第39話 ドラゴンは眠らない


 『『液状化現象フェノメノン・オブ・リキファクション』!!!』


 触ったものを強制的に液体にしてしまうという覚えたての魔法を必死で唱える。

 本当にそんな効力がこの魔法にあるのか……なにせ初めて使う魔法だ、何が起こるかは全くの未知数である。


 まず剣の傷に刺さっている切断された俺の右腕が解けて拡がっていく。

 色も最初は青かった腕の表皮と、流れ出る真っ赤な血液が次第に色が薄くなり透明になった、これは最終的には本当に水になってしまうのかもしれない。

 次は『竜殺しの剣バルムンク』に変化が訪れた。

 シャープで直線的だった表面が次第に氷が解ける様に垂れ下がり、徐々に形が歪んでいった。

 いいぞ、後はその変換の速度だけだ、折角効果が出始めているのに間に合わなければ意味がない。

 それにあれだけ巨大な構造物が液化したとしたらとてつもない量の水が地上に降り注ぐわけで、それも含めてまだ状況は予断を許さない状況のままだ。


『ドラミ!! お前の魔法で皆を電磁バリアで囲え!!』


『電磁バリア?』


『雷属性の魔法障壁を張れと言ってる!!』


 つい前世の言葉が出てしまった、それでは通じるものも通じないではないか。


『『電磁力場エレクトロンフィールド』!!』


 ドラミが電気を帯びた魔法障壁を展開した、それはかなりの広範囲をドーム状に囲う事となった。

 以前俺がこの地脈テリトリーの所有権をめぐって戦ったスパークドラゴンのライデンの防御魔法に似ているが、その規模は比べ物にならない程こちらの方が広い。

 ドラミの魔法潜在能力は子供の時から高かったのだが、まさかここまでとは……。

 これなら降り注いだ大水を片っ端から分解して酸素と水素に変えてしまう事だろう。


『早く、早く変わってくれ……』


 『竜殺しの剣バルムンク』はまるでゼリーで出来ているのかと見紛う所まで液状化が進んでいた、向こう側が透けて見える程に。

 あと少し……本当にあと少しなのだ……そうなればゼロでは無いものの、被害は最小限に抑えられるのだ。


 遂に『竜殺しの剣バルムンク』の先端が地面に接触してしまった……間に合わなかった……のか? 

 もしこれで『竜殺しの剣バルムンク』い込められている呪詛が発動してしまったらこの森は跡形もなく吹き飛び、俺達は全員この世から姿を消すことになる。

 しかしそれから数秒経つが何も起きない……何とか無力化できたようだな。

 ほっと一息吐こうと思った矢先それは起った……『竜殺しの剣バルムンク』あまるで水風船を針でつついたかのようにいきなり破裂したではないか。

 それはそうだ、剣の形を形成する外側だけはまだある程度の固さを保っていたものの、中の液体はかなりの重量があったはず、自重に耐えきれず外側の膜が破れてしまったのだ。

 怒涛の様に押し寄せる大量の水、これではまるで大津波だ。

 上空で破裂したなら滝の様な土砂降りになるだろうことは予測していたが、まさかこんなに地表に落ちてから破裂するなんて想定していなかった。

 津波の進行方向には勿論、ドラミが発生させた『電磁力場エレクトロフィールド』があるがこの水量を一気に分解できるとは思えない、このままではみんな押し流されてしまう。

 俺は津波とドラミたちの間の地上に降り立った、ここは水属性である俺の出番だ。

 俺の使える魔法の中に『乱激水流ランブルストリーム』という大量の水流を口から吐き出す最大級の威力の攻撃魔法がある。

 以前、この森の近くにあったゲトー村を滅ぼした魔法だ。

 それ以来使用を封印していた魔法だが、あの大津波を相殺できるとしたらもはや『乱激水流ランブルストリーム』しか思い浮かばない。

 しかしそれを使う事によって更に水量が増えてしまう恐れもある……一体どうしたら、一難去ってまた一難どころかピンチのバーゲンセールだな。

 ただ自分の事ながら、『乱激水流ランブルストリーム』を使った時の大量の水はどこから来るんだろうな、どう考えても俺の身体に収まる量は軽く超えている。

 魔法だからそうなのだと言われてしまえばそれまでだが、どうにも気に掛かる。

 いや、待てよ……あれだけの水を何処からか吐き出せるのなら、反対に大量の水をどこかへ追いやる事も出来ないか?

 他に打つ手がない今、試してみる価値があるかも知れない。


「リュウジ!! 何してるの!! 逃げなさい!!」


 ドラミのバリアの中からリアンヌの叫び声が聞こえる、こんな時でも強気だな、まあそこが可愛い所なんだが。


『大丈夫だ!! ここは俺が何とかするから!!』


 俺は顔を前方に大きく突き出し構える、津波が到達するまでこの状態で待つのだ。

 来た、大水はすぐ目と鼻の先まで来ている、タイミングを合わせて大きく身体を反らしながら大きく息を吸った。


『『反転・乱激水流ランブルストリーム・リバース』!!』


 大水は俺の口に吸い寄せられ次々と飲み込まれていく。

津波の幅はとても広いのだがさすが魔法だ、見えない壁にせき止められているかのようにすべて俺の口元に収束してくる、後ろには一切水を逃さない。

 俺の予想通りいくらでも水を吸い込める、恐らく飲み込んだ水はどこか別の場所か空間、別次元にでも移動しているのだろう。

 

 週十分後……すべての水は俺の腹の中に納まり、家族や仲間たちには一切の被害を出す事は無かった。




『ふう……意外と何とかなるものだな』


「何言ってるのよ!! 無茶ばかりして!! 私がどれだけ心配したと思っているの!?」


 疲れ切り地面に突っ伏していると、リアンヌが俺の傍らに来てポコポコと俺の後ろ脚を叩く、目には涙が溜まっている。

 マーニャとミコトも側に来ていた。


『悪かった……でも何とかなったろう? 結果オーライでいいじゃないか……』


「バカ……」


 叩くのを止めて顔を押し付けてくる、俺は片方だけになってしまった左手で軽くリアンヌの髪を撫でた、続けて子供たちの頭も撫でた、みんな平等にな。


『みんなにも礼を言う……ありがとう……』


『次からは必ず僕とドラミに相談する事……一人で抱え込み過ぎるのが君の悪い所だよ』


『そうよ、リュウジ兄さんの為ならすぐに駆け付けるんだから』


『ああ、分かったよ……ありがとう』


 やはり兄弟ってものは有難いな。

 こんな奇跡的な危機回避など、俺一人では到底出来なかった事だろう。

 今となっては全ての責任を一人で被って死のうとしていた自分が恥ずかしい。


『ライラとメグにも世話になった……ありがとう』


 次に重い身体を引きずってライラたちの元へと足を運んだ。


「な~に、いいって事よ、中々刺激的なクエストだったぜ、なあメグ?」


 満面の笑みでメグの背中を思い切り叩くライラ。


「……私は堪ったものではありませんでしたけどね……」


『ああ、悪かった……』


 人的被害は我が弟ドラゴ……人間側は竜滅隊と冒険者に多数の死傷者が出てしまった……それはとても残念な事だが、自業自得な面も大きい。

 この件に関してはもう俺は自分を責めない……相手の命を奪おうというのだ、自らの命を落としたとしてもそれは自己責任なのだ。

 この世界を生き抜くにはこれくらいの思考が出来なければ生きていけないという事を嫌という程思い知った。


「まさか……あの『竜殺しの剣バルムンク』を退けるとは……」


 相変わらず魔法の輪で簀巻き状態のダフラが驚愕と遺憾の感情が入り混じった複雑な表情をしていた。


『………』


 俺は指を一本だけ突き出しダフラに近付けていった、鋭い爪が奴に迫る。


「さあ私を殺すがいい!! だが必ず私の意志を継ぐ者が現れ、いつかお前を討つ事だろう!!」


「パパ!! ダメ!!」


 ミコトの悲痛な声がし、ダフラは覚悟したように目を閉じる……俺はそのまま爪を下に向かって振り下ろした。


「……何のつもりです? 私を自由にするとは……」


 俺の爪は魔法の輪をすべて切り裂いた、ダフラは今迄押さえつけられた身体を頻りにさすっている。


『俺は今お前の命を奪うつもりはない、このまま大人しく帰ればの話だがな、だがもしまた家族を巻き込んで俺の討とうというのなら次は容赦しない……』


「いいでしょう、私も一旦引きましょう……ですがここで私を見逃した事を後悔しないでくださいね……」


 ダフラは踵を返しヨタヨタと足を引きずりながら去ろうとする。


『ちょっと待て、いいのか? お前は……』


 ダフラは振り向き口の前に人差し指を押し当てた。


「これは私が再びここに現れる為の決意表明です、それまではあなたにお預けします」


『ダフラ……』


 ちらりとマーニャを見た後、ダフラは森へと消えた……もう二度と振り向かずに。


 取り敢えず今回の騒動は収束した。

 後始末など、やらなければならない事は色々あるが、とにかく体力と魔法力を消耗しつくしてしまったからな……今はただ泥のように眠りたい。


『おい!! アレを見てくれ!! なんだいありゃあ…!?』


 ライラが突然大声を上げる。

 何だって言うんだ、これからここに寝転がって昼寝をしようって言うのに……。

 しかし彼女が指差した空を見て俺の眠気は一気に吹き飛ぶ事となる、空にひびが入っているのだ。


『あれは……まさか……』


 俺の身体が勝手に震えだす……この現象は……あの漆黒の化け物が現れる前触れだ。

 なんだってこんな最悪のタイミングに……?


 やがて空の裏側に大きく黒い影が現れて空を割り始める。

 そしてその隙間から続々と不気味なブヨブヨの身体をした黒い異形のものが現れたではないか。


『リュウジ!! あれは二年前の!?』


『ああそうだ……』


 やはりリュウイチも憶えていたか……。

 あの姿、忘れられるものか……俺はあいつに一度殺されかけたんだ。

 現れたそれらは目玉の化け物だけではなく、既に大口を備えた個体もいた。

 一体でも敵わなかった相手が少なく見積もっても五十体近く現れるとは……今はリュウイチとドラミがいるとはいえ、まともな勝負になるとは到底思えない。


 俺の、俺達の最悪の一日はまだ終わらない様だ。

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