第37話・最後の三分 KAC6

 県立西高。

 お昼休み。

 昨日ゲームを買ってしまった僕は親から渡されていた食費に手を出してしまい、節約の為にカップ麺を購買で買っていた。

 正直育ち盛りの男子にとって昼食がカップ麺一つって言うのはもの足りないけど、あと二日我慢するしかない。

 まさか好きなラノベがアニメ化にして、それがゲームになるなんて。

 ラノベのゲーム化に一抹の不安を感じないわけではないけど、初回特典の書き下ろし小説が手に入ったからいいとしよう。

 あ。

 お湯どうしよう。

 入れないで持って来ちゃった。

 引き返そうとすると、そこに大橋さんがいた。

 大橋さんはお話が大好きな女の子だ。

 大きな胸と黒く長い髪。

 そしてハートの髪飾りがトレードマークだった。

「あ。篠塚君いたー♪ どうしたの?」

「いや、カップ麺買ったんだけどお湯入れるの忘れてさ」

「それなら司書の先生がいる部屋にポットがあるよ。今日はそこで食べよー」

 そう言うと大橋さんは図書室へと向って行く。

 図書室には司書の部屋があって、そこからは図書室が見渡せる。

 図書室で飲食はダメだけど、その部屋でなら食べてもよかった。

 現に司書の戸田先生は毎日そこで食べている。

「先生。今日はここで食べていい?」

「べつにいいけど。つかあたし煙草吸ってくるから誰か来たら手続きしてあげてね」

 そう言って戸田先生はだるそうな顔で駐車場へと向った。

 大橋さんは手を上げて先生を見送る。

「はーい。先生も大変だねー。学校で煙草吸っちゃいけないから車乗ってコンビニ行きながら吸うんだって」

「へえ」

 そこまでして吸わないといけないのかな?

 僕らは椅子に座り、大橋さんはお弁当を広げた。

 僕がカップ麺の蓋を開けて、お湯を注ごうとすると大橋さんがハッとして手をパーにした。

「待って!」

「え? なに?」

 僕はポットから手を離して固まった。

「よーく考えてね」

「……なにを?」

「もし今から人生最後の三分間を送るとして、カップ麺にお湯を入れていいのかって」

 僕は少し考えて、お湯を入れた。

「あー!」

「いや。入れるでしょ」

「だって三分後には火星が地球に危険タックルしてくるかもしれないんだよ?」

 なつかしいな。

 僕はスマホのタイマーを三分に設定して作動させた。

「誰の指示で?」

「太陽」

「太陽かー。しょうがない太陽だなー。暑いし、ろくなことしないな」

「でしょ? もしそうなったら篠塚君の人生最後の三分間はカップ麺ができるのを待ってるだけで終わっちゃうんだよ。そうなったらどうなると思う?」

「どうなるの?」

「異世界転生した時に笑われるよ?」

 仮定の話に仮定を重ねられてもな……。

 でも僕みたいな冴えない人間としては最後の希望なわけだし……。

「……それは困るな」

「だからそうならないよう今の内に最後の三分間をなにして過ごすか考えとかないと」

「考える猶予はあるんだね……」

 もはや最後の三分間になにしようか考えてる間に最後の三分間が終わっちゃうんじゃ……。

 それが一番ダメな気がするけど。

「ちなみにわたしはね?」

「うん。どうせお話するんでしょ?」

「え? なんで分かったの?」

 大橋さんは見透かされていたのが癪に障ったようにむっとする。

「そりゃあ大橋さんはお話が好きだから分かるよ」

「むむ……。で、でもなんのお話するかまでは分からないでしょ?」

「まあ、そこまでは」

「だったら篠塚君の負けだから」

「負けですか……」

 いつから勝負になってたんだなんて思ったら負けだ。

 大橋さんは口を尖らしながら卵焼きをパクパク食べる。

 僕はスマホで時間を確認していた。

 あと二分だ。

 すると大橋さんが尋ねる。

「じゃあ篠塚君はなにするの?」

「なにって?」

「最後の三分に。どのパンツを被るの?」

「被らないよ! なんで僕は死ぬ前の三分間にパンツ被らないといけないの? そんな人がいたらその人の人生はもうとっくに終わってるよ!」

「だって篠塚君だったら世界が滅ぶ三分前に被る用のパンツとかストックしてそうだし」

 僕をなんだと思ってるんだ?

 そのパンツがなんでそんなニッチな用途に限定されたのか経緯が気になるよ。

「それが嫌ならなにがしたいの?」

「なにって……三分でしょ? 一日とかじゃなくて」

「うん」

「短くない?」

「わたしに言われても知らないよ」

 大橋さんが言い出したのに?

「う~ん。そもそも三分でなにができるんだろ? カップ麺ですら食べられないんでしょ?」

「音楽とか聞いても間奏くらいで大サビまでいけなさそうだね」

「ゲームとか下手したら起動にそれくらいかかっちゃうよ。ロード画面を見ながら死ぬのはやだな」

「ご飯だって三分で食べたら味とか分からなそうだし、早食いは太っちゃうし」

 大橋さんはお腹をさすった。

 もう死ぬのに太るもなにもない気はするけど。

 それに大橋さんはいくら食べても脂肪が胸についちゃう人だからあんまり関係ない。

「こう考えると意外に三分でできることって少ないね。やっぱりお話するのが一番いいんだよ」

 大橋さんの言うこともまんざら悪くないなと思ってしまう。

 あと一分。

 そこで僕は一つ疑問に思った。

「えっと、大橋さんは最後に誰とお話したいの?」

「誰と?」

「う、うん」

 僕としてはそれが一番重要だ。

 すると大橋さんは見透かしたようにイタズラっぽい微笑を浮かべる。

「気になる?」

「まあ、そりゃ……」

「ふ~ん。気になるんだー」

 大橋さんはにやっと笑った。

 そして人差し指で下唇をすっとなぞった。

 なんか艶めかしい。

「やっぱり好きな人かなー」

「好きな人……。へえ……」

 誰だ?

 そいつは誰だ?

 あ、でも家族とかも含まれるのかな?

 気になる……。

「そ、その人となんのお話をするの?」

「そりゃあ、あれだよ」

「どれ?」

「愛の、お話」

「愛のお話!?」

 なんだそのお話は?

 あまりに甘そうなお話じゃないか!?

 愛のお話に比べたら普段僕らがしてるお話なんてゴミみたいなものだよ。

 誰だ!?

 大橋さんは誰と愛のお話をするんだ!?

 もやもやしているとタイマーが鳴ってカップ麺が完成した。

 どうやら太陽は危険な指示を思いとどまったらしい。

 大橋さんはニコリと笑った。

「はい♪ 世界が滅びました♪ ここは転生した異世界です♪」

「あ。そう言えばそんなこと言ってたね……。そこまでがセットだったんだ……」

 僕はなんか落ち込みながら割り箸を割った。

 ん?

 あれ?

 ってことは大橋さんが最後の三分間に選んだ人って……。

 僕が考えていると大橋さんが正面ではにかんだ。

「よかったねー。わたしとお話してたお陰でバカにされなくて♪」

 大橋さんの笑顔は眩しくて、なんだか愛おしくさえ感じてしまう。

 僕はなんだかほっこりしてしまった。

「うん……。よかった」

 お話しながら待ったカップ麺はなんだかいつもより美味しく感じた。

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