想い出はそのままで
―――
夜が明けて次の日
「やだな~……遥さんと会わないようにしなきゃ……」
私は一人キャンパスのど真ん中で溜め息をつきながら歩いていた。
「千尋ちゃん……」
その時、何と今一番会いたくない人が目の前に現れた。思わず後ずさってしまう。
ぐげっ……会っちゃった……と心の中で思いつつ、作り笑いを顔に浮かべる。それに気づいてない様子で遥さんは話し始めた。
「昨日は本当にごめん。でも俺は本気だし、実は俺と君は……」
「千尋!!」
遥さんの言葉を遮って遠くから声が聞こえる。その声は聞き間違えようもなく……
「拓也さん!」
「え?」
「拓也さんの声だ。でもここにいるはずないんだけど……」
そう思いながらも声のした方を見る。自然と遥さんに背を向ける形になった。後ろから溜め息が聞こえた気がしたけど今はそれどころじゃない。
「拓也さん?」
「千尋!やっと見つけた……」
少し離れた先にYシャツにネクタイをルーズにしめた拓也さんの姿があった。驚きで目が大きくなる。
「どうして……?」
「どうしてって……あんな留守電聞いたら誰だって心配しますよ。」
「心配して来てくれたの?」
「え?えぇ、まぁ……」
「学校は?」
「あ……」
今気づいたと言わんばかりの反応に私は呆れた目で見る。拓也さんは照れたように頭をかいた。
「留守電聞いてすぐ出てきたので忘れてました。」
「もう……っていうかどうやって来たの?電車?」
「それが……終電行った後だったので歩いて来ようと思ったのですが思ったより遠くて。途中まで歩いて最寄りの駅からは電車で来ました。」
「あ、歩いたの?大丈夫?」
「平気ですよ。それより元気そうで安心しました。」
拓也さんがふっと笑う。それを見て昨日からの不安がちょっと和らぐのを感じた。
「その人が千尋ちゃんの彼氏?」
「あ、遥さん……うん、そう……」
そういえば遥さんいたんだった。慌てて振り向くと遥さんがおもむろに拓也さんに近づく。周りをくるくる回ってまるで品定めをしているようだ。
「へぇ~」
「何ですか?貴方は?」
「確かにそっくりだね。」
「あ、あの……遥さん?」
「昨日言ってたよね。好きな人が俺に似てるって。」
「言いましたけど……」
拓也さんをチラッと見ると凄く険しい表情で遥さんを見ていた。
「いい加減さぁ、俺の事思い出してくれないかな?」
「え、どういう事ですか?」
遥さんは同じサークルの先輩なんじゃ……?
「ほら、この顔。遠い昔に見た事ない?」
「えぇっと……」
自分を指差す遥さんの顔をじーっと見つめてみる。う~ん……ん?あれ?
「まさか……遥君?昔近所に住んでていつも一緒に遊んでた?」
「やっと思い出してくれた?」
「だって遥君変わったし。まさかこんなとこで会うなんて。うわ~懐かしい!」
思わず抱きつくと、遥君は苦笑しながら背中をポンポンしてくれた。
遥君は昔住んでた家の近所に住んでた一つ上のお兄ちゃんで、よく遊んでくれていた。今じゃ信じられないかも知れないけれど人見知りでいつも一人でいた私に、優しく声をかけてくれた人。
でも私が小学校卒業と同時に引っ越してそれ以来会ってなかったからわからなかった。
「俺は千尋ちゃんの事ずっと好きだった。だからここで千尋ちゃんを見かけた時は運命だって思ったんだ。」
「…………」
「その人とは遠距離みたいだし年の差もある。似てるなら俺でもいいよね?」
「遥君?何言って……」
「っていうか、俺に似てるから彼の事好きになったんじゃないの?」
「そんな訳っ……」
『ない』と言おうとしたら後ろから拓也さんが私の腕を引っ張った。
「え……?」
「そうなんですか?この彼と似てるから僕と……」
「ちょっと、何言ってるの?拓也さんまで。二人共冷静に……」
睨み合う二人の間でどうすればいいのか焦る私。どうしてこうなったの?私の知ってる遥君はあんな事言う人じゃなかったのに……
「すみません……」
拓也さんは私の腕を掴んでいた手を離すと、そう一言呟いて背中を向けた。そして校門へ向かって走っていく。
「拓也さん!」
追いかけようとしたけど今度は遥君に腕を掴まれていた。
「離して!私は拓也さんの事を遥君に似ているからだとか、そういう風に思った事は一度もない!だって今の今まで忘れてたんだから!」
「千尋ちゃん……」
「遥君には感謝してる。一人ぼっちだった私を救ってくれた恩人だもん。でも、でも……」
「……そっか。俺は結局そこ止まりだったって訳か。」
「ううん、そんな事ない。あの時の私にとって遥君はかけがえのない人だった。だけど拓也さんは……高崎先生は、私が本当の恋をした唯一の人だから。」
私がそう言うと、遥君は俯いてふっと息を吐いた。
「想い出の続きを作る事は出来なかったね。じゃ、さよなら。掻き回してごめん。俺が言うのも何だけど、ちゃんと仲直りしてね。」
「うん。」
遥君は片手を上げて去っていこうとする。私はその寂しそうな後ろ姿に声をかけた。
「想い出は作るんじゃなくて、守るものだよ!」
「……え?」
「二人で、ね。」
「……あぁ。そうだな。」
その時に見せた笑顔はあの頃の、二人でいた頃の『お兄ちゃん』の笑顔だった。
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