大橋さんはお話がお好き

古城エフ

第1話・出会い

 桜が散る中始まった入学式は至極順調に進んでいく。

 僕、篠塚紀一がなんとか入学できた県立西高は雰囲気も良く、家からもほどほどの距離で、偏差値も至って普通の高校だ。

 校舎は古めだけど気にはならないし、お洒落なセーラー服に、赤いラインの入ったモダンな学ランは生徒にも人気だった。

 緊張感がある空気の中、僕はそわそわしていた。

 目だけを動かして周りを見ると中学の時と違い皆大人っぽい気がする。

 この中にいると改めて思う。今日から僕も高校生だ。

 中学の時はあまり積極的じゃなかったせいで、友達も少なかった。

 その少なかった友達とも別々の高校に進学することになった。

 正直、心細い。

 今までなら教室の隅っこで黙っているだけだっただろう。

 でも今日からは違う。

 友達を作る努力をするんだ。

 僕はドラマや漫画なんかでよくある少し大人っぽい青春に憧れていた。

 時に対立しながらも仲間と部活に打ち込んで汗をかいたり、甘酸っぱい恋愛をしたり。

 とにかく僕は明るく楽しい高校生活に胸を躍らせていたのだ。

 入学式が終わった僕ら一年はそれぞれの教室に配置され、メガネをかけた真面目そうな男性担任、浅野先生の挨拶を聞いたあと、恒例の自己紹介を開始した。

 名前、出身中学、好きなこと、よろしくお願いします。

 誰が始めたでもないこのテンプレートをつらつらと述べていく。

 『あ』から始まる名前が多い一年三組もようやく『お』へと移行した。

 一番左の一番後ろ。つまり僕の隣の席の女の子が立ち上がる。

 絹のような美しくなめらかなロングヘアーをさらりと揺らし、左目の隣に可愛いハートが二つ付いた髪飾りをちょこんと付けている。細くて長い足は黒タイツで包まれていた。

 目は大きいし、肌は白くて綺麗だし、笑顔は愛嬌があるし、スタイルなんてそこらのグラビアアイドルが裸足で逃げ出すほど悩ましい。

 誰が見ても納得の美少女だった。

 高校生活がこんな可愛い女子の隣でスタートするなんて僕は幸運だ。

 彼女は楽しそうに口を開いた。

「東中学出身の大橋いのりです。趣味はお菓子作りとお話です。よろしくお願いします♪」

 大橋さんはニコッとはにかみ、お行儀よくお辞儀した。

 僕はと言うと話どころじゃなかった。さっきから大橋さんのお尻に視線が釘付けだ。

 なぜなら大橋さんはスカートの後ろをパンツに挟んでいたからだ。

 そう言えば大橋さんはホームルーム直前になって教室に入ってきた。

 そのせいで友達に指摘されることもなかったんだろう。

 どうしたらそんな状況になるのか男の僕には分からないけど、とにかく異常事態には違いない。

 入学早々パンツが丸見えなんてことがバレたら大橋さんの高校生活が終わりかねない。

 幸いここは一番後ろだし、横からは僕が壁になって見えていないはずだ。

 自己紹介が続く中、僕は小声で大橋さんに伝えた。

「あのさ…………、その、見えてるよ……」

「え?」

 声が小さかったのか、大橋さんは首を傾げて聞き返す。

「だから、その……、君の……ンツが……」

「ベンツが?」

 どういう状況なのそれ?

 メルセデスさんもびっくりだよ。

「いや、だからね……」

 僕がなんとか伝えようと身振り手振りを加えていると、浅野先生に呼ばれた。

「はい。じゃあ次は篠塚」

「え? あ。はい!」

 僕は慌てて立ち上がる。

 あれ? なに言うんだっけ? もうテキトーでいっか。

「えっと、西中出身の篠塚紀一です。好きなものはパンツです! よろしくお願いします」

 深々とお辞儀をして、なるべくさわやかな笑顔で顔を上げる。

 すると場が、凍り付いていた。

 僕もその冷気を感じてから自分がなにを言ったか気づいて赤面した。

「あ、いや、その今のは!」

「篠塚。もういい。座れ」

 担任の先生がメガネの奥で僕を睨む。

 なにもよくないよ?

「今のは言い間違いなんです! その、頭の中がパンツでいっぱいで――」

「篠塚ぁ! もういいと言ってるだろ! 早く座るんだ!」

「あ……、あぁ…………」

 僕は力尽きたボクサーのようにガックリと椅子に落ちた。

 クラスメイトからの視線はエクスカリバーより切れ味が鋭く、僕の体を切り刻んでいく。

 終わった。

 僕の高校生活は始まりと共に終焉を迎えた。

 思い描いていた青春がガラガラと音を立てて崩れていく。

 この世の終わりを嘆いていると大橋さんが人差し指で肩をちょんちょんとしてくる。

 なんなんだ? 

 君のせいで僕の高校生活は終わりだ。

 そう言おうと横を向くと、大橋さんは恥じらいながらもニコリと笑ってウインクした。

「ありがとね。おかげで助かっちゃった」

 よく見るとスカートがパンツから解放されている。

 大橋さんの笑顔があまりにも眩しくて、文句は引っ込んでしまう。

 だけど笑顔と引き替えに、僕は高校生活を失ってしまった。

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