第11話 神様としにたがり

 色々なことがあり、俺は、疲れが出ていたが、これからは、空き家での宿泊、ひいては、湯上を気に入り、永住してもらえる様にまず俺は、民泊の細かい規約をまとめるため、久しぶりにパソコンを開いていた。

「なんじゃ、宗吾。こんな時間まで起きて、いい加減寝ないと、体に障るぞ」

寝間着らしい浴衣を着て眠そうに目をこする七重をよそに俺は、次回の観光協会での会議に備えて資料をまとめる。

「七重、眠いなら寝ていていいんだぞ」

「妾は、神じゃから、本来寝る必要なんてないんじゃ。しかし、宗吾は、妾の器では、あるが、人間じゃ。寝ないといけないじゃろう」

「いいな、神様は、俺も寝なくていいならそうなりたい。寝なくてもいいくせして寝まくっている土地神様は気楽でいいな」

俺は、嫌味を言いながらも手を止めない。今やっておかないと、次の集まりには間に合わないからな。

そんな俺を見て、七重は、諦めた様にため息をつく。

「はあ、もうよいが……明日は学校なのだろうほどほどにしておかないと、不死とはいえ、体を壊すからな」

「元々、捨てようとしていた命だ。もう失うものはないし、不死の契約なんかすぐに終えて俺は、死ぬつもりだ。今更体に気を使う必要はない」

「それは、本心か?」

七重は、珍しく真剣な目で俺を見るから、俺は、一旦作業を止め七重の方を向いた。

「本心だ。俺の覚悟は、ほだされない。確かにここは、居心地がいい。違うな良すぎる。だからこそ俺は、死を選ぶ」

「捨てるのか、居心地がいいのに全てを無にするのか宗吾は」

「する。俺にここの居心地の良さは、毒だ。幸せなんだ。それは、俺が持っていてはいけない。ダメなんだ」

「罪悪感か。確かに宗吾を器にしてから、宗吾の負の感情に当てられることは、多かったが、死ぬほどの事なのか?お前は、財産を失っただけでそこまで自分を追い込むか?」

俺は、七重を怒るべきなのだろうが、むしろ頭は、冴えわたり、そして冷たい感情が俺を支配する。

確かに客観的に見れば、俺が死を選ぶ理由は、金を失ったからに見えるかもしれない。

けど、違う。もっとドス黒い心の闇、俺が死を選ぶ理由。七重とはこれからも長い付き合いになるだろう、この際しっかり伝えておくべきだった。

「俺が、死を選ぶ理由を教えてやるよ、七重」

「ほう、教えて貰おうか死にたがり」

挑発的な七重の目、しかし俺は、心から怒れる様な目ではなかった。淡々と俺は、死を選ぶ理由を話し始めた。

「俺は、両親が残した財産を元手にfxで大儲けをした。今まで、搾取されるだけだった両親の金を初めて守れたようでその頃の俺は、嬉しかったよ」

「そうだったな。妾も宗吾のことは多少聞いている。ご両親の死とお金を巡る親族間の争いで、苦労したらしいな、けどそれがどうした」

「まあ、そうなるよな、普通。ガキながら儲けることができたのは良かったけど、金を増やせば増やすほど、俺には、俺ではなく、俺の持つ金を目当てに近づく奴が多くなった。俺は、必死に両親が残した金を守るために金を稼いでいった。その過程で、形式上ではあるが、いくつもの会社を預かる立場になって言った」

そう、俺は、金を増やす過程で会社を買い取ったこともあった。経営自体は、本職の人間に任せていたが立場上、社長と名乗らなくてはいけないことがあった。

「でもって、守るものも増えていた。気がつけば会社を守る立場になっていた。そんでもって、その際に下請け工場……ケータイ部品工場との契約を切ったことがある」

「うむ社長と言う職業は良く分からないが、会社同士の付き合いを白紙に戻すという理解でよいか?」

「いい、やっぱり七重って頭いいよな」

「まあな!妾、神じゃし」

ドヤ顔で、威張り散らす七重、こう見えても長く生きているだけある。七重は、頭が良い。今日、黒川家で話した空き家の活用理由にもいち早く気が付いていたからそれは明白だ。

「まあ、神なのはさておき、俺は、会社を守るために契約を破棄しようとした工場は、大きな赤字を抱えていた。俺が守る会社との契約がなくなれば、倒産するのは目に見えていた。その話をしに行った時、二回り以上も年上の人とその家族……俺と同い年ぐらいの子ども全員総出で土下座をされた。けど、契約を俺は、打ち切った。会社を守るために」

「まあ、人情から言えば確かに冷たいが、この世は、無常じゃ。漫画の様には、上手く立ち行かぬこともある。まさかとは思うが、宗吾は、倒産した後の家族のことを気に病んでいるから、死を選ぼうとしているのか?」

「俺がそんなに優しく見えるか?」

「見えない」

「だろうな。その認識は、間違っていない。金を持った人間は総じて亡者になる。俺はもうとっくに亡者の一人、そう言った関係に感情なんて一切生まれない」

そう、金は、人を変える。

これは俺も例外ではない。両親を失い悲しみに暮れた少年、気がつけば、金に埋もれる亡者になっている。それほどの魔力が金にはある。

「しかし、宗吾が死のうとしている理由は、その工場とやらが関係しているのじゃろう?だから妾にその話をしている。何があった」

「話が、早くて助かる、日朝を見て惰眠を貪る神様の癖に聡明であることだ」

「冗談はよい。話せ」

神様は、平等である。きっとそれは、本当なのだろう。

犯罪者も善良な市民も平等に愛する。だからこそ平等に人を蔑み、平等に愛す。そんな七重という神様は、きっと話を聞いた上で、俺をどう扱うのか決めるつもりであった。

「まあ、結果的に工場長夫妻は、会社の倒産により子供を一人おいて自殺。一家は離散した。とまあ、この事実は、俺の理由とは関係ない。それ以上の衝撃が俺を襲ったんだ」

「衝撃か、もしかして、夜道で工場長の家族にでも襲われたか?それとも、同い年の娘に殺される様なほど恨めしい視線で睨まれたのか?」

「それだったら、まだよかった。けど違う、事件はそんなに簡単じゃない。結果から言えば、夫妻の死んだ姿。それを最初に目撃したのは俺だった。その頃は、まだ俺にもまだ人間らしい感情があっていな。足長おじさんの気分だったんだろう、契約を白紙にした工場長の再就職先を見つけて、潰れた工場の隣にあった工場長の家にその資料を持って行ったその時、家のカギ空いていて、俺は、不思議に思って、その部屋に入った……そこには、夫妻が首を吊って死んでいた」

「それは……辛いのう。それを悔いて、金を守るキモチが増したのにも関わらず宗吾自体も、金を失い、死を選ぼうとしたのか」

七重の耳は、ぺこりと下がり、悲しそうな表情をして、俺の思考を先読みしたように話すが、神様も人の気持ちまでは完全に理解できなかったようだった。

俺が、夫妻の死を体験した時に感じたのは、もっとどす黒い感情だ。

「違うよ。美しいって思った」

「美しい?」

神様は、不思議そうに首をかしげる。理解ができていない様だったので、俺は、続ける。

「ああ、美しいって思っていた。その夫妻の死を……羨ましく思った。俺は、きっともうその時、人でないナニカになっていた。俺は、こんな終わり方を憧れた。そんで気が付いたんだ。あぁ、俺は、もう死んでいたんだって。両親が死んでしまったあの瞬間から、もう死にたかったんだろうなって気が付いた。だから、全てを失った時、悲しかったけどそれ以上に嬉しかった。これで俺も死ねるんだって思った」

「死へのあこがれ……狂っているではないか。人は、死ぬために生まれたわけではない。繋ぐために生きているというのに……そうか、宗吾の中にある負の感情の正体は……」

「死への執着、憧れだ」

「やはりか」

「だろう?呆れただろう。つまらないって思っただろう。それが俺だよ。狂い切った亡者、人でない狂った化け物。それが、俺、有馬宗吾の全てだ」

七重の顔からは、なにを考えているかは、読み取れないがきっとひどく落胆しているのだろう。器として選んだ人間は、狂い切っている。

そしてあまつさえ、そんな人間を七重の特別な存在の中へ入れてしまったのだ。

怒るだろう。

憐れむだろう。

しかし違った。神は、俺まで平等に愛した。

七重は、俺に抱き着き、顔を胸にうずめた。胸元は、なぜか熱く、俺の冷め切った心を温めようとする。

「な、七重!?」

「馬鹿じゃのう……大バカ者じゃ。なにが狂っているんじゃ……確かに死への執着は、おかしい、狂っておる。しかし、その事実を認められている時点で宗吾は、狂ってなどおらん。これは湯上の土地神である妾が保証する。本当に狂っているものは、自らを狂っているなどと言い、そんな悲しそうな顔では、笑わぬ……」

七重の声は、わずかに掠れている。

見えないが、恐らく泣いているのだろう。普段の俺なら、絶対に感情が動かされることなんてなかったのに、なぜか震える。

「馬鹿だろう……こんな死にたがりにまで七重はどうして、愛を注ごうとする」

「する。絶対にする。妾は、初めて見た。宗吾がそんなに悲しそうな目で笑う所を一人で寂しかったのだろう?若くして両親を失って、そこから愛などない世界で懸命に生きてきた。そんな奴が自分を狂ったなんて抜かすなど甚だおかしい。宗吾は、愛を知らないだけじゃ。愛を知らないだけの子どもを妾が愛さぬ訳なかろう」

「愛は……愛なんていらない。死にゆくものには不必要だ……」

不必要、不必要なんだ。俺は、死に憧れているそんな人間に愛など注ぐ必要などない。

必要ない筈なのに……暖かくて、なんだか懐かしい、忘れていた感覚。

「妾は、宗吾が、満たされなかった分、愛を注ぐ、初めて会った時に妾は、主を奴隷と呼んだが、あれは撤回じゃ。妾は、宗吾に愛を注ぐ、人並みの幸せが幸せと感じられるように愛を注ぐ。拒否は、させない。恋人の様に愛を注ぐことは、神としてできないが、母としての慈愛なら宗吾にいくらでも与えられる。じゃから、もう泣いて良いんだぞ」

「泣くわけない。俺は、死を憧れ続ける。だから、愛なんて……不必要」

心が揺らされる。

自分には存在しないとばかり思っていた心がそこには、確かにあり、自覚してしまう。

自分は、人なんだと。

だから、否定しなければいけない。

否定しなくては、俺が、立ち会ってしまった死、両親や、工場長夫妻の死が報われない。なんであろうと俺は、咎人だ。

那奈美、美夜、美湖さんに幸さんと一緒に幸せになって言い人間でない。

そのはずなのに。

「はは、なんじゃ。宗吾は、素直じゃのう。人らしく泣いているではないか」

「泣いてない」

泣けるはずがない。そのはずなのにそうでないといけないのに。

「いいんじゃ。妾のことは、本当の母だと思ってもらって変わらん。人の子は、親の胸で泣く。人らしく生きろ、妾(母)はそれを受け入れる」

「いやだよ、こんなチンマイ母さん」

「小さくても良い。宗吾認めなくてもいい。妾は、宗吾を絶対に見放しなどしない。たとえこの契約が終わってもじゃ」

それなのに、冷めた心は、熱く揺れる。揺れ動く。

「契約が終わったら、絶対に……絶対に死んでやる」

「馬鹿じゃ、妾(母)がこの死を許すと思うか?許せる訳が無かろう」

現実は非情だ。失ったものは、そう簡単には取り返せない。だから俺は、啖呵を切る。

「契約が終わったら、絶対に死んでやる。覚悟しておけ」

「契約が終わったら、絶対に死にたくないって思わせてやる。覚悟しておくが良い」

そして、俺は、土地神様に啖呵を切られる。

このことがあっても俺は、きっと死にたがる。

簡単に変われるほど俺は、強くない。だから死にたがる。

けど、死ねない今、俺ができるのは、土地神様への対抗だけだろう。

この日は、結局この後作業できずに俺も七重も寝落ちしてしまった。

不思議な事だった。俺は自分を人としてちゃんと認めることは、出来るのかもしれない。

期待はしてない。

けれど、もし俺が、死への憧れを捨てきれた日が来るのなら、それはきっと幸せなことなのだろう。

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