せが広がった。
「お、美味しい……!」
「そない喜んでもらえて、作った甲斐があるわあ。灯はんなんていつも同じ表情やもん」
「ちょっとともるん、いつも以上に顔険しくない? あ、そんなことより、ケーキもあるんだよ!」
「ケーキまであるんですか!」
ハンバーグの美味しさの余韻に浸っていたところのトキは、デザートの存在に驚くと同時に期待を膨らませた。
「もちろんだよ。だって、今日はトキちゃんのたん――むぐ!?」
鈴蘭の口にサラダのトマトを突っ込んで言葉を遮らせたのは、灯だった。
「ひょっと、ほほふん、あにふるの」
「ちょっと、ともるん、なにするの。って言うてるわ」
竜胆の通訳付きで鈴蘭の抗議の声を聞いたが、灯はそれどころではない様子。小声でぶつぶつと呟いている。
「くそ、本当は二人のときにこっそりと、さっと、のつもりだったんだが。先に言われるよりはましだよな」
「灯さん?」
「トキ」
灯の少し低く通るその声で、はっきりと名前を呼ばれた。自然と背筋が伸びた。
「はい」
「本当はもっと早く言おうと思ってたんだが、タイミングがなくてだな。あー、ごほん」
意識的な咳払いの後、灯は優しい声音で言葉を贈った。
「トキ、誕生日おめでとう」
言葉と共に、ジャケットのポケットから取り出したのは簡素にリボンが巻かれた手帳だった。
「誕生日……」
「ああ、そうだ。開化した今日がお前の誕生日だ」
「これ、もらっていいんですか? 灯さんからのプレゼント……」
「もちろんだ。仕事に慣れないうちはメモをした方がいいからな。使えるだろう」
「ありがとうございます……! 一生大切にします!」
「大げさだ」
目的を果たしてほっとしたように笑う灯を、空気を読んで気配を消してした三人が見つめる。
「な、なんだ」
「もう夕方、というか夜よ。遅すぎるわ」
「格好ついてるようで、ついてへんなあ」
「黒い無地の手帳とか可愛くなーい。女の子へのプレゼントなのに、ともるんセンスなーい」
ギャラリーから散々の言われようだが、当のトキは手帳をぎゅっと胸に抱えて飛び回っている。外ハネの髪が嬉しそうに跳ねている。
「まあ、本人が嬉しそうならいっか」
「そうね」
「よーし、ケーキにロウソクたてちゃお! トキちゃんおいでー」
「わあ! 大きなケーキですね!」
「歓迎会はまだまだ始まったばかりだもん。盛り上がっていこー!」
「おー!」
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