第14話・宮前さん
放課後。
僕は例の如く図書室で本の整理をしていた。
誰に言われるでもなく、くたびれた本達を綺麗にしていく。
買った本がしっかりあるかのチェックも大変だ。
最近近くの図書館で本が盗まれたり、落書きされたりしたそうだし、しっかり見ておかないといけないらしい。
本来なら司書の戸田先生がやらないといけないことだけど、面倒だからと僕に任されていた。
僕が本をぱらぱらとめくって中身を確認していると入り口のドアが開いた。
今日は少し元気がないのか、足音が静かだ。
それでもまっすぐに僕へとやってくるところはいつも通りの大橋さんだった。
足音が僕の隣で止まるまで、僕はずっと本を見ていた。
「ねえ。篠塚君」
あれ?
いつもよりねえが一つ少ないな。
声も冷静だし。
不思議に思った僕が隣を向くと、そこには大橋さんではない女子生徒が立っていた。
「うわっ! 誰っ!?」
図書室だというのに、僕は思わず声をあげてしまう。
「失礼ね。クラスメイトの宮前澄子よ。隣の席でしょ」
宮前さんはさらっとした声でそう告げた。
そうだった。
大橋さん以外のクラスメイトとは基本的に絡みがないから忘れていた。
宮前さんは大橋さんとは違って髪が短い。
肩にさえ届いてない。
大橋さんと違って少し目つきが悪いし、全体的に細いのは一緒だけど胸は大きくなかった。
なんか大橋さんと比べてばかりだな……。
でも大橋さんと負けないくらい綺麗な子だった。
大橋さんが可愛いタイプなら、宮前さんは美人なタイプだ。
大橋さんが明るいタイプなら、宮前さんは大人しいタイプでもある。
つまり、宮前さんと大橋さんは真逆の性質を持っていた。
そんな宮前さんは左手をスカートのポケットに入れたまま僕をじっと見上げた。
大橋さんと違って見られると少し怖い。
「……なに?」
「そこの本を見たいんだけど」
「あ。ごめん」
僕が避けると宮前さんは本棚を物色し始めた。
横で見てると宮前さんは本が似合う女の子だと分かる。
大橋さんも似合うけど、あれはなんていうかアイテムみたいな感じだ。
カメラ女子が持つカメラみたいな。
あえて言うなら宮前さん読む側の人で、大橋さんはポーズの為に持ってる感じ。
そんなこと言ったら怒られるだろうけど。
あんまりじろじろ見るのもあれだし、なにより僕はパンツ好きの汚名を着せられている。
近くにいたら気持ち悪いと思われるはずだ。
僕は別の本棚に移動しようと静かに歩き出す。
でもその一歩目でシャツの裾をちょこんと掴まれてしまった。
「待って」
宮前さんの抑揚がない声に捕まると動けなくなった。
「な、なに?」
「聞きたいことがあるの」
宮前さんは僕を見て、それから一度周囲を見回して誰もいないことを確認して、そしてまた僕を見た。
「でもこれは聞いていい内容なのかしら?」
「えっと、聞いてからじゃないと判断しかねるんだけど……」
「そうね。なら聞くわ」
この子も少し変わってるなー。
僕が苦笑していると宮前さんは静かに聞いた。
「篠塚君と大橋さんはどういった関係なの?」
「え? 関係?」
「そう。関係」
「ど、どうって……」
「とっても仲良しに見えるわ」
「そう……なのかな……?」
僕は首を傾げた。
「違うの?」
「違うわけじゃないと思うけど……」
だけど「はいそうです」と簡単に言える仲でもない気がする。
「同じ中学じゃないでしょ?」
「うん。僕は西中で大橋さんは東中だから」
「なら会ったのは高校から?」
「そうだね」
「なのにもうあれだけ仲良くできるものなの? 異性なのに」
「仲良くっていうか……」
ただ話しかけられてるだけっていうか……。
それを聞いてるだけっていうか……。
「私、不思議なの」
「なにが?」
「どうしてパンツが好きなんて公言する変態のあなたと成績も性格も良い大橋さんの仲が良いのか」
「変態って……。あ、あれは事故みたいなもので……」
「どんな事故が起これば自己紹介でパンツが好きと言うの?」
隣の席の女の子がパンツ丸出しで自己紹介してたから。
なんてことを言ったら大橋さんが可哀想だし……。
僕はなんとか言い訳を考えていた。
するとただでさえ冷蔵庫みたいにひんやりする視線を放つ宮前さんが温度を下げる。
「かぶるの?」
「かぶらないよ!」
「舐めるの?」
「舐めないよ!」
「履いてみるの?」
「みないよ! そもそも持ってないよ!」
怒濤の質問だった。
宮前さんはホッと一息つく。
「そう。よかったわ。関係ないとはいえ、クラスメイトが捕まるのを見たくはないし」
とんでもない変質者にされてる――
「でも話してみると篠塚君って案外普通なのね。その内捕まって部屋から大量の女性物下着が出てきて、それを警察官が綺麗に並べる類いの人だと思っていたわ」
話があまりにも具体的すぎる……。
「ありがと……。誤解が解けて嬉しいよ……」
「だとしても大橋さんと仲が良いのは不思議だわ。私なんて今も防犯ブザーを持ってないと不安だもの」
そう言って宮前さんはポケットから手を出した。
そこにはピンを抜くとけたたましい音がなるブザーが持たれている。
怖い……。
あのピンが僕の命に見える……。
抜かれたらきっと色々終わるんだろう。
僕が青ざめていると宮前さんはイタズラっぽくクスッと笑った。
すると後ろのドアがまた開き、ハートの髪飾りが見えた。
「篠塚君どこ~? ってやっぱりここにいた♪」
大橋さんの顔は僕を見つけると明るくなり、宮前さんを見ると眉をひそめた。
そしてそのまま不機嫌そうな顔でこっちへとやって来る。
それを見て宮前さんは僕の耳元で囁いた。
「私ね。実は知ってるの」
「え? なにを?」
「篠塚君が大橋さんを守ってあげたってことをよ。でもこれは内緒。大橋さんだってあんな可愛い下着をクラスメイトに見られてたって知ったら可哀想でしょう?」
宮前さんは僕から顔を離した。
「いくら聞いても言わないし、篠塚君って良い人なのね」
どうやら僕は試されていたらしい。
宮前さんは出口の方へと歩いて行く。
大橋さんは宮前さんとすれ違うとむっとして、宮前さんはさっきみたいに悪い微笑を浮かべた。
大橋さんはどすどすと足音を立ててこっちにやって来ると機嫌の悪さを隠さずに言った。
「宮前さんとなに話してたの?」
「え? なにって……」
でも内緒って言われたしな……。
大橋さんだって知ったら恥ずかしいはずだ。
「べ、べつに……」
「そんなのうそだよ! お話してるの見たもん!」
「いや、まあ……。僕もクラスメイトとお話くらいするよ……」
ちょっと強気な言い訳だった。
でもそれを聞いて大橋さんはこの世の終わりといった顔でショックを受けてる。
「天変地異が起きちゃう……」
そんなになの?
それからしばらくの間、大橋さんの「ねえねえなに話してたのー?」が続いた。
図書室だけでなく教室でも事あるごとに尋ねてくる。
そのたびに宮前さんは面白そうな顔で僕らを見ていた。
まるでこうなることが分かっていたみたいな顔だ。
お話が好きな大橋さんと、大橋さんが好きな宮前さん。
どうやら僕は大変な二人に挟まれてしまったらしい。
追記 たまに宮前さんの方を見ると高確率で目が合います。
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