第12話 閑話休題 オトメ塚

神戸市内には有名な古代のラブロマンの物語が伝承されている。


影松高校の校舎の近くに「処女塚」(おとめづか)という4世紀はじめの有名な前方後円墳の古墳がある。


国道43号線沿いの「東明交差点」と言う場所に南北70メートルほどの大きさのそれほど目立たない前方後円墳であるが地元では有名である。


有名な仁徳天皇陵などは6世紀以降の物なのでこのオトメ塚は日本史の中でも古い時代の建造物に属する。


歴史書によると、かつてこの近くに当時絶世の美貌の持ち主で心も優しい菟原処女(うない おとめ)という女生が住んでいた。


その美しさは彼女の美貌を一目見ようと近隣の村はもとより畿内からも大勢の男たちが毎日のように見物に来るほどであった。


彼女の両親も「天は二物を与えた」わが娘を大変誇りに思い、いつかは宮中に仕えて都の有力者に見初められることを嘱望したものであった。


そこへある日、近在の菟原壮大(うない おとこ)という立派な若者が「どうかあなたの娘をぼくの嫁に欲しいんだナ」と言い寄ってきた。


見るからに体格もよく知恵もあると見られるこの若者の出現に、両親はたいそう喜んだがそれもつかの間、和泉の国(今の南大阪)から和泉壮大(いずみ おとこ)というこれまた屈強な若者が求婚に現れたのであった。


「ぼくが先なんだナ」


「いやワイのもんや」

と二人はとうとう腰の刀で決着をするような剣幕でけんかを始めるする始末。


どちらの若者も文武両道、容姿端麗の甲乙つけがたい人物で処女は決断ができなくて悩んでいると、両親は「これ、娘よ。私にいい考えがあるから悩まなくてもいいよ」と娘を安心させた。


二人の若者を前にした両親は「お二人が私どもの娘のことを真剣に思って下さる気持ちはとてもありがたく存じます。またお二人ともどちらも文武両道、ご立派過ぎて私どもにはどちらか一人を選ぶことができません。そこでこちらからの提案ですが、この地の西に流れる生田川の水鳥を弓で最初に射止めたものが娘の婿になるということでいかがでしょうか?」


この提案に弓にも自信がある二人は


「水鳥を射落とす競争でっか、わかりました。そんなもん願ってもないことでんがな」


「了解なんだナ、日取りが決まりましたら教えて欲しいんだナ」

と答えて帰っていった。



さて弓比べの当日、立派に着飾った二人の若者はこの試合を一目見ようと畿内はおろか四国、九州から集まった大勢の群集の中、生田川の河畔に颯爽と降り立った。


川面にはたくさんの水鳥が今から的になることも知らずにおだやかに漂っている。


弓を携えた2人の若者の背後には天幕の中で床几に腰掛けた処女の姿があった。


時間が来て父親の「それでは、はじめ!」の声とともに


ゆっくり弓を構える二人は同時に川面を飛び立った水鳥の群れををめがけて矢を放った。

「よっしゃいてまえ!」

「当たるんだナ」

と気合いを込めた矢は一直線に水鳥に向かって飛んでいく。


「おー!当たったぞ!」


と大声で叫ぶ群衆を尻目に、娘の両親は射抜かれた水鳥の検分をしたところ、1羽の水鳥になんと2本の矢がささっていたのであった。

「またもや引き分けじゃ」


それを見た処女は黙って生田川の濁流に向かって身を躍らせて、ついには帰ってくることはなかったそうである。


両親の名案であった弓比べでも、二人のうちどちらかを決めれなかったために彼女は死を選択したのであった。


また恋人の投身を目の前で見た二人の若者たちも、処女のあとを追って同じ濁流に身を投げてついには帰ってこなかったといわれている。


このあと両親は娘を亡くしたことでたいそう悲しみ、さらに不憫にも求婚者を二人も失った娘を「処女塚」(おとめづか)として埋葬したのである。


また武勇を競った結果、後を追って死んだ二人の若者も死後も喧嘩をしないように、同距離で東に2キロ離れたところに「東求女塚」(ひがしもとめづか)、また西に2キロ離れたところに「西求女塚」(にしもとめづか)としてそれぞれの墓として埋葬したのであった。


4世紀の神戸市灘区と東灘区に伝わる有名な伝説である。


神戸在住の人は良くご存知の恋物語でもある。


現在もこの3つの古墳は、周りの土は切り崩されて縮小してはいるがおおむね健在で、国の史跡として登録されて児童公園や幼稚園の一角として使われている。


中央に位置する処女塚のみが南北の前方後円墳で、左右の男性の古墳は頭を処女の方に向けた東西の前方後円墳となっている。

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