第20話 当てのない逃亡

「な、ナッちゃん。放してくれませんか」

「やだ、あとナッちゃん言うな」

「いや、人がいないとはいえ恥ずかしいのですが」

「やだ、離さない」

「逃げませんから」

「信用しない」

あれから、泣き止んだ那奈美と帰宅をすることになった。雪がチラつき、傘をさす俺、その腕に離さないと言わんばかりの力で那奈美がしがみついてくる。

「……そう言いながら、俺から離れないのは、信頼の証として受け取っていいか?」

「言うことはそれだけ?」

俺は、少し冗談を言い、那奈美が恥ずかしがって俺の腕を離そうとすることを狙うが、那奈美は、ムスっとした顔で俺を見て聞いてくる。

「それだけだぞ?」

「胸、わざと当てているんだけど何も感じないの?」

「ああ、だから柔らかいのか」

確かに胸を当たるが、俺とてもう高校生、胸を当てられただけじゃ、興奮しない。

今までに俺が金を持っているという理由で何度も金目当ての女性に言い寄られ、何度無理やり性的関係を結ばれそうになったことやら……むしろ思い出したくもないトラウマの方が多い。

「反応薄い。私は、確かに、美夜に比べたら貧相な体つきかもしれないけど、小さい訳じゃない。もっと興奮するかと思った」

「まあ確かに、パッと見たら、美夜が姉に見えるよな」

美夜と那奈美が似ているのは顔と行動くらいで、それ以外の性格や、体型は、完全に別人。

事実を伝えただけなのに那奈美は、余計に頬を膨らませる。

「いいな、美夜は。オッパイは、大きいし、慎重だって私より高いし、みんなにやさしくて人気者。そして何よりも美夜は、自由。それに比べて私は、頭でっかちの糞オタク、性格だって良くないから、良く他の人と喧嘩する。しかも巫女としての責務あって、期待が重い。美夜は良いな」

「くく……なんだよ、そんな事か。本当にお前ら、くくっ」

俺は思わず笑ってしまった。

なんだ、那奈美も美夜も、同じ悩みを抱えているんじゃないか。しかし、気が付いていない那奈美は、俺を睨んでくる。

「なによ、また笑い方がキモいわよ。その笑い方やめた方がいいわよ、何か企んでいるみたい」

「そりゃ、笑っちまうだろう。お前ら姉妹でお互いを羨むなんて」

「はぁ?美夜が私を羨む訳ないじゃない」

「いや本当に……くく」

「わ、笑うな!」

那奈美は、俺を本気で睨みつけてきたが、どうにもそんな仕草が面白くて……

俺が笑って、那奈美が文句を言う。

こんな当たり前がどうにも幸せで、狂っている俺も楽しめて。

ずっと続けばいいと思っていた。

しかし時間は、無情にもそれを許さなかった。

「那奈美!宗吾!大変じゃ!美夜がおらんのじゃ!」

「な、七重様!?」

外で用に尻尾や耳を隠した物凄い剣幕の七重が焦って俺達の方に走ってくる。那奈美も驚いて、俺から離れる。

「な、七重!ど、どうした!」

「み、美夜がこの雪の中どっかに行ってしまった!」

「な、なんでだよ!」

「事情は後じゃ!とにかく手伝うが良い!」

一体何が起きた。俺達は、急いで家に戻り、美夜を探しに身支度を終えすぐに美夜を探し始めた。


 雪が、私に降り注ぐ。それは、まるで今の自分の心の様に冷たく、そしてどこか寂しい。

私は、大切な人たちに嘘をついた。

「ここにいたら、だめ。どこか遠くに行かなくちゃ」

あてもなく私は見知った町を歩く。

雪で外を歩く人は、皆無で、私が傘もささずにこんな雪の中を歩いていても、違和感が無かった。

「寒いな……」

もう指の感覚は、無くなり始めていた。十二月にもなると、湯上温泉町は、気温がマイナスになるのが当たり前。

今の私の様に、傘もささず、仕事用の薄手の着物を着て歩くと、体が寒くて凍えてしまいそうだ。

けど、丁度いい。どうせならこのまま消えてなくなりたい。

「私は、やっぱり最悪だ。なんで嘘ついちゃったのだろう」

嘘をついた。

知っていた、私の中には、私じゃないナニカがいることを。

いるという感覚があるだけで、正体は分からなった。けれど、ナニカは、私に否定しろ。拒否しろ、拒み受け入れるな。

自他すらそう語りかけてくるような気がした。

けど今日、宗吾さんに話を聞いて、思い当たることが多かった。

私は、この町が好きなはずだったのにそれをなぜか私は、宗吾さんの地方創生にどうにも乗り気になれなかった。

だから宗吾さんに神様のことを聞かれた時、私は、ナニカの正体に気が付いてしまった。

きっとこれは、前任の神様の意思と言うものなのだろう。

相談するべきだった。けど出来なかった。

私が、宗吾さんの目標の邪魔になっているなんて知られたら、きっと宗吾さんは、私を突き放す。嫌われる。幻滅される。

それは嫌だった。

だって、私は、とっくに自分の気持ちに気が付いていたから、だから言えなかった。

「私、最低だ」

そうつぶやき、雪を踏みしめる。冷たい。

この雪みたいに最後は溶けて消えたい。もう、宗吾さんの足を引っ張りたくない。

だからもっと遠くに行こう。誰も見つけられない所に。

「私が消えれば、きっとこの町は、今までで一番盛り上がる。変われるんだ」

私は、変わりたくない。今のままでと同じで悪い。

「そんな訳無い」

嘘をまたつくの。

「そんなつもり、ないもん」

また嘘を重ねるの。

「嘘じゃないから、私は変わりたい」

変われない。

「……っ!」

私じゃない私が、私を否定する。なんで、こうなってしまったんでしょうか。きっと私は、どこかおかしいのかもしれない。

ただ、私は、お姉ちゃんに負けたくなかっただけなのに。

「私は……もう、消えたい」

そう私は、言って、私は、また当てのない逃亡を続ける。


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