§04 人それぞれの事情

041▽ヒトを思う



 アヤトは、白テントの臨時会議室から出ると、コウモリでも真似るように、長衣を広げる。


「あっちぃ~……っ」


 バッサバッサと羽ばたくように、長丈の青色ウインドブレ-カーを広げ、その中に風を送りこんで、汗滴る蒸した空気を入れ換える。


 彼は夕日の高さを確認するように、西の空を見上げる。

 視線はそのまま、いつの間にか斜め後ろに立っていた、女性官吏かんり・楠木セイラに話しかけた。


「警察ってだいぶん協力的なんだな。

 殺人事件のドラマじゃないけど、もっとこう、縄張り意識が強くて警察同士でもモメるくらいだと思ってたんだが。

 今回みたいに、厚労省みたいなヨソの部署が手を出すとか、絶対嫌がられたり色々あると思ったんだけどな」


 セイラも、白熱した会議室の熱気で蒸れたのか、ブラウスの両袖をまくり上げ、書類を挟むクリップボードで自身を煽ぎながら、答える。


「この案件だけ特別なのよ。

 さっきも言ってたでしょ、お嬢様学校だから」


「あー、あれか。

 人質になった生徒の中に、警察のエラい人の身内でもいるのか」


 そんなアヤトの推測を、セイラは首元をハンカチで拭きながら、小さく首をふって否定。


「もっと政治的な話よ。

 人質になった娘が心配で仕方ない『経団連の上の方の人』が『政界の上の方の人』に人脈パイプを使って、雲の上の世界で方針が決まっちゃったらしいのよ。

 『可及的速かきゅうてきすみやかに、よろしく』って。

 警察の突入班が吸血鬼にやられたなら、今度は厚労省の特殊部隊出せって。

 だけど、いまはまだ<猟犬部隊ハウンド>がアレでしょう?」


「ああ、まだ時間かかるみたいだな。

 ウチの連中連れて、熊本の山の中で『追っかけっこ』が。

 だったら代わりに、ウチDDの連中の残りだけでも、って事か」


 アヤトがそう言って、ようやくバサバサを止める。


「まあね、そんな感じ。

 県警や厚労省ウチみたいな役所関係どころか、報道メディアにも手が回ってるみたい。

 『何も起こらなかった事にするから、さっさと片付けろ』って事らしいわ。

 でも流石に、吸血鬼案件だから出来る裏技、みたいな物よね」


「なんというか。

 権力って、すげえんだな」


「この場合は、お金の力でしょうけどね。

 報道局も、お金出す人スポンサーが嫌がるニュースは放送しないって暗黙の了解があるらしいから。

 選挙や政治団体にもお金がいるから、政治家もお金持ちには頭が上がらない。

 まさに『資本主義社会』よね。

 お金がすべて、お金持ち最優先、そりゃあ政治家が『東京こそが日本!』『他は僻地へきち』とか言い出すわよ」


 セイラが辟易へきえきとした表情で告げると、アヤトの隣に並び、団扇うちわ代わりにしていたクリップボードから、書類を外して手渡す。


 アヤトは、役所からの依頼書をざっと確認して、ポケットから簡易印鑑シャチハタを取り出して受領欄に押す。

 そして、一枚をセイラ返し、もう一枚を自分のポケットにねじ込んだ。


 アヤトは、一度空から目線を外し、どこか非難めいた口ぶりで告げる。


「ところで、新しい課長さんの事なんだが。

 俺らが気に入らないのは分かっていたけど、それにしても今回はムチャぶりが過ぎるんじゃねえの?」


「気に入らないとかじゃなくて、試されてるんじゃない?

 この前の<天祈塔バベル>の後、課長、何か色々聞いてくるから。過去の成果とか、誰が一番能力が高いとか……」


「うへぇ……実質、能力テストかよ。

 俺の再試がようやく終わったのに、また別のテストか。

 しかも、こんな契約にない仕事をやらされるとか、冗談じゃねえぞ」


 アヤトが顔をしかめ、マズい物でも食べたかのように、舌を出す。

 その表情を見て、セイラは怪訝けげんそうに疑問を口にする。


「……よくわかんないけど、今回って結構やばいの?

 いつもみたいに、女の子3~4人連れて、ちゃちゃっと片付けられない?」


「ヤバイというか、難点が多すぎる。

 まず一つ目が、判断材料がないって事。

 ── 敵の数がわからん、人質の数がわからん、相手の目的がわからん。

 わからんだらけで、作戦どころか、準備も対策もしようがない」


「でも、警察がさっき、SATサットとか突入部隊を動かしたとか言ってなかった。

 ある程度、内部の予想がついているんじゃない?」


 セイラが、白テントに振り返り、親指で指し示す。

 しかし、アヤトは軽く肩をすくめた。


「で、その予想がおもいっきり外れたから、見事に全滅したんだろ。

 話してて感じたのが、警察のお偉方は、吸血鬼って物を直で接してないって事だ。

 悪手どころの騒ぎじゃねえぞ。

 なんだっけ、こういう無策の極み、『利敵行為りてきこうい』って言うんだっけ?

 半分、裏切りみたいなもんだ。しかも、誰もそれが分かってないから、いよいよ始末におえない。

 あそこにいた連中は多分、吸血鬼って物を、異能者に毛が生えたくらいの、超能力を持った人間の延長くらいにしか思ってない」


「……吸血鬼は、人間が変化した存在で、異能者以上の特殊な能力をいくつも持っている。

 うちも、厚労省としても、そういう理解をしているんだけど。

 これって、何か間違っているの?」


「ああ、そうか、楠木の姉ちゃんも、今年の春に九州支部に来る前は、吸血鬼関係に関わってないって言ってたな。

 それじゃあ、わからんか」


 訳知り顔のアヤトに、バカにされたようでいらついたのか、セイラはちょっととげのある声を出す。


「あのさ、もったいぶらないで、教えてくれない?」


「ええっとな。

 吸血鬼の前に、まず俺らの事だが。

 異能者ってのは、人間につのが生えた程度のケダモノ。

 まだまだ、どうにか、ギリギリ人間の仲間だ。

 ワガママ放題で、すぐに泣いたり物投げたり壊したりする精神年齢3歳児くらいな連中だが、ガンバって言い聞かせれば、ちょっとは言う事を聞くようになる」


 アヤトは、ひたいの斜め上くらいの空間に『存在しないつの』を指先でえがきながら、そんな風に説明をする。


「いや、そこまで自分たちを卑下ひげしなくてもいいんじゃない?

 アンタとか、バカで、スケベで、キレイな女の子をはべらせて喜んでるキャバクラ通いの中年親父みたいな、どうしようもない子だけど。

 でも、仕事はちゃんとするし、女の子の面倒もちゃんと見てるみたいだし、意外と根は真面目なんじゃないか、と思ってるのよ?」


 セイラが、フォローするような言葉を選んで告げる。

 しかし、アヤトはその気遣いに、ただただ苦笑を返した。


「それは、ありがとう。

 だけど、楠木の姉ちゃんが知らないだけで、マジで俺ら異能者ってどうしようもない連中だからな」


 アヤトはそう言い、ふと思い出したように、付け加える。


「それこそ、ダテに『ジーニアス』なんて呼ばれてないさ」


「……ん?

 ジーニアスって、『天才』とかその辺りの意味じゃなかった?」


「ああ、紙一重だって言うだろ、『天才』と『狂人』は。

 『普通の人間にはできない事ができるが、その代わりに頭がオカしい』。

 だから異能者ジーニアスって呼ばれる ── そういう皮肉だよ」


 アヤトは、アハハっと他人事のように軽く笑って、話を続ける。


「さて。

 それで吸血鬼は、見た目は人間に牙が生えた程度だが、中身は様々だ。

 異能者くらいには人間っぽいヤツもいれば、完全に人間ヤメてるヤツもいる。

 吸血鬼には色々な分類があるけど、1番の問題は『戦闘血族せんとうけつぞく』か、『非戦闘血族ひせんとうけつぞく』か、だ。

 『戦闘血族せんとうけつぞく』は、人の形をした猛獣だな。

 うっかり近づいたら食い殺される。

 マシな連中でも、話が通じない人殺し。

 テロリストとか、ゲリラ部隊みたいな感じ。

 ── 『面倒だから、まずは殺して考えよう』、だ」


「え、ちょっと……それってマジ?」


 アヤトの告げる、未開地の蛮族のような内容に、セイラは口元を引きつらせる。

 アヤトは、肩をすくめ、続ける。


「ちょっと極端な言い方だがな。

 それに対して『非戦闘血族ひ・せんとうけつぞく』てのは、まだ話の通じる連中で、例えるならマフィアかな。

 俺も、大陸系というか、蛇頭とか華僑マフィアくらいしか知らんが、だいたいあんなモンだ。

 笑顔で犯罪やってて、それが悪いとすら思ってない。むしろ、法律の方が間違ってるって言い出すタイプ。

 でもまあ、話が通じるからなんとか取引ができない事もないけど、うっかりしてると、色々悪事に協力させられる」


「……聞く限り、本当にロクなヤツいないわね」


 セイラは偏頭痛のように眉をひそめ、小さくため息をついた。

 アヤトはうなづき返し、再度視線を空に向ける。


「端的に言えば、吸血鬼ってのは『人間じゃない』からな。

 人間が『吸血鬼は敵』と思っているように、吸血鬼も『人間はエサ』としか思っていない」


「── アンタ達のところの子達も『そう』なの?

 白雪や、紅葉もみじかえで紫陽しようなんかも『そう』なの……?」


 セイラが上げた名は、<DD部隊>の隊長格である年長の女性達だ。


「ん、アイツらか。

 アイツらは、きちんと『人間に都合良く働く』ように『改造』されてるから、その辺は大丈夫だぜ。

 ちゃんと『洗脳』されてるから、少なくとも人間に危害は加えない、それは安心していい。

 そもそも、吸血鬼の世界に逃げたところで居場所がないから、裏切る心配もない」


 アヤトは、懇切丁寧こんせつていねいに問題行動を起こさないと語るが、たずねたセイラは沈痛の表情。


 ── 『<DD部隊>の隊員も吸血鬼であり、彼女らは人間ではないのだから、どんな非道も許される』


 そう言わんばかりの説明に、彼女の良心と倫理がさいなまれていた。


 そしてまた、『そのような境遇にある彼女たちが、人間をどう見ているか』を、さらに、いつもの笑顔の下にどのような感情が渦巻いているのかを、思わず想像して少し声を震わせる。


「……そう、なんだ……」


「そんな感じなんで、地球人類を滅ぼしに来た宇宙人とか、異世界の侵略者くらいだと思ってる方が、感覚的には正解に近い。

 そういう事を理解してなくて、凶悪犯の一種くらいにしか思ってない、警察側の情報提供なんてしてもらっても、一つも当てにならん。

 俺の弟子の一人も、どっかの役所と関係持ってるらしいが、『コーアン使えねー』って、いつも言ってるし。

 そもそも、当てにしても仕方ないんだろ」


 割と深刻な内容を、あっけらかんと笑う、アヤトの声が夕焼けに響いた。





▲ ▽ ▲ ▽





 セイラは、つい先ほど。

 作戦準備のために、部隊所有のワゴン車に入ろうとする白雪を捕まえ、こう告げていた。


「誰がなんと言おうと、私は貴方達を、人間だと思うわ」


「…………」


 こちらに向き直り、人形のように姿勢正しく、エプロンスカートの前で両手を揃える彼女に、セイラは続ける。


「だって、普通の女性にしか見えないし、喜んだり、怒ったり、一緒にご飯食べて美味しいって言ったり。

 アヤトの事だって、好意を抱いたり、嫉妬したり、そういう思いがあるんでしょ?

 貴方達はそれは違うと思っていても、それは人間が普通にもつ感情なのよっ」


 セイラは、会議の最中は言えなかった言葉を、一気にまくし立てる。


「…………」


 それでも、言葉を返さない白雪。

 ついに、セイラは詰め寄り、その両肩を捕まえて言い聞かせる。


「私たちと同じ、心を持った存在なのよ。

 だから、『人ではないモノ』として見ろと言われても、それは無理だわ!」


 セイラなりに、伝えるべき物を、全て伝えたつもりであった。


 しかし、──


「── それはそれは。

 セイラさんは、思いやり深いのですね」


 メイド服の銀髪美女は、人形のように笑う。


「しかし、我々にそのような慈悲じひは不要ですよ。

 『人が我々をどう見ているのか』なんて事、十分に知っていますので」


 白雪はそう告げて、自分の両肩をつかむセイラの手をそっと外す。


「── それでは失礼。

 作戦の準備がありますので」


 そして、微笑みを一切崩さずに、表情をまるで変えぬまま、わずかにも乱れぬ綺麗な深い礼をして、去って行った。


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