拭えない不安
―――
学校から帰ってきて今は自分の部屋。はっきりと気づいてしまった篤への想いを持て余しているところである。
「やっぱり…変だよなぁ~……」
天井を見上げて呟く。篤の顔が浮かんでは消え、次の瞬間には沙緒里の顔が浮かんだ。
「……そうだよ。篤には沙緒里がいるんだ。沙緒里は美人だし一緒にいて楽しいし、何より篤とはお似合いの彼女。それに比べて俺は…男だし、親友。それ以上でもそれ以下でもない。」
ベッドに俯せになってため息をもらした時、ドアを叩く音がした。
「はーい。」
「兄さん。お茶。」
「あぁ。ありがとう。入っていいよ。」
「うん。」
弟の拓也がお盆を手にして入ってきた。まだ中学生で、その顔にはまだあどけなさが残っている。
「ここ置いとくから。」
そう言うとテーブルにお茶を置いて、そのまま絨毯の上に直に座る。そして一緒に持ってきた自分の分のお茶を一口飲んだ。
「ねぇ、拓也。」
「んー?」
「男が男を好きになるってあると思う?」
「ぶほっ!…な、何兄さん。急に……げほっ…ごほっ…」
拓也は余りの事にお茶を吹き出して噎せている。可哀想だったけど一個人としての意見を聞いてみたいと思って畳み掛ける。
「どう思う?」
「ま、まさか兄さん……」
「え?あ、いや…俺の事じゃなくて一般的にどうなのかな~っと……」
「僕の事好きだったの?」
一瞬の沈黙。そして……
「何でそうなるの!」
ベッドから飛び起きて全身全霊で突っ込みを入れる。だけど当の拓也はキョトン顔。俺は盛大にため息をついた。
そうだった……我が弟は超がつく程の天然の持ち主だった。俺はベッドから下りて、拓也の正面に座った。
「あれ?違うの?」
「違う!俺が好きなのは篤なの!」
「え?篤さん?」
「あ……」
しまったぁ~~~!誰とか言うつもりなかったのに言っちゃったよ……
何が悲しくて実の弟にカミングアウトしなきゃいけない訳!?自分の気持ちに気づいたばっかなのに?
俺は恐る恐る拓也の顔色を窺う。拓也は顎に手を当てて『う~ん』と何やら考え込んでいたけど、突然パッと閃いたように顔を上げた。
「いいんじゃないかな。人を好きになるのはいい事だと思うよ。」
「へ?ホ、ホントに?そう思う?」
「うん。初恋がまだの僕じゃ説得力ないかも知れないけど篤さんといる時の兄さん、とても楽しそうな顔してるから。篤さんも兄さんには異常に甘いしね。親友っていいなぁって羨ましく思うもん。」
拓也の言葉に段々力が抜けていく。何だ……好きは好きでも友情の範囲内でって解釈したのね。何となくホッとした。
「男とか女とか関係ないと思うよ。篤さんが好きなら堂々としてればいいんじゃない?」
そう言って笑う。その笑顔に何度励まされたか。子どもの頃からその笑顔が好きで、かけがえのないものだった。俺は人の道を外れてしまうかも知れないけど、拓也だけはこのまま素直に育って欲しい。
………ってちょっと待って!何だか今凄い鋭い事言われた気がするんだけど!本当にバレてないのか?俺の気持ちが友情なんかじゃないって事……
「篤さんの彼女さんの沙緒里さんとも仲良しだしね。三人一緒に登下校してるの見てるとホント面白いもん。」
……バレてない。ギリギリセーフ……
それより『篤さんの彼女さんの沙緒里さん』って『さん』多いから!まったく、何処まで天然なんだか。
でも……拓也の言葉に今まで胸の奥で支えていたものが取れたような錯覚に陥った。
「そうだよな。堂々としてればいいんだよな。」
「そうそう。」
「拓也、ありがとう。」
「いいえ。どういたしまして。」
また満面の笑顔を見せる。俺は思わず目を細めた。
拓也のお陰で篤への想いを肯定して受け入れられた。これでもう後戻りは出来ない。俺は覚悟を決めた。何があっても諦めない。諦めたくない。
だけど……
不安と沙緒里への嫉妬は簡単には拭えなかった……
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます