第5話 地学の授業



地学の担当は小柄の中村先生だ。身長は160センチに満たない背広姿が教室に入ってきた。


「私が地学を担当します中村です。二年前に大阪の教育大学を出ました駆け出しの教員です。みなさんよろしくお願いします」


「はあーあ、なんかさっきの中居先生に比べるとおもしろくなさそうな先生ね」


「せやな、声も小さいしなにより授業に迫力がおまへんな」


「新米だからこんなもんなんだナ」


「・・・で今日はモースの硬度表について勉強します。これは地球上の鉱物を硬さの順番に並べた表であり1812年にドイツの鉱物学者フリドリッヒ・モースが考案したもので・・・」

自信なさそうな中村が黒板に鉱物の名前と化学式を硬さのやわらかい順番に書いていく。


1 ロウ石   Mg3Si4O10(OH)2

2 石膏    CaSO4

3 方解石   CaCO3

4 蛍石    CaF2

5 燐灰石  Ca5(PO4)3

6 正長石  KAlSi3O8

7 水晶    SiO2

8 トパーズ  Al2SiO4

9 ルビー、サファイア  Al2O3

10 ダイヤモンド  C


他の生徒たちは懸命に板書したものをノートに写し取っていく。


7番目の水晶の説明のところで鼻と上唇に鉛筆を挟んで窓の外を見ていたメグの態度が変わった。


「えーと、硬度の優劣のつけ方はお互いの石同士を引っかいたときにキズがつけられるかどうかで判断しています。例えば硬度9のルビーにキズをつけられるのは硬度10のダイヤモンドだけです。そして硬度7の水晶以上を『宝石』と呼んでいてみんなも知っているように高価な値段がつけられています。以上は中間試験に出ますから必ず覚えてください」


最後の宝石なんたら以降の話しを聞いてピクッとメグが反応して手を挙げた。


「修正!」


「え、何?修正って。えーっと君はたしかー卯原さん?」


出席名簿を見て中村がうろたえる。


その動作はあきらかに森の中で肉食獣に遭遇した小動物の挙動である。


「そうよ出席番号47番の卯原恵よ、中村先生あなたをただちに修正します!」


「そんな・・・教科書どおり読んでいるんだが、なんか間違ったこと言ったかな?」


「この中で『宝石』と呼んでいいのは水晶だけです!」


「お、はじまりよった」


「可愛そうに中村先生、ついにメグの虎の尻尾を踏んでしまったんだナ」


「トパーズもルビー、サファイア、ダイヤモンドも綺麗な石だけれども決して『宝』ではないんです!」


「でも卯原さん、町の宝石屋さんにいってみてよ。ほとんどがトパーズ、ルビー、サファイア、ダイヤモンドだけを売っているよ」


「だーかーら、修正なの!今からは硬度7番水晶だけを宝石と呼びなさい!わかった?」


「えーなーこの『超』のつく上から目線!いつ聞いても最高や!」


「いつ聞いてもほれぼれするんだナ」


メグと中村のやり取りを聞いていた生徒たちは水晶が『宝石』か否かという深遠な討議内容は別にしてたいくつな授業が一気に面白くなったことでクラス中が沸いた。


「おーいいぞ卯原、もっとやれ!」


「水晶1番!異議なし!」


「先生、反論よろしく!」


「あ、あの困ったなー。しかし君たち試験ではこれを出すので正確に表を書かないと点をやれないよ」


「いいのよ先生、試験に対しては先生の教えたようにすべて書くから心配しないで。私の『修正』ってのは今のものの考え方を訂正するのが目的だから」


「そ、そうか。なんか気を使ってもらってるみたいですまんな。しかしなんで水晶が君にとっては一番の宝石なんだ?君の誕生石なのか?身内の形見かなにかか?」


「違うわ。みんなに聞くけど、はい!この中に今クオーツ腕時計使ってる人、手ぇー挙げて!」


「クオーツ腕時計?」


「水晶発信の時計だろ?俺使ってる」


「私もよ」


自分の腕時計の文字盤に書かれている『Quartz』という文字を見つけてクラスのほとんどが手を挙げた。


「ほーら先生。これだけの生徒が毎日水晶を使っているのよ。そして大切な時を正確に刻んでくれているの。宝の意味が分かりましたか?見た目が綺麗だからとか高価だから宝ではなくて本当にその能力を知って毎日使うことのが宝の意味なのよ」


「そ、それは正確な時間を刻むために水晶発信を使っているからで・・・」


「そうよ、大正解!地球上の鉱物で電流を流すと正確に固有の周波数で振動するのは水晶だけなの」


「それは知っている、時計だけでなく短波放送などのラジオのチューニングでも使われているね」


「では、そこまで知っている先生にお尋ねしますが、なんで鉱物の中で水晶だけが電流を流したら正確に振動するのかしら?」


「そ、それは・・・大学では習わなかった」


「そうなの、そこなのよ。現代の科学はすべてがそういう姿勢なの。水晶の話だけではないの。分からない領域に入ると簡単にギブアップするのよ」


「そ、そういわれてみるとそうだね」

簡単に白旗を上げる中村。


「あともうひとつ科学では解明されてない水晶の効能には、磁場エネルギーなどの見えないパワーを増幅させる働きがあるのよ。あ、ここは試験に出ないから書かなくていいわよみんな」


「そうなんですか。よく占い師が使っているのは見てますが。本当にそういう力があるんですね」

もう中村は生徒に対して敬語モードになっている。


「はい!先生の負けー」


「中村、引っ込めー」


教室内から無慈悲なヤジが飛ぶ。


「みんなー、応援ありがとうね。でも試験はちゃんと先生の言ったとおりに書いてね。あくまでも私の意見は参考までに覚えておくこと。約束よ!」


「了解―」


「おーっす」


「覚えるー」


自慢の大きな胸を張って勝利のVサインをするメグ。


「なんか、ヤクザの親分みたいなんだナ」


「あー、短期間でホンマよう人の心を捕まえよるわ。これは見事としかいいようがおまへんな」


キーンコーンカンコン♬


終鈴が鳴った。


まさに「ゴングに救われた」体で中村先生はあいさつもそこそこに、転がるように教室を出て行った。


あいつのあだ名は「ムシ」でええな。


「虫と無視」の引っ掛けや。


桐山が中村に不名誉の烙印を押した。



休み時間


「卯原お前すごいな」


「よく先生を退治できたなー」


「ありがとうね、みんな。でも退治ではないわあくまでも『修正』なの」


「ああ、なんかさっきも何回も言ってたな『修正』って」


「いずれにしても先生の言うことを否定することだろ?」


「違うわ、先生もまた義務教育と大学などで偏った知識を埋め込まれてきた『被害者』の一人なの。だから彼らを『否定』するのではなくて本当の事実を伝えることが大切なの。だから『修正』なの」


「しかし水晶ってそんな宝物だったんだ、知らなかった」


「おれもだ。昔、子供のころ住吉川の上流にある水晶谷でよくハンマー持って水晶を取りに行ってたんだ」


「あ、おれも小学校がその近くだったからよく先生に引率されて水晶狩りやったぞ」


「そうなのよこの六甲山系はみんなが言うように水晶の宝庫なの」


「お、メグ、ということはお前も水晶谷行ったことあるのか?」


「そうね。みんなが思うよりずーっと昔にね」


男子生徒に囲まれたメグはくすっと笑った。

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