双剣物語
宮前葵
第1話-1 告白したら異世界転移した
「だから!あなたがそっちに出たら邪魔じゃないの!」
「仕方ないだろう!モンスターが横に回り込もうとしてたんだから!」
「それくらいあたしが対処出来るわよ!あなたは自分の正面の敵だけ相手にしてなさいよ!本当にトロいんだから!」
「そんな言い方無いだろう!…って、ほら!あんまりイライラさせるから剣が!カエデ!」
「ああ!もう!!仕方ないわね!愛してるわよ!ショウ!」
「僕もだよ!カエデ!」
俺、秋山 翔が彼女、伊藤 楓に告白したのは中学二年も最後の最後、三学期の終業式の直前だった。
なんでそんな日を選んだのかと言えば、進級時にクラス替えで彼女と別のクラスになってしまう可能性があったのと、三年生といえば受験生であるので真面目な彼女が色恋沙汰に良い顔をしないかも知れないと思ったからだった。もちろん春休みがあるから断られた時にショックを抱えたまま登校しなくて済むという計算もあった。
場所は芸もなく部室棟裏。体育館は終業式の準備で人がたくさんいたし、屋上は立ち入り禁止だったので。
「俺と付き合って下さい!伊藤さん!」
俺は大きな声ではっきりって頭を下げた。
告白の方法や科白はいろいろ考えたが、結局は一番直球な方法を用いた。ぶっちゃけ洒落たやり方は出来そうになかった。
俺の前に立つ伊藤さんがどんな顔をしているかは見えなかった。髪が長い細面の美人で、目が大きくて笑うと特に可愛い。学校でも指折りの美人だと俺は思っており、運動が苦手でややオタク傾向のある俺にはかなり不釣り合いなのではないか?と思えるほどの女性だった。
もっとも、俺も何の勝算も無く彼女を呼び出したわけではない。俺と彼女は秋にやった文化祭の実行委員に選ばれており、そこでなんやかや色々と苦労しながら仕事をし、親好を深めたという自負があったからだ。
その時の感触から言えば、彼女と自分は何となく仲良くなった感じであり、少なくとも嫌われてはいない感じであり、もう少し踏み込めばクラスの男子の中で自分が一番彼女と親しいのは間違い無いと思っていた。
兎に角この時点で俺は彼女のことがどうしようもなく好きになっており、このまま違うクラスになって疎遠になってしまう事に耐えられそうになかった。それが文化祭が終わって何ヶ月もウジウジしていた俺がルビコン川を飛び越えた理由だった。
告白から数十秒が過ぎた。いや、何分か?時間の感覚はまるっきりおかしくなっていたから、もしかしたらホンの数秒だったのかも知れない。沈黙。今日は授業も無かったからグラウンドに人もいない。実に静かだった。
沈黙に耐えきれず、しかし顔を上げて彼女の顔を見ることも出来ず、俺は頭を下げたまま思いつくままに口走った。
「前から、ていうか、ずっと前から好きでした。えっと、そう、実はその、文化祭の前から!同じクラスになったのは今年だけど、去年から良いなと思っていて、そんで、文化祭で実行委員会で一緒になれてラッキーってなって、それで、一緒に色々やってますます好きになってそれで!」
ううう、なんかもう頭がグルグルして自分は何を言っているのかも分からなくなってきた。頼むから何とか言って欲しい。俺は今にも崩れ落ちそうになる膝を手で押さえていた。
掠れたような震え声が聞こえた。
「…あたしで、良いの?」
俺は思わず顔を上げた。伊藤さんは顔を両手でほとんど隠しながら、指の隙間から俺の事を見ていた。俺を目が合うと逃げるように腰を引き、それでも必死に俺のことを見つめている。
「あ、あたしなんかで良いの?」
その言葉、そして隠しても隠しきれないほど真っ赤になった彼女の頬を見た瞬間、俺は食いつくように彼女の方に駆け寄り、その頬から引き剥がすようにして両手を掴んだ。
「君がいいんだ。君じゃなきゃダメなんだ!」
思わず至近距離から見つめ合う形になってしまう。恥ずかしそうに顎を引きながら、それでも彼女は俺から視線を外さなかった。俺ももう必死で死ぬ思いで彼女を見つめた。
永遠にも感じる数秒。ついに彼女が頷いた。
「…うん。あたしで良ければ…」
その瞬間頭の中で壮大な鐘の音が鳴り響き、脳内天使が歓喜の歌を合唱した。視界が金色に染まり、全身が電撃を浴びたかのように震えた。
「や、やったー!」
俺は仰け反って絶叫してしまった。伊藤 楓は驚いて目を見開き、そして苦笑した。
「大げさだなぁ」
「そんなこと無いよ。ま、まさかOKもらえるとは思ってなかったから!」
伊藤さんはくすくすと笑い、そして困ったような’表情で俺を見上げた。
「そんなこと無いよ。私も秋川君の事好きだったもの。文化祭以来あんまり会えなくて、もうミャクが無いのかと思ってたの。だからうれしい」
そしてそっと俺の胸に頬を寄せた。
俺の幸せメーターはもう振り切ってぶっ壊れてしまい、正直俺は放心状態であった。俺は冷静ならたぶん出来なかったであろう事をした。
すなわち彼女を抱き寄せ、更に固く抱き締めたのだ。彼女も俺の背中に優しく手を回す。春の風が優しく俺たちを包み込む。
ああ、我が青春に悔い無し。
と、恋愛ドラマなら完璧なエンディングであっただろう。
ところが俺たち二人の物語はここからが始まりであったのだ。
二人して感動に我を失っていた俺たちは気が付かなかった。自分たちの周囲を何か光り輝く雲のようなものが取り囲んでいるのを。
それは渦を巻き俺たちを中心に舞い上がり、次第に周囲の風景を消し去って行く。
俺がわずかに違和感を覚えた時にはもう全ては遅すぎた。
「あ」
「え?」
彼女が疑問形で呟いたその瞬間、地面が消失した。重力が消え天地が分からなくなった。強烈な違和感。
「何だ!」
「秋川君!」
俺は反射的により強く彼女を抱き寄せ、彼女も俺にしがみつく。上下左右の区別も付かなくなり何もかもが不確かになる中で俺たちは必死にお互いを求めた。そこにしか確かなものがなかった。
俺は意識が途切れるその一瞬まで彼女を求めその名前を呼んだ。
気が付いた時はもう異世界にいた。
いや、そこが異世界であると確信を持てたのはずいぶん後の事だったが、目が覚めた瞬間にそこが自分たちの居た筈の中学校でないことは分かった。
何せ森の中である。先程までいた部室棟裏はでないことは明らかであった。しかも森の木々が、近所に普通に生えている杉だとか雑木だとかではなく、ねじくれてツタが垂れ下がる何か熱帯風の植物だったのだ。
そして暑い。今は3月の末。春は春だがまだ早春で、朝晩はコートが必要なくらいの陽気だったはず。それが、額や首筋にべったり汗をかくぐらい暑い。
なんだ、どういうことだ、ここはどこだ?
ごく当たり前の疑問がポロポロと頭に浮かんで最後に「そういえば俺は何をしていたんだっけ」っと思い出し。
必然的に伊藤さんの事を思い出して全身の血が逆流するような思いがした。
「伊藤さん!」
そう叫んで立ち上がろうとして、引っ張られ、そこで自分の右手が重い何かを掴んでいる事に気が付いた。
思わず視線を向けて呆然とした。それは自分がこれまで日常生活でまるっきり目にしたことも手にしたことも無いものであったからだ。
「剣?」
剣である事が分かったのはおそらく俺がファンタジーアニメの類をそこそこ見慣れていたからだ。俺がしっかり右手で掴んでいたそれは、いわゆる反りのない西洋剣であり、ほんの60~70cmくらいの長さである事から片手剣であると考えられた。幸いなことに刀身は剥き出しではなく、黒革で出来ていると思しき地味な鞘に収まっている。
しかしながら、人間の殺傷を目的とした兵器である剣というのは非日常感の固まりのような代物であり、そんな物を自分の手がしっかり握っているという事実に俺は恐れ戦いた。
しかしながら何となくそれを投げ捨てる気にはならず、俺はそれを手に握ったまま立ち上がり、すぐ横に伊藤さんが倒れている事に気が付き、心の底から安堵した。呼吸もしているようだ。俺は彼女の肩に手を置いて揺すった。
「伊藤さん!」
二三回揺すると彼女の目が僅かに開いた。そして唐突に起き上がった。思わず俺が避けるぐらいの勢いで。バッと音が出そうな勢いで俺を見た後、ゆっくり左右を見まわし、それから手を伸ばして俺の頬に手をやり、つねった。
「痛い!」
俺の声には特に反応せず、俺の事をしばらく観察した後、ほっと息を吐いた。
「良かった、夢じゃ無かったみたい」
「?」
首を傾げて俺は彼女も一振りの剣を手に持っている事に気が付いた。
デザインや大きさはは俺の持っている剣と瓜二つ。ただし鞘の色がベージュだった。俺が見たせいで彼女もその剣の存在に気が付いたのだろう。自分の視線をやり、ぎょっと目を見開いた。
「なに!これ?」
「わ、分からないんだ。気が付いたらここに倒れてて、これを握ってた」
俺も自分の剣を彼女に示す。持ち上げてみるとそれほど重くは無かった。鞘に納めたまま軽く振ってみてもせいぜいお土産屋の木刀程度の感触だ。彼女はかわいく眉をしかめ、自分も剣を持ち上げ、振った。
驚くべき事に鋭い風切り音がした。
「ふーん。軽いのね?竹刀より全然軽いわ。」
拍子抜けしたようだ。俺は思い出す。そういえば彼女は剣道部だった筈だ。しげしげと剣を観察していた彼女は思い出したように俺の事を見て、言った。
「ここ、どこ?」
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