ズン村長


翌日の夕刻




「できるかどうかを問うているのではない、これは命令だ!すぐにやれ!」


カムラン村のズン村長の家の中でカールマンの怒声が飛んだ。


「おっしゃる意味はわかります。そのロシアのバルチック艦隊とやらが石炭補給を早急に必要としていることもよくわかります。しかし現実問題として荷役用に200人の若い労働力をすぐに集めろとは・・・しかも1週間もの間ですか」


「重労働だから交代できるように100人を1つのチームとして2チーム作るのだ。もちろん給金は出す、1人1日1フランだ。3度の食事も出る。これで何の不服があるのか?」


ズンが治めるカムラン村は人口が2500名、約500世帯。明日中に各世帯から力のある若い男性を1週間差し出せと言う要求である。ズンは要求の難易度もさることながらそもそもこの重労働をやる「意義」を疑問視していた。


「しかし給金を出すと言ってもそれぞれが仕事を持っているんじゃあ。それを放っぽり出して来いとは言えんじゃろうに・・・」


腕を組んで考え込むズン村長に


「おい、たしかズンさんとかいったな。ズン村長、あんたには村長としてこのカムラン村民に命令してカムラン湾に停泊する各艦までの石炭の積み込みをを指示する義務があるんだよ。こちらのカールマン大尉がおとなしく言っているうちが華だぜ。」


そばで聞いていたジャック兵曹長が声を低くして恫喝する。


「しかし、無理なものは無理じゃ。」


頭を抱えながらうめくズンに対して


「ちっ、強情なじじいだ!貴様らは我が栄光あるフランス帝国の領民である。貴様に選択の余地など無い!」


体重差は倍はあろうかというほど軽いズンの胸倉を掴んで罵声を浴びせるジャック兵曹長。


「ズン村長、ジャック兵曹長の言うとおりだ、われわれはおとなしく談判するつもりでここに来たが、もしロシア海軍の将校が直接来たならばこんな扱いではすまないだろう。ジャック、さあ行くぞ、もうそのあたりでいいだろう」


カールマンはジャック兵曹長に対して村長への暴力を制し、ドアに向かって歩き始めた。


「とりあえず村長、明日の夕方に市場の横の広場に男衆を全員集めてもらいたい。いいな、命令だぞ!」


「けっ耄碌じじめ!」


「バタン」


とジャック兵曹長が罵声とともにドアを閉めて出て行った。


その乱暴なやりとりを隣の部屋からじっと盗み聞きをしていたズンの息子のヒューがつぶやいた。


「ロシア・・・バルチック艦隊?これは大変なことになりそうだ、村のみんなが借り出される」


「誰じゃ、そこにいるのは?おお、ヒューか。話を聞いておったのか?」


「うん、お父さん。フランスの兵隊にひどいことをされていたね、大丈夫?」


「ああ、わしは大丈夫じゃがこれから大変なことが起きるぞ。覚悟しておくがよい。」


「一体何がはじまるの?」


「わしらの村から力持ちの若い衆を石炭の補給作業のために200名差し出さねばならなくなった。しかも1週間もの間じゃ。」


「みんなその間仕事はどうするの?」


「仕事を放り出して来いとのことじゃ。もちろん給金と食事は出るそうじゃが慣れない仕事には事故がつきものじゃからのう・・・それだけが心配じゃ。」


「断ったらどうなるの?」


「断ったらいつものように暴力沙汰が待っておる。まあ以前のポール提督時代からするとゆるくなったほうじゃが・・・」


「ぼくに出来ることはある?」


「そうじゃな、それでは今から北地区の網元のタンのところと南地区の網元のタイのところへ行って明日の夕方5時に広場にそれぞれの地区の男衆を集めてくれるように言ってきてはくれまいか。気は進まぬが1週間の辛抱じゃ仕方あるまい。」


「うん、わかったよ。今から行って来るよ。」


「ヒューすまんな。」


北地区に向かって走る息子の姿につぶやいた。


「こんなことになるなら村長など引き受けるんじゃあなかった。しかし誰かがこの役をやらねばならぬのじゃからなあ・・・」


先代の村長が海の事故で亡くなった時に当時先生をしていたズンに白穂の矢がささったのであった。ズンは教え子たちの強い推薦を蹴ることが出来ずに安易に村長になってしまった自分を恨むのであった。



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