第14話 開戦
昭和16年(1941年)12月8日、日本はアメリカを主力とする連合軍に宣戦布告しました。
ハワイにある真珠湾に、4隻の空母を主力とする第一機動部隊がおよそ350機の飛行機で襲いかかり、停泊中のアメリカの戦艦や巡洋艦を湾内に沈没させたのです。
しかもほとんどの飛行機は無傷の姿で戻ってくることができましたので作戦は大成功です。
日本国民は朝早くのラジオでこの一報を聞き「憎き鬼畜米英相手によくやった!」と歓喜に沸きたちました。
同じ日、私は「戦艦榛名」という30000トンクラスの艦に乗り組み、仏印(今のベトナム)の陸軍上陸作戦を支援する行動中に艦上でこの報を聞きました。
この奇跡の大勝利を聞いてまわりの上官や部下達は全員が
「よくやった!」
「日本万歳!」
と大喜びしていましたが、私だけは複雑な心境でした。
なぜかというとこの大勝利の裏に人知れず私の友人が参加して帰らぬ人となっていたからです。
日本の飛行機が真珠湾に突入する前の夜に実は特殊潜航艇という2人乗りの小さな潜水艦5隻がすでに湾内突入作戦を行っていました。
しかし真珠湾の入り口に張られた防潜ネットという網にひっかかり5隻とも湾内には入ることができず偵察任務は果たしたものの攻撃は失敗に終わり4隻は撃沈されました。
この隊員10名の中に同じクラスメートで同郷の広尾彰君が搭乗していたのです。
しかも開戦最初の犠牲者なのでその中で捕虜になった酒巻少尉一人を除いて戦死した9名が日本国民全員から尊敬と感謝の念で「九軍神」として神様あつかいをされました。
広尾君は私と同じ佐賀県の三養基郡出身でした。
当然同郷という間柄、海軍兵学校時代は、勉強でわからないところをお互いに教えあったり、先輩に一緒に殴られたりまさに苦楽を共にした「肉親」と呼んでもいいほどの仲でしたので撃沈される様子を思うだけで胸をかきむしるような悲しみを感じましたが「これが戦争というものだ」と何度も自分に言い聞かせたのです。
大勝利に酔う日本国民にもうひとつの朗報が続けて飛び込んできました。
開戦から2日後の12月10日、シンガポールに配備されていたイギリス海軍最大の戦艦プリンスオブウエールズとレパルスを日本軍が飛行機だけで撃沈させたというニュースです。
このころ世界中は「大鑑巨砲主義」といって大きな大砲を持った戦艦こそが海軍の主力でこの数が多ければ多いほど強い海軍であるというのが常識でした。
しかし日本は開戦時にその戦艦を真珠湾で飛行機が撃沈するという離れ業をやってのけたのですが、あくまでもこれは停泊中の戦艦でしたので動いていない戦艦は飛行機に弱いが作戦行動中の戦艦には通用しないだろうと言われていたのです。
この反論をくつがえしたのがこのマレー沖海戦です。
イギリスが誇るこの2隻の戦艦はマレーシアに上陸する日本の陸軍部隊を攻撃するためにシンガポール港を出港して、いつ敵が来ても迎え撃つ準備ができていたにもかかわらずベトナム・サイゴンから飛び立った日本の爆撃機130機によってわずか1時間の戦闘で沈没、艦長のフィリップ大将以下840名が戦死してしまったのです。
この報告を電話で聞いたイギリスのチャーチル首相は、
「最初この報告を聞いたときはハンマーで頭を殴られたようなショックを受けた。ただ幸いだったのは私が1人のときにこの報を聞いたことだ」と述べ、また戦後の彼の著書では「マレー沖海戦でこの2隻を失ったことが第二次世界大戦でもっとも衝撃を受けたことだ」と言っています。
いずれにせよこの日をもって海戦の主力が戦艦から航空機に移り「大鑑巨砲主義」が終わったとされています。
さきにも述べましたがこの奇跡のような海戦をベトナム・サイゴン司令部で指揮したのが私の父親松永貞一中将だったので私はその後様々な部署で有名提督の息子として「親の七光り」扱いを受けたのでした。
「お父さんの名を辱めないようぼくも精一杯がんばろう」
と心に誓ったものです。
日本は、それからの戦いではどの方面でも一方的勝利が続き、年が明け、陸軍の山下奉文将軍が率いる部隊がシンガポールを攻略するまで日本は連戦連勝で、「戦えば必ず勝つ」といわれました。
これは野球で例えるなら1回の表でいきなり満塁ホームランが飛び出したようなもので国民誰もがこの戦争は楽勝だと感じたのも無理もありません。
しかし、約半年後の昭和17年(1942年)6月6日のミッドウエー海戦で日本の主力空母4隻を失って大敗して以降は物量と工業力を生かしたアメリカの戦法に抵抗できずに今までの連勝ムードはどこへやら、「戦えば必ず負ける」ような転落の一途をたどったのです。
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