19話 優しい終わり


―――


「もうすぐさ冬休みじゃん?どっか行く?」

「…………」

「どこがいいかな~近くの遊園地とかでもいいけど思い切って長野辺りでスキーとかでもいいな。」

「…………」

「って千尋?聞いてる?」

「……え?あ、ごめん。聞いてなかった。何?」

 雄太君が話してるのにボーッとしちゃった。慌てて顔を向けると雄太君はため息を洩らした。


「お前さ、気にしてんだろ。高崎先生の事。」

「え…?」

「一組でも噂になってるもん。」

「そ、そう……」

「お前まだ先生の事……」

「違う!私は……」

 勢い良く否定しようとして言葉に詰まる。雄太君の何もかもを見通したような目に出会って思考が停止した。


「……言わなくていいよ。」

「え……?」

「それ以上言わなくていい。」

「雄太君?」

「俺はずっと千尋が好きだった。でも千尋は違った。高崎を想ってた。」

「…………」

 突如として訪れた不穏な雰囲気に焦りが込み上げる。


 ちょっ……ちょっと待って!何を言おうとしてるの?私が好きなのは……本当に好きなのは……


「忘れさせてやるなんて言っといて結局出来なかった。ごめん……」

「そんな…謝らないで……」

 俯く雄太君の腕を掴む。離れて行こうとするのを引き止めるように。


「せめて俺がフッたって事にしといてくれないか?」

「……え?」

「そう思った方が楽だし、お前だってそうだろ?」

「雄太君……」

 涙が後から後から流れてくる。私はこの時やっと目が覚めた。


 いくら自分に嘘をついたって気持ちを誤魔化したって、いつか壊れてしまう。慌てて修復しようとしても残るのは傷だけなのだ。


「雄太君は優しいね。それなのに私は…貴方をいっぱい傷つけて……ごめんなさい。」

「そんな事ねぇよ。優しいのはそっちだ。優し過ぎるから高崎から離れる事になったり、俺の事裏切れなかったりするんだろ?時には残酷になれよ。……まぁお前らしいっちゃらしいけど。」

「……ごめん。」

「だから謝んなって。お前は笑ってる方がいい。元気だけが取り柄でいつも騒がしくて、声がでかくて全然女らしくないけど、それが風見千尋なんだ。俺じゃ本当の笑顔を引き出す事が出来なかったけど、お前がお前らしくいてくれるだけで俺は嬉しいからさ。」

 もう涙で前が見えない。でも歪んだ視界の中で雄太君が笑ったのだけは何故かわかった。


「これからも友達としてよろしくな。」

 いつもの通りにポンッと頭を叩く。そしてそれが合図だったかのように突然背を向けた。


「じゃあ……」

 右手を軽く上げるとそのまま歩いて行く。『待って!』と追いかけようとして足を止めた。


 追いかけて何になる?今まで以上に傷つける事になるだけだ。辛くて苦しいのに私の為に別れを切り出してくれたその気持ちを、大切に受け止めたい。

 それが雄太君に対する、彼女としての最後の優しさ。


「ありがとう……」

 小さくなっていく雄太君の背中に深々と頭を下げた……




――雄太side


「くそっ!何で涙が出んだよ……」

 千尋と別れてしばらく歩いた俺は後ろを振り返った。完全に千尋の姿が見えなくなったのを確認するとその場にしゃがみ込む。


「ちっくしょー……情けねぇ……」

 最後まで笑えていただろうか。俺はゆっくり立ち上がると近くにあった家の塀に凭れかかった。


 千尋の笑顔が好きで一番近くで見ていたかったのに、俺と一緒にいる時の千尋は何処か元気がなくて、いつも何かを悩んでいた。冗談を言えば笑ってくれるしノリのいい突っ込みも入れてくれて楽しいけど、本当の笑顔には程遠かった。


 最初は本気で高崎の事を忘れさせようと思ってた。千尋の方も少しずつ俺の方に気持ちが傾いているって感じてもいた。それなのに高崎に彼女ができたって噂がたって……

 見ていてこっちが辛くなるくらい、千尋は苦しんでいた。


 あいつの笑顔が見たい。それが例え、自分の為じゃない。誰かの為のものだとしても。

 だから自分から身を引いた。

 でも……


「覚悟してたつもりだったけど流石にきついな……」

 納得して出した結論だったけど、やっぱり辛い。

 俺はしばらく項垂れていた。


「あの、これ……」

「え?」

 その時誰かの声がした。落ち込み過ぎて人が近づいてきたのに気づかなかった。俺は慌てて顔を上げようとしたが、それより早く目の前に何かが差し出された。


 それはいかにも女の子らしい、綺麗に折り畳まれた白いハンカチだった。


「あの……」

「じゃ、じゃあまたね。雄太君。」

 声の主は俺が視界に捉えるより早くその身を翻して去って行ってしまう。

 目尻についた雫を拭いて見た時にはもう見えなくなっていた。


「……須藤?」

 残像の中の姿に見覚えがあってそう呟く。

 手の中のハンカチに視線を落とすと少し不恰好な形でアルファベットが刺繍されていた。



『Y.S』――



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