016▽反撃の黒雷


 影の中にゆっくりと沈んでいく、巨大な黒い顎。

 中級の魔物・<影絵鰐ビッグ・ジョー>。


 紅葉は鋭い目つきでそれを見送ると、インカムに囁くようにキーワードを告げる。


 「あのタイプだと、打撃より斬撃の方が効きそうね。

 ── 結晶形成クリスタライズ刺突槍スピア


 戦闘用鎚の打撃部分が消失し、代わりにシャベルのような巨大な槍刃が生成される。

 椿もそれを見倣い、あわてて武器を変更する。

 そして、先ほどと同じく二人が距離をおいて向き合い、お互いの死角を補いあう。


 「── 隊長っ! 右です」


 椿の裏返りかけた声に従い、紅葉は素早いステップで回避。

 そして三角飛びの要領で壁を蹴って方向転換すると、またも攻撃が外れて歯がみする巨大な顎に向けて、全力で地を蹴る。

 攻撃後のスキを狙った、渾身の跳躍攻撃だ。


 「はぁっ!」


 魔物を覆う頑強な黒い鱗も、紅葉の強力なジャンプ力を活かした飛び込み斬りには耐えきれず、黒い体液を飛び散らせる。


 「えいやあっ」


 姉に続き、椿も巨大な槍刃で切りつける。

 痛撃に驚いたのか、巨大鰐は慌てて影に沈み込み、身を隠す。


 「こ、これなら何とかなりそうですっ」


 椿は、攻撃が通じた事で喜色を浮かべる。

 と、不意にその顔が陰る。

 比喩的な意味ではなく、文字通り 『影が差す』 という意味で。


 「── ち……っ!」


 それに気づいた紅葉が慌てて妹を抱きかかえ、跳躍する。


 ── 間一髪、ドォォォオン、と爆発のような重音が響いた。


 姉妹の回避と入れ替わるように影色の巨体が降ってきて、地面を揺るがした。

 <影絵鰐ビッグ・ジョー>は天井に現れるとそのまま落下し、その巨体を使って半吸血鬼の女二人を押しつぶそうとしたのだ。


 身の厚さだけで人の背丈ほどある巨大な魔物は、逃した獲物を見つけると忌々しそうに睨みつけ、咆哮と共に大口を開けて突進し始める。


 ── グガァァァァァアア!!


 「── 面倒ねっ!」


 紅葉は舌打ち一つすると、脇に抱えていた妹を投げ捨てるように突き放し、自ら囮になるように魔物の鼻先を駆け回る。

 素早く駆け寄ると、巨大鰐の長顎に槍刃を叩きつけ、反撃の牙を飛び跳ねながら巧みにかわす。


 しかし、そんな華麗なヒットアンドウェイも長くは続かない。魔物はその巨体で威圧しながら、徐々に壁際に追い詰めていき、回避スペースを奪っていく。


 「── ち……っ」


 後退した足のブーツの踵が壁を叩いたのを一瞥し、紅葉は小さく舌打ち。


 逃げ場がないと悟った黒髪の美女は、むさぼり食おうと開かれた大顎に自ら飛び込み、つっかえ棒でもするように槍を縦に構え、顎が閉まるのを防ぐ。


 「隊長ぉ!」


 暴れ狂う巨体に手出しをしかねていた椿だったが、紅葉のピンチに思わず飛び出す。


 「この、この、この!

 コイツっ 隊長を! 隊長を離せ!」


 椿は必死に槍を振り回し、大刃で巨大鰐の脚や胴を切りつける。

 しかし、長柄の斬撃は頑強な鱗状の表皮に傷を作るだけで、魔物をひるませるには至らない。


 焦りを募らせながら槍を振り回す黒髪の少女に、魔物の顎の間から、切迫した指示が飛ぶ。


 「椿! 上よ! 跳んで、頭を狙いなさいっ

 ── きゃぁっ」


 影色の巨大鰐は、大顎の中で抵抗を続ける獲物に焦れたのか、大きく頭を振り回し、獲物を自分の長顎ごと壁に叩きつける。


 剣のような牙の林立する顎に閉じ込められた紅葉は、荒波に翻弄される舟上で帆柱にしがみつく遭難者のように、つっかえ棒となった槍柄を抱きついて自分の身を支える。


 ドォウン! ズダァン!


 巨大魔物が壁に身を打ち付けると、激しい衝撃音が鳴り響いた。二度三度と、その遠雷か花火のような重低音が響くたびに、<天祈塔バベル>の壁面に取り込まれた一時停止の三角標識 やガードレールがカタカタと震え、あるいは壁材の一部となった路面アスファルトから小石がばらついた。


 紅葉は、襲いかかる大揺れと衝撃になんとか耐え、また槍にしがみついているのが精一杯という表情で、くぐもった苦悶の声が漏れる。


 「くぅ……っ! あぁ……!」


 「── 姉さん!」


 椿は、暴れ狂う魔物から数歩後退しながらも、紅葉の危機に堪らず叫びを上げた。


 途端に、椿の赤い瞳が、血のような深色の光を発する。

 精神のたかぶりが、激情として荒れ狂い、瞳からあふれ出したのか。


 赤い眼光と三つ編みをたなびかせる少女は、<影絵鰐ビッグジョー>から距離を取るようにステップ。

 そして、バネを最大限に効かせるように、自身の身体を深く沈める。


 「こっ、のぉおおおおお!!」


 椿が気迫と共に地を蹴る。


 その瞬間、跳び上がる椿の身体を押し上げるように影が隆起した。

 さらには、膨れあがった影の一部が彼女の身体に紫電のようにまとわりついた。


 その結果は、先ほどの跳躍 ── 5メートルのジャンプを優に倍する、10メートル級の大跳躍。


 彼女は、この階層の天井に半転身して四つん這いで 『着地』。


 『見上げる地面』には、巨大な長顎を振り回して暴れる大型<対象Cクリチャー>。

 狙うは、その激しい動きの要点であり、最も動きの少ない場所。

 すなわち、首の付け根。


 「姉さんを ──」


 椿は、天井で真下に向けて槍を構え直すと、落下速度を加速させるために脚力を炸裂させる。

 刹那、闇色の力をまとった少女は、黒い雷撃と化した。


 「── 離せぇええええっ」


 少女が雷光であれば、その絶叫は雷鳴。

 そして、打ち込まれた一撃は、怒れる天の槌と呼ぶに相応しい威力と、轟音を伴っていた。


 ── ズドオォン!!


 黒雷の如き槍に、首の根元を撃たれた<影絵鰐ビッグジョー>は、四足を払われたように突っ伏し、轟音と砂煙を巻き上げる。


 同時に首根っこを、強烈な一撃で叩きつぶされた巨大爬虫類は、その反動で大顎を限界まで開いて獲物を解放する。

 そして、何の抵抗もできぬまま、しばらく四肢と顎を痙攣させると、そのまま絶命する。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 魔物の身体から力が抜けると、連動するように椿も膝を折った。


 一撃に全てを込め、自分の限界値の力を振り絞った少女は、よろけながら槍を引き抜くと、ふらふらとおぼつかない足取りで魔物の巨体から下りる。

 椿は、地面に下りると、ようやく安堵したように座り込み、槍にもたれ掛かった。


 そこに、今し方死闘を尽くした戦場において、どうにも場違いな軽い拍手と呑気のんきな声がかかった。


 「やるじゃねえか。

 練習じゃ一回も成功しなかった影身相乗シャドウブーストを、ぶっつけ本番で使うとは」


 青いロングコート風のウインドブレーカーを着込んだ男、アヤトだ。


「──……っ

 マぁ、スぅ、タぁぁぁぁ~~~っ!!」


 椿は、三つ編みと拳を振るわせ、涙目で睨み付ける。


「ひどいです!

 嘘つき! いざとなったら助けてくれるって言ったくせに!

 姉さんのピンチなのに全然助けてくれないじゃないですか! 嘘つきぃ~~!」


「いや、ピンチってお前……」


 アヤトは半泣きでまくし立てられ、困ったようにテキストで顔半分を隠す。

 すると、カツカツとヒールを鳴らしながら、紅葉が近寄ってきた。


 「こら、椿」


 紅葉はため息と共に、半泣きの椿の頭に、コツン、と拳骨を軽く落とす。


 「── あ、痛っ」


 「仕事中は 『姉さん』 じゃなくて、 『隊長』 でしょっ」


 「だ、だって……っ」


 「まあ、いいわ。

 今日は頑張ったからね、ほめてあげないとね」


 紅葉はそう言うと、座り込んだ妹を後ろから抱きしめ、頭を撫ではじめる。

 姉に褒められるというか、猫かわいがりされている椿は、どこか気恥ずかしそうだ。

 姉妹のじゃれあいをよそに、アヤトはため息まじりに告げる。


 「あのなあ、椿。

 お前の 『未完成』 の影身相乗シャドウブーストでも、何とかあのワニ倒せたんだ。

 なら、紅葉こいつ影身相乗シャドウブーストを使えば、あんなワニ、余裕で真っ二つだろうが……」


 「え、じゃあ、隊長は……?」


 見上げてくる椿に、紅葉は誤魔化すように小さく笑みを返す。


 「ん? ほら、あれよあれ。

 仲間のピンチでパワーアップとか、新しい必殺技を覚えるとか、週間マンガの基本じゃない?」


 「な、な、なんですかそれ!

 私、心配したのに! 姉さんが死んじゃうかと思って、すごい頑張ったのにぃ!

 だますなんて、ひどぉい!

 マスターと紅葉姉さんが、ふたりで私をバカにするぅ!

 帰ったら、絶対、楓姉さんとドクターに言いつけてやるぅ!」


 涙目をふくれっ面に変えた椿は、駄々っ子のように手足をばたつかせた。






//ーー ※作者注釈 ーー//

 この辺りから更新間隔が週一くらいに落ちます

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