第41話 やがてドラゴンになる


 『なあリュウイチ……まだ行けそうか?』


『ああ、あと数回は魔法を使えると思う……』


『ドラミは?』


『大丈夫……まだ戦えるよ……』


 俺の両脇に居る二人に敢えて問いかけるが、肩で息をし、全身傷だらけの姿から察するに、もう限界が近いのが分かる。


 一方、『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』は全く数が減っていない。 

 むしろ空のひび割れから次々増援が押し寄せ、始めの倍近い数まで増えていた。


 (ここまでなのか……?)


 『竜殺しの剣バルムンク』の脅威が去った後の奴らの乱入だ、万全な体制でも勝ち目が無いと思われる相手に、消耗しきっている状態の俺達が勝てるはずがない。

 しかし、ここで誰かが『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』を食い止めないとこの世界はまるで、段ボール箱の中の腐ったミカンが他のミカンを腐らせない様に取り除くが如く消滅させられてしまう。

 一度は生きる事を諦めた俺が言うのも何だが、こんな結末を迎えるのは受け入れられない。


「パパあれを見て!!」


 ミコトが指差す先で『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』たちが一カ所に寄り合い始めた。

 個体同士が触れ合うと、水滴同士が吸い付き一つになるように合体、融合して大きくなっていく。

 それが一斉に行われ遂には見上げるどころか空すらまともに見えないほど巨大な漆黒の丸い塊が出来上がった。

 身体の表面には夥しい数の目や口が配置されていて、見る者の嫌悪感や恐怖心を煽ってくる。

 やがてそれは地面に着地すると自重で横に潰れ広がった、さながらロープレに出てくるスライムの様な佇まいだ。


「『我は一にして全、全にして一……』……」


 ミコトが放心状態でうわ言の様に呟。

 恐らく『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』の意思が彼女に伝わって来たのだろう。

 この言葉から察するに、『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』を名乗るこの黒い化け物たちは、全てが意識を共有していて全てが同一個体であり全てが別個体でもあるというのか?

 理解しがたい……前世の生物、緑藻類の生態にあった細胞群体のようなものなのか?

 いや、今はそんな事を考えている場合ではない、考えるべきはこの巨大な黒い塊とどう戦うかだ。

 便宜上この巨大な塊は『闇の群体ダーク・コロニー』とでも名付けようか。


『『地獄爆裂業火インフェルノバーニング』!!!』


 リュウイチが『火炎放射ファイアブレス』より更に強力な火炎を口から吐き出し、『闇の群体ダーク・コロニー』に浴びせかける。

 広範囲に及んでいる火炎なのだが、『闇の群体ダーク・コロニー』の巨体からすればごく一部を焙られているに過ぎない、表面が焼けて嫌な臭いが辺りに充満するが、焼けた側から再生が始まり埒が明かない。


『今度は私が……!! 『閃光雷電撃スパークボルト』!!』


 次はドラミが『闇の群体ダーク・コロニー』の身体を包み込むように高圧電流を放つ…しかし結果はリュウイチの時と変わらなかった。


『まだまだ……!!』


『もうよせドラミ、MPの無駄使いだ』


『えむ……ぴい……? なにそれ?』


『ああ、魔力の無駄だって言ったんだよ……恐らくあいつを倒すのには何かが足りないんだろう……』


 その足りない何かにはとっくに見当は付いている、『闇の群体ダーク・コロニー』にとっての弱点はずばり『神聖属性』だ。

 以前、俺とドラゴが戦っていた時に『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』が単体で現れた時は、瀕死の俺達を助けてくれたのはリュウイチとドラミだった。

 

 あの時は彼らの魔法は有効だった、それは奴の身体を完全に焼き尽くす事が出来たから、属性上の優位と言う奴だな。

 しかし現在戦っている『闇の群体ダーク・コロニー』は身体が大きい上に、再生能力が尋常ではない、焼き切る前に元に戻ってしまうのだ。

 それをさせない為には『神聖属性』の付加された魔法で攻撃するしかない。

 『魔属性』の魔物は『神聖属性』で攻撃されると再生できないからだ。

 そうすればいかに『闇の群体ダーク・コロニー』と言えど倒す事が可能なはず。

 ならば俺が使用出来る神聖属性の魔法……『神聖なる水セイクリッドウォーター』が有効なのだが、今の魔力が枯渇した状態では使う事が出来ない。

 何とかして魔力を回復したい所だが、未だ良い案が浮かばない…何かないか、今の状態で魔力を回復する方法が……。


 ここで『闇の群体ダーク・コロニー』に動きがあった。

 ブヨブヨと身体を激しく揺さぶり始めたのだ。


『何だ一体……?』


 言ってる側から『闇の群体ダーク・コロニー』の身体が縦横に拡がっていく、それも尋常ではない速度で……あっという間に辺りは急に夜になったかのように薄暗くなってしまった。


『みんな気を付けろ!! 何が来るか分からんぞ!!』


 嫌な予感がする……寧ろこんな露骨な変化を警戒するなと言う方が無理があるというもの。


 キイイイン……。


 また新たな閃きがあった……『逃げ水エスケープパドル』?

 『逃げ水エスケープパドル』は転移系の魔法のようだな、地面に水たまりを出現させ、そこに入る事で別の水場へと移動できるらしい。

 丁度時間経過で回復した微々たる魔法力でも発動できるらしい。

 これは今の状況にうってつけではないか。


『『逃げ水エスケープパドル!!』


 俺の足元に虹色に輝く水たまりが姿を現した、しかしこの小ささでは人間が使うのが精一杯だ。


『リアンヌ、お前は子供たちを連れてこの水たまりから外へ逃げるんだ』


「ちょっと!! どういう事よ?」


『この魔法の水たまりはどこか別の水たまりか池に繋がっている……ここは危ないからすぐに逃げてくれ』


 しかしリアンヌは俺の膝辺りにつかまり動こうとしない。


『どうしたんだ? さあ早く……』


「リュウジあなた、また一人で残ろうとしてるんじゃない無いでしょうね?」


『こんな時に何を……そんなはずあるか』


「いいえ、私にはわかるわ……私たちだけ助けて自分が犠牲になるって言うんでしょう!? さっきも言ったわよね!? 私たち家族はいつまでも一緒だわ!!」


 見透かされている、流石に二度目は通用しないか。

 しかしこのままでは遅かれ早かれ俺達は全滅してしまう。

 そして先程偶然覚えた『逃げ水エスケープパドル』という転移魔法、ならばと家族だけでも脱出させたかったんだが、このままだとリアンヌは言う事を聞いてくれそうにない。


「ちょいちょい……夫婦喧嘩はハウンドも食わないってね……奥さん、ここは旦那の意思も汲んでやんなよ」


「何ですかライラさん!! 口を挟まないでくれますか!?」


「まあそうカッカしなさんな、リュウジはまだ一言も死ぬために残るなんて言ってないぜ……そうだろうリュウジ?」


『ああ、そうとも、最後に試したい魔法があってな、それを使うとお前たちを巻き込んでしまうんだ……』


 嘘である、まだ何も思い付いていないのだ。

 しかし折角ライラが助け舟を出してくれたんだ、リアンヌ達を逃がす為にここは口裏を合わせておこう。


「そうなの……?」


『ああ、俺を信じろ!!』


 訝し気なリアンヌの視線が痛い……しかし俺は彼女から視線を逸らさず見つめ合った。


「……分かったわ、信じる……」


「そう来なくっちゃ!! じゃあアタイがみんなを連れて行くぜ!! ほらメグも来い!!」


「ちょっと!! 押さないでください~~~!!」


 ライラがみんなを『逃げ水エスケープパドル』で出来た水たまりに次々と押し込んでいく…そして最後に彼女自身が入り振り返りざまに……。


「後はアタイらに任せな、あんたらはあんたらのやりたいようにすればいい……」


 そう言い残して水たまり諸共この場から消えていった。


『ありがとうライラ……』


 しかしこれで後顧の憂いは無くなった、あとは俺達が命を懸けてでも『闇の群体ダーク・コロニー』食い止めるのみ。


『済まないな、お前たちを付き合わせて……』


 リュウイチとドラミに頭を下げる……この騒動は元はと言えば俺がまいた種が発芽したようなものだから。


『気にする事は無いよ、これも一応ドラゴンの役目のようだしね……』


『まだ負けたと決まった訳じゃないでしょう? やるだけやってみましょう!!』


『お前ら……』


 だがこのまま兄妹たちをみすみす玉砕に付き合わせるのは忍びない……絶望的な状況だが、先程は破壊不能と思われた『竜殺の剣バルムンク』すらどうにかなったのだ。

 ドラミの言う通りまだ負けていない、この身体が尽きるまで徹底抗戦だ…

 身体が尽きるまで……身体……身体!? そうか!! まだ手がある!!


 『闇の群体ダーク・コロニー』が拡げ切った体を俺達の方へと傾けだした。

 どうやら俺達を包み込み、丸呑みにする算段らしい。

 奴の攻撃範囲は広い、今から飛び立っても逃れる事は出来ないだろう、ならばこちらは敢えて奴に飲み込まれてやろうではないか。

 直後、世界が暗転、俺達ドラゴン兄弟は『闇の群体ダーク・コロニー』にすっぽりと飲み込まれてしまった。


「きゃあっ!! 何これぇ……!!」


 不意に少女の悲鳴がきこえる……まさか!!


『この声は……ミコトか……!? 何で残っていた!?』


『だって……パパの役に立ちたくて……』


 なんて事だ、これから俺が実行しようとする作戦に成功の保証はない。

 それなのにミコトがここに居るのは全くの想定外だ、こうなったからは是が非でも成功させてやる。


『『浮遊式水泡フローティングアクアバブル』!!』


 俺は魔法で発生させた泡でリュウイチ、ドラミ、ミコトを包み込んだ。

 泡自体ほのかに発光し、泡の内部のみ視界が回復した。


『あれ? リュウジ、君はもうこんな魔法が使えるまで魔力を回復できたのかい? ……って、どうしたんだいその身体は!?』


 リュウジが俺の身体を見て驚愕の声を上げる。

 それはそうだろう、今の俺には翼と尻尾が無いのだから。


『まさか兄さん……身体の構成成分を魔法に使った!?』


『ああ、そうだ……』


『何でそんな事を……』


『魔力を回復する手段が無い以上これしかないと思った……』


 僅かばかりに時間回復した魔力程度では『浮遊式水泡フローティングアクアバブル』のように魔力を必要とする魔法は使えない。

 そこで俺は身体の一部を分解、魔力に転嫁する事で魔法の使用を可能にしたのだ。

 これを思い付いたのは『竜殺の剣バルムンク』の中に残った俺の右腕が引き金となって剣を液状化させたことに起因する。

 生物は元より物質はそこに存在するだけでエネルギーを消費する、言うなれば『存在の力』ってやつだ。

 『存在の力』が無くなれば生物なら死に、物質なら風化や腐食で崩壊する訳だ。

 だからその『存在の力』を魔力に変換できないかと考えた訳だが、予想以上に上手くいった。


『この化け物は巨大すぎて表面からの攻撃は意味が無かったからな、だから内側から吹き飛ばそうと思ってね……いま俺達が入っているこの泡は『神聖なる水セイクリッドウォーター』で満たされている……これを『闇の群体こいつ』の中で破裂させたらどうなると思う?』


「このコは……消滅する……?」


『ああ、その通りだよミコト……』


 ミコトが悲しい顔をしている……俺の身体を心配しているのもあるだろうが、きっと『闇の群体ダーク・コロニー』の心配もしているのだろう。

 ミコトは優しい子だ、一時とはいえ意思の疎通を果たした相手にも申し訳ないと思っているのだろう。

 

『そう長くは持たない……やるぞ!! ドラミはミコトを守ってくれ!!』


『うん、分かったわ!!』


 これから泡を破裂させる、俺達ドラゴンの成体は耐えられるがミコトには無理であろう。

 だからドラミがミコトを包み込むように抱きかかえた。

 準備は整った……やるぞ、俺の一世一代の大花火……!!


『『破裂バースト』!!』


 凄まじい勢いで神聖なる水セイクリッドウォーターが外側に向かって放出される……まるで光が闇を祓うかの如く拡がっていく。

 俺達も激しく吹き飛ばされ『闇の群体ダーク・コロニー』の身体の中から放り出された。

 しかし俺にはもう翼が無い、表皮も魔力につぎ込んだものだから身体はもうボロボロだった。

 この状態で地面に衝突すれば確実に身体は砕け散り命を落とすだろう。

 しかし俺の身体は地面に到達する事は無かった。


『全く……君は昔から無茶をするね……ヒヤヒヤしたよ……』


『済まない、助かったよ……』


 リュウイチが俺を受け止めていてくれた。


「パパ……!!」


 俺の胸の上にミコトが乗って来た、目には大粒の涙を湛えている。


『悪かったな心配かけて……』


「そうよ!! ホントにホントに心配したんだからーーーーー!!!」


 遂に我慢しきれなくなり大声で泣きじゃくるミコト。

 それはそうと『闇の群体ダーク・コロニー』はどうなったのだろう……手ごたえはあったのだが……。

 

『………!!』


 俺は『闇の群体ダーク・コロニー』を見て愕然とする。

 神聖なる水セイクリッドウォーターで吹き飛ばされた部分は太陽光で溶ける氷の様に消えていくが、残った部分は分裂し再び夥しい数の『世界の均衡を保つ者ワールドバランサー』として活動を開始していたのだ。


『くそおおおおおっ!!!』


 こんな奴、倒せっこない……俺の悲痛な叫びが辺りにこだまする。


(諦めないで……)


 うん? いま頭の中に女性の声がしたぞ? この声には聞き覚えがある。


 直後、俺の身体からキラキラ輝く粉の様な物が空に向かって舞い上がっていく。

 なんとそれはリュウイチとドラミからも立ち昇っていく。

 あれは……あの粉は……荼毘に付されたスーの遺灰?


 そうだ、スーの遺言で俺達兄弟はスーの遺灰を分けて所持していたのだ、それが今、空に舞い一つに集まろうとしている。

 遺灰は空で暫く渦巻くと今度はミコトに向かって進み始めた…そして彼女を包み込むように回り始めた。


『ミコト!!』


「大丈夫よ……この灰からは暖かさを感じるの……」


 やがて灰は完全にミコトを包み込むとある姿へと形を変えていった……その姿は

……。


『お前は……スー……!?』


『お久し振り……お兄ちゃん、お姉ちゃん……』


 そこには生前の姿そのままのピンクの羽毛に包まれた鳥に似た風貌のドラゴンが佇んでいた。

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