~ 第3話 暗闇の中で ~

 ── 三人称:チームB ──


『メイン電源故障の為、予備電源に切り替え中。照明復旧まで、後2分』


 機械的なアナウンスが流れる。


「どーなってんだよ!? おい清水! 聞こえるか!?」


 田辺たなべが叫ぶが、清水からの返事はない。

 先程、シュウと清水が激戦を繰り広げていたが、照明が消えてからというもの、一切物音がしなくなり、田辺は不気味がっていた。


(くそっ、何も見えねえ! それにしても、何だって照明が消えやがるんだ。まさか、零乃が!)


 田辺は、サイハが照明を司っている発電機に、何か細工でもしたのではないかと推測した。


(確かアイツはトイレに行くとか言ってたな。その間、発電機に細工をする時間くらいあったはずだ。独りでに照明が消える訳がねえからな)


 田辺なりに、サイハがとりそうな行動を予測した。

 

(照明が消える前、大きな爆発音がした。ということは、発電機に何かしらの爆発物を仕掛けたか、あるいはアイツの能力……? いや、アイツの能力は5メートルまでしか扱えないはず。トレーニングルームから発電機の場所までは、あまりにも遠すぎる)


 田辺の予測は的を射ていた。だが、決定的な結論にたどり着けずにいた。


(だとしても……だ。照明を消してどうする? 何をアイツは企んでるんだ)


 今は視界が慣れていないので、暗闇しか見えない田辺であるが、訓練兵の服装は白色。いずれ視界が慣れれば、サイハの姿を視認する事が出来る。


 次第に、田辺の口角は上がる。


(照明を消すことで一時的にパニックにさせ、その間に闇討ち……か? 確かに、暗闇でいきなり襲い掛かれば、本人の注意力に左右され、戦闘能力の差は縮まる)


 ……だが。


「俺が見えないって事は、お前も見えないってことだよなあ? 零乃ぉ! いずれ視界も慣れる。その時がお前の終わりだ! 今の内に降参するんだなあ!」


(所詮はただの悪あがきでしかない。零乃を這いつくばらせた後に、清水と峰山をリンチすれば終わりだ。何せ、火球は後3発撃てる。これは勝ち確定だな)


 内心ほくそ笑む田辺。


 清水がシュウを押さえている間に、田辺がサイハを倒す。そして、シュウを2人で叩く。


 緻密ちみつな作戦とは言えないが、田辺は完璧なプランだと自惚れる。


「──降参するのはお前だ、田辺」


 聞き慣れた、田辺にとっては聞きたくない声が聞こえたと同時。田辺は即座に火球を生み出そうとする。


「ぬおおっ!」


 しかし、それも間に合わず、とてつもない勢いで横へ吹き飛ばされる。


 サイハの重力操作によって飛ばされたのである。

 暗闇の中のせいか、気付くのが遅れたのだ。



 どんどん迫りよってくるフィールドの壁。

 

(ヤバイ、ヤバイヤバイ! フィールド外に飛ばされる! こんなところで……あんなヤツに)


「負けられるかぁ!」


 田辺は瞬時の判断で、自身の前に火球を生成、爆発させる。


 すると先程の勢いは失速し、地面に何度も転がったが、何とかフィールド内に踏みとどまった。



 ノロリと、田辺は起き上がる。


 先程余裕を見せていた田辺であるが、今はボロボロで、余裕も無くなり、殺意に満ちた表情を浮かべている。


「カスの分際で……俺にたてつくんじゃねぇよ!」


 田辺は、自身の両腕に火球を生成する。


 すると、周りは明るくなり、田辺がもっとも倒したい相手──サイハの姿がハッキリと視認出来た。


「ははっ! 最初からこうすれば良かったんだ!」


 サイハは、田辺に再び背を向け、走る。

 

「馬鹿が! 何度も逃がすかよぉ!」


 田辺も、サイハを逃がすまいと、走り出す。


 田辺はプライドが高い。


 サイハが訓練兵になる前では、戦術頭脳では1位だった。

 戦闘技術も高く、清水に次いで2位。


 訓練態度や人柄を除けば、田辺ほど優秀な人材はいないだろう。と、教官達は言っていた。

 だが、サイハやシュウが訓練兵になり、その成績もアッサリと抜かれ、プライドはズタズタ。


 いつからか、2人を妬むようになっていった。


 特に、1位であった戦術頭脳の成績を抜いたサイハに、その妬む気持ちは向いていた。


「オラアッ!」

「ぐっ!」


 サイハに接近した田辺は、サイハの真後ろに火球を着弾させる。


 サイハは爆風で吹き飛ばされた。


 倒れこんだサイハに、田辺はすぐさま近付くと、足を振りかぶり、全力でサイハの腹部を蹴りあげた。

 何度も、何度も……。


「ぐっふ……!」


 田辺が数回蹴りあげると、サイハは吐血した。呼吸も乱れ、苦しそうに息を吸う。


「へへっ、思い知ったか! お前が最初から大人しく殺られてりゃ、こんな事にならなくて良かったんだ! 全部お前がっ! お前があァ!」

「がはっ!」


 田辺は渾身の力で、サイハの腹部を蹴りあげ、頭を踏みつける。


「終わりだァ! 零乃ォ!」


 田辺は持っていた短刀を取り出し、サイハの首元に当てる。

 田辺の表情は、今までにないほど、狂喜に満ちた表情だ。


「ハ……ハァ……終わるのは……ハァ……お前……だ! 田辺!」

「黙れ!」


 田辺が短刀を振りかぶると同時。どこかで金属音と、鈍い音が響く。


「チームB。残り1人!」

「何だと!?」


 教官の言葉に、田辺は驚嘆きょうたんする。

 

(清水が殺られたってことか!? どーなってやがる!)


「ハァ……まだ気付か……ないのか? 俺が……お前に初めて攻撃を仕掛けた時……多少なりとも、視界が慣れてきた……事に」

「……どういうことだ?」


 田辺の額に、生暖かいものが流れる。


「暗闇の中……ハァ……唯一見えるもの。それは……俺達の服装の……色だ」

「……まさか!?」

「もう……オセェよ」


 田辺は、何かに気付いたかのように、素っ頓狂な声をあげた。


 訓練兵の服装。

 それは、白を基調とした色だ。

 暗闇の中、唯一見えやすい物と言えるだろう。

 だが、それが黒色の場合。言わずとも知れた事だ。


(武器を選ぶ時、峰山の奴がふざけた事をしてると思えば……)


「全部っ! この時の為の布石ふせきだったのか!」


『照明、復旧します』


 機械的なアナウンスが再び流れる。



 ──パッと、周りが明るくなる。



 田辺は目を凝らし、まぶたをゆっくりと開ける。

 

 すると、何やら黒い物体が、高速で田辺に接近してきた。


「んなっ!?」


 田辺はすぐさま、手に残っていた火球を目の前で爆発させ、黒い物体……シュウから距離を取る。



 だが、シュウは田辺が取った距離をもろともせず、一気に詰めてくる。


「クソが! クソクソクソ! 俺はこんなところでっ! 終わっちゃいけないんだあぁァ!!」


 田辺は、再度両手に火球を生み出し、シュウに射出する。

 

 2つの火球は、シュウの目の前に着弾。


 凄まじい爆音と業火、そして、黒煙が立ち込めた。


「なにぃ!?」


 しかし、シュウはすり足を応用した足さばきとステップで、火球を回避。


 黒煙を切り開いて来た。


「うわああああァ!!」


 そして、シュウは遂に接近し、絶叫する田辺の首元に刀を振る。

 

 田辺は瞬間的に目を閉じる。


 だが、いつまでたっても衝撃が来ないのを怪しんで、ゆっくりと目を開ける。

 田辺が目を開けると、シュウの刀は、田辺の首元でピタリと止まっていた。


「田辺君。君の負けだ」

「俺が……ま……け……?」


 シュウの言葉に、田辺は呆然と立ち尽くす。


(俺が、この俺が……こんな奴等に)


「嘘だ。嘘だあああァ!!」


 田辺の周りを、炎が覆い尽くす。


「くっ!」


 信じられない程の熱さに、思わずシュウは後方へステップする。


 そして、田辺は再度、両手に火球を生成──


「ガッハ……ッ!」


 突如、田辺は吐血し、倒れこんだ。


「医療班!!」


 教官が叫ぶと、背中に軍刀が刺繍ししゅうされた、白色の軍服を身に付けた兵士達5人が駆けつける。


 彼等は皆、増殖型BAVを所持しており、傷の治療等を施す事が出来る。



 2人が田辺の元へ向かい、1人がサイハの元に向かった。


「ちょっといい?」

「あ……あァ」


 ショートボブで、紫の髪色をした、何やら生気の無さそうな少女がサイハに語りかける。

 生気の無さそうな雰囲気とは裏腹に、少女の瞳は黒曜石のように光り、生気がある。


「今から治療する」


 彼女はサイハの首元に手を当てる。

 

 すると、だんだんとサイハが負った火傷、擦り傷等が無くなっていく。

 

「内蔵に多少のダメージがあるけど、すぐに治る」

「……ありがとう。ところで、田辺は?」


 サイハは、倒れこんだ田辺に目を向ける。


「彼は、恐らく臨界値に達した」

「……やっぱりな」


 BAVには、臨界値りんかいちと呼ばれる──個人によって変わるが、その力が使える限度数と言うものがある。


 その臨界値を越えて力を使ってしまうと、使用者に身体的なダメージが加わり、最悪な場合、死に至る。


 強大な力を使えるが為のリスクとも言える。


 田辺は、その臨界値を越えて力を使い、代償を負った。

 


「でも、大丈夫。あの程度なら死にもしないし、後遺症も残らない」

「そうか」


 コイツは見ただけで何でも分かるのだな。と思うサイハである。


「これで終わり。じゃあ」

「ありがとう」


 治療が済み、立ち去ろうとする少女。だが、何かを思い出したかのように立ち止まる。


「あなた達の戦闘。とても面白かった。ナンバー100に宜しく伝えといて」

「あァ……分かった」


 ?マークを浮かべるサイハにそう言い残し、少女は去って行った。


 かと思えば、黒色のマントを羽織ったシュウが、駆け足でサイハに寄る。


「サイハ、大丈夫?」

「あァ。何とかな」


 最初はサイハに心配そうな顔をしていたシュウであったが、次第に顔が緩んできた。


「作戦。上手くいったね!」


 その言葉に、サイハも顔が緩む。


「そうだな。あっ、シュウ」

「なに?」

「俺を治したやつが、お前に宜しく伝えてくれって」

「え?」


 ?マークを浮かべるシュウ。宜しくと伝えられる事に、全然見当もつかないのである。


「その人って、名前は?」

「しまった。聞いてない。俺たちと同じ位の少女だったがな」

「なにそれ。サイハっておっちょこちょいだなあ」

「お前にだけは言われたくない」


 お互いしばらく無言が続き、堪えきれず、笑い出す。


 しばらく笑った後、お互い頷く。


「ここからだね」

「あァ」


 シュウがサイハに手を差し伸べ、サイハは手を取る。

 立ち上がると、教官がトレーニングルームの中央に位置する高台に上った。


「チームB全員が戦闘不能になった為、チームAの勝利とする! これより、結果発表を行う!」


 卒業試験の結果で、サイハとシュウの今後がきまる。


 だが、サイハとシュウには関係ない。1つの目標しか見えていないからだ。


 

 『希望の部隊』に入隊し、多くの人々を救う。という事だけを。

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