第13話・完全犯罪

 ある日の放課後。

 僕は大橋さんと歩いて帰宅していた。

 なぜかこれが日課になってるけど、噂になったりして迷惑かけたりしないかな?

 大橋さんを好きな男子って結構多いんだよね……。

 それにしても未だに大橋さんの家を知らないってのはアンフェアな気がする。

 まあ、それくらいの仲ってことなんだろうけど。

 国道沿いを歩いていると、大橋さんはふと立ち止まった。

 さっきまで僕を見てお話していたのに、その視線が遠くに向けられている。

 視線を追っていくと道路の挟んだそこには銀行があった。

 キャット&サーモン銀行はどこにでもある小さな地銀だ。

 大橋さんは視線を固定したまま言った。

「ねえねえ篠塚君」

「なに?」

「もしも、もしもだよ?」

「うん」

 大橋さんはやけにもしもを念押しした。

「もし銀行強盗するとしたら、どうやってする?」

「ええっ!? するつもりなのっ!?」

 驚愕する僕に大橋さんは苦笑した。

「だからもしもだって。この前銀行強盗が主人公の映画を観たの。おじいちゃん達が年金を取り戻すやつ」

「ああ……。もしもか……。びっくりした……」

 僕は胸を撫で下ろす。

 大橋さんは言い出したら聞かないから、僕は紐で吊らされて赤い光線を避けないといけなくなるのかと思ってしまった。

「でね? どうしたら捕まらずに済むのかな?」

「え? なんか怖いんだけど……」

「だからもしもだって」

 大橋さんはむっとしながらも腕を組んで考えた。

「まず覆面をした篠塚君が銀行に入るでしょ?」

 ナチュラルに共犯者にされてる――

「えっと、それで受付に行ってメモを見せるの。『俺は銃を持っている。変なマネはするな。この鞄に金を詰めろ』って」

「……それで?」

「断られて捕まる」

 捕まった――

「ダメじゃん! 僕捕まっちゃったよ!」

「だって篠塚君にそんなこと言われても怖くないんだもん。銃だって持ってなさそうだし。持ってても怖がって撃てなさそうだし」

「そりゃそうだよ……。僕は日本の高校生なんだから……。ていうか大橋さんは受付なんだね……」

「うん。わたし犯罪はダメって教えられて育ったから」

 僕もだよ。

「だから篠塚君が強盗してきて。わたしが止めてみせるから」

 大橋さんは品良く笑うけど、僕だってスラム街で拾われたわけじゃない。

 よく分からないけど、どうやら銀行強盗しようとする僕とそれを阻止する大橋さんという構図らしい。

 なんでこうなったんだなんて疑問は浮かべるだけ無駄なのはもう分かってる。

「それって一人で?」

「友達に手伝ってもらうならいいよ。いればだけど」

「…………一人でか」

 僕は銀行を見つめた。

「やっぱり正面突破は無理だよ。夜に忍び込むとかしないと」

「じゃあ警備を突破しなきゃだね。どうする?」

 いつの間にか僕が考えることになっている。

「う~ん……。あ。あれは? 鏡を使ってカメラを騙したりする方法。レーザーも反射させちゃう」

「そんなの映画の見過ぎだよ」

 えー……。

 止めるってこういうことなの?

「そ、それ言われたらどうしようもなくない?」

 というか成功しちゃった場合が怖いんだけど……。

「うーん。じゃあいいよ。映画っぽくても。で、どうするの?」

「えっと……あ! そうだ。トイレの中に隠れておくんだよ。そうやって営業が終わるまでやりすごす」

「ほうほう」

 大橋さんは感心したように頷く。

「とりあえずこれで中に入れたでしょ。次は警備員の人をやりすごす。これはまあ、ちょっとした柱とかに隠れたらいいよ」

「本当に? 警備員の後ろにぴったりくっついてい同じ動きしなくても大丈夫?」

「多分大丈夫だと思うけど……」

 なんか中国拳法家みたいなことさせようとするな。

「それから?」

「えっと、金庫に入ってダイヤルを回す?」

「番号は分かるの?」

「それはまあ、事前に店長とかを捕まえとけばいいんじゃない?」

「店長が知らなかったら? 知ってるのは本部の人だけとか」

 やけにこだわるなー……。

「じゃあ本部の人を捕まえるよ。とにかくダイヤルを回して金庫を開く。そしたらあとはお金を鞄に詰めるだけ」

「でもお金ってどれだけ詰められるの?」

「え?」

「せっかく入ったのにあんまり詰められなかったらしゅんとしちゃわない? 詰め放題で頑張ったのに定価で買った方がよかったみたいな」

 例えはあれだけど、まあ、たしかに……。

 大橋さんは持っていた学校指定の薄い手提げ鞄を持ち上げた。

「これとか多分一千万円も入らないよ?」

「さすがに学校の鞄じゃいかないよ……。大きいリュックとかじゃない?」

「でも大きすぎると隠れる時大変だよ?」

「じゃあ、普通のリュックにいっぱい詰める感じかな?」

「でも重すぎると帰りが大変だよ。電車とかで迷惑だし」

 あ。銀行強盗って公共交通機関で帰るんだ……。

「じゃあ、まあ余裕を残す感じ? 二千万円くらいリュックに入れて、出る」

「でも捕まった時に少なかったら恥ずかしくない?」

「え?」

 捕まった時のことも考えちゃうの?

「お前せっかく銀行強盗したのにたったの二千万円しか盗らなかったのかよって言われちゃわないかな?」

「でもリュックに入れすぎると電車に乗った時迷惑だし……」

「うんうん。足下に置かない人っているもんね」

「じゃあ、ポケットにも入れてくよ。百万円ずつ。上下のポケットに四百万くらい。それだけしたら捕まってもこいつ頑張ったなーって思われるんじゃない?」

「たしかに。ベストを尽くした的な感じだね」

 大橋さんは納得して頷いた。

「あとは警備員に隠れながら外に出るよ」

「でもどうやって?」

「え?」

「だって来る時はトイレに隠れてたんでしょ? ドアって開いてるの?」

「えっと窓は?」

「トイレの窓ってそんなに大きいのかなー? リュックもあるし」

 言われてみれば半分だけしか開かない小さな窓ってあるな……。

「じゃあ、またトイレの中でやり過ごすよ」

「でも警備員さんがトイレ使うかもしれないよ?」

「え? な、なら女子トイレに隠れる」

 さっきまで楽しげだった大橋さんが急にひんやりとした視線を送る。

「それはダメだよ」

「……え?」

「だって篠塚君は男の子じゃん。男の子は女子トイレに入っちゃダメ」

「でも、そんなこと言ったら強盗なんてもっとダメなんじゃ……」

「とにかくダメなの! もう! これ以上変な性癖に目覚めないで! こっちの身にもなってよ!」

 これ以上ってなに?

 僕は至って健全だよ!

「いや、でも――」

「ダメです。女子トイレに放たれていた毒蛇に噛まれて篠塚君は死んじゃいました。はい。終わり。おつかれさまでした」

 そう言うと大橋さんは素っ気ない表情でてくてくと歩いていく。

 なんだか釈然としない終わり方だ。

 僕は小さな地銀を見つめた。

 大して入ってない僕の口座もあるその地銀はなんとも頼りない感じだった。

「ほら早く早くー」

 前方では大橋さんが呼んでいる。

「うん。待ってよ」

 僕が歩き出すと背後で人の気配がした。

 振り向くとそこには路地があり、二人の男が話しながら僕を見てる。

 なんか変な気がしたけど、大橋さんがしつこく呼ぶので僕は走った。

 翌日。

 キャット&サーモン銀行に強盗が入った。

 だけど簡単に捕まってしまったらしい。

 トイレに隠れていた犯人達は用具室を開け、そこで毒蛇を見たと言って騒いだそうだ。

 当然毒蛇などおらず、ただモップが倒れ込んできただけだった。

「物騒な世の中だねー。やっぱり人生コツコツ頑張らないとだよ」

 そのニュースをスマホで見た大橋さんはしみじみとそう言っていた。


 追記 強盗をして捕まると五年以上二十年以下の懲役になります。計画してるのがバレても二年以下の懲役になります。やめましょう。

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