第38話 ドラゴンリーグ


 「おおっ!! こりゃ凄いな!!」


 高速で空を飛ぶ俺の背中に乗ったライラが感嘆の声を上げる。

 まるで初めて自転車に乗れるようになった子供がはしゃいでいる様だ。


『これから命懸けの戦いになるかも知れないのに大した余裕だなライラ……』


「へへっ……誰も経験した事の無い今の状況、楽しまなきゃ損だろう!?」


 ライラの声が弾んでいる、心からドラゴンに乗っている事をたのしんでいるんだろう……姿を見なくとも容易に想像できる。

 こんなに緊張感が無くて大丈夫なのだろうか。

 それに比べてあちらの方は……。


「嫌ああああっ!! 怖いーーーー!! 死ぬ……死ぬーーーー!! 死んでしまうーーー!!」


 リュウイチの首に必死でしがみ付き泣きじゃくるメグ、顔は涙と鼻水でグシャグシャだ。

 さすがにあそこまで行くとライラと逆の意味で心配になってくる。

 ライラから突発的に提案されたこの作戦……あまりに急だったので、手綱や鞍といったドラゴン騎乗の為の装備がないので、もし背中からずり落ちでもしようものならそのままお陀仏である。


「だらしないぞメグ!! ここからはアタイとあんたの晴れ舞台なんだ!! シャキっとしな!!」


「そんな事言われても怖いものは怖いですーーーーーーぅ!!」


 ある意味、ライラの様な強い精神の持ち主が因習や伝統に囚われた世界を変えていくのだろう……俺には彼女がとても眩しい存在に見えた。


 そんな事を考えている内に『竜殺しの剣バルムンク』の側まで来た。

 先程に比べ早く到着したところを見ると確実に高度が下がって来ている…

速く何とかしなければ…。


「メグ!! まずはお前の攻撃魔法をぶっ放してみてくれ!!」


「は……はいいい~~~~!!」


 べそをかきながらもライラの言う通り『竜殺しの剣バルムンク』に魔法の杖を向けるメグ、杖の先には見る見る魔法力が収束していく。


「『雷光魔弾ライトニングストライク』!!」


 メグの杖から眩い光を放つ魔法弾が打ち出された……バチバチと電撃を放ちながら『竜殺しの剣バルムンク』に中った雷光球は刀身に接触しても消滅することなくその場でスパークし続けている。

 その影響か剣を包み込んでいる魔法障壁が明滅を繰り返す。


『これは……いけるぞ!!』


 先程ドラゴが放った『圧壊岩石弾プレッシャーロックバスター』は刀身に触れる前に剣を取り巻いている魔法障壁に阻まれ消滅した。

 これはドラゴンの攻撃や魔法を無力化し消滅させるという呪詛によるものだ。

 しかし人間であるメグが放った攻撃魔法はしっかりと『竜殺しの剣バルムンク』に中り、効力を発揮している。

 これならば『竜殺しの剣バルムンク』を破壊できるかもしれないという可能性が出て来たのだ。


「そいじゃアタイも負けてらんないねぇ!!」 


 ライラが俺の背中で仁王立ちになり腰の剣を抜くと、空に向けて両手で突き上げた……そして精神集中と共に刀身に闘気が収束し光を纏う。


「『混沌破砕撃カオスブレイカー』!!」


 気合一閃、ライラが剣を振り下ろすとレーザービームの如き極太の光線が剣先から放たれ、『雷光魔弾ライトニングストライク』が未だ発光している場所目がけて撃ち付けた。


 目が開けていられない程の強烈な閃光が発生、爆音と共に煙が立ち昇る。

 恐るべしライラの剣技……いや、あのメグという魔導士もそうだ、ハッキリ言って俺の見立てを遥かに超える実力の持ち主たちだ。

 もし今日、俺が彼女らと戦う様な展開になっていたら正直、命の保証は無かった。

 敵に回してはいけない存在……これは彼女たちへの評価を改めなければなるまい。


『やったか!?』


 爆煙を見ながらリュウイチが期待の眼差しで拳を握る。

 おいリュウイチ、それは言ってはならないセリフの一つだぞ……それを言ってしまったら九分九厘失敗に終わるのを知らないのか?

 煙が徐々に治まっていく……果たしてどうなったのだろうか?


『あっ……ああっ……』


 『竜殺しの剣バルムンク』あ健在だった……あれだけのライラとメグの合わせ技を受けながら僅かに傷が付いただけで全く聞いていない様だ……魔法障壁も元に戻ってしまっている。


「あっ……あれだけの攻撃が殆ど効いていないなんて……」


 驚愕の表情のメグ……表情には諦めの色が色濃く出ていた。


「もう一回だ!! 傷が付いたという事は攻撃し続ければ壊せるって事だろう!? 壊せるまで何回も続けるまでだ!!」


 ライラはまだ諦めていない様だが、僅かに焦りが感じ取れる。

 彼女も薄々気付いている筈なのだ。


『無理だ……』


「なっ……リュウジお前!!」


『悪いがもう時間が無い……見ろ、地上までもう距離が僅かだ、さっきのコンビネーションも出来てあと一回が関の山だろう……それでは間に合わない…』


「くっ……!!」


 万策尽きた……もう俺達には打つ手は残されていないのか?

 攻撃で破壊する事も出来なければ、触れて移動させることも出来ない……一体どうすればいいんだ……。


 キイイイイン……。


 久し振りに俺の頭の中に魔法が閃いた。


液状化現象フェノメノン・オブ・リキファクション』……何だこれは?


 手で触れた物を液体に変換してしまう魔法?

 一体いまの状況でどう使えというんだ? 俺は破壊対象である『竜殺しの剣バルムンク』は指一本触れられないというのに……。


 いや、待てよ? 逆に考えれば触れる事さえ出来ればあの巨大な剣を水に変えてしまう事が出来る訳だ……どうにかしてその方法を考えるんだ。

 俺達ドラゴンでは触れる事はおろか気付付ける事が出来ない『竜殺しの剣バルムンク』……しかし人間であるメグの魔法は『竜殺しの剣バルムンク』に直に当てる事が出来た……そうか、なら一つ策を思い付いた。


『メグ、君の魔法力を俺のこの拳に被せる事は可能か?』


 リュウイチに寄り添う様に飛びながらメグに拳を向ける。


「可能だと思いますが、どうするつもりなんです?」


『俺の魔法に触れた物質を液体に変える魔法がある……ただ俺はドラゴンだからアレには触れられない、だから人間の魔力を纏えば直接触れるようになるんじゃないかと考えたんだ』


「なるほど……お前さん頭がキレるじゃあないか!!」


 背中のライラもポンと手を打つ。


『そういう事だから頼む……』


「分かりました……はっ!!」


 メグが杖を傾け俺の右拳に向けて魔法力を移動させる、やがて淡い光が俺の拳を包み込んだ。

 純粋な魔法力だけなので痛くも痒くもない……どちらかと言うとほのかに暖かい位だ。


『じゃあ、ライラはリュウイチの背中に移ってくれ』


「はっ? どうしてだい!! アタイも行くぜ!!」


『上を見てくれ』


「何だって言うんだ……あっ!!」


 俺に促されて上を見上げたライラが思わず声を上げた。

 『竜殺しの剣バルムンク』の持ち手に当たる部分……柄の底、今は上を向いている部分から黒く細かい何かが大量に飛び出しているのだ。

 それはまるで一つの生き物、蛇の様にうねるように動き回る……その姿は蜂が群れて飛んでいるのを彷彿とさせた。

 

「何だありゃあ……」


 その群れを形成している物体は剣であった。

 幾本の剣がまるで生きているかのように自在に飛び回っているのだ。

 それは程なくこちらへ狙いを定め向かって来た。


『どうやら攻撃を受けた事で『竜殺しの剣バルムンク』の防衛機構が作動したのだろう……ライラ、君にはリュウイチに乗ってメグとあの飛び回る剣の相手をして欲しいんだよ』


「だけどよ……!!」


『心配するな、俺なら大丈夫!! 頼んだぞ!!』


「おい!!」


 リュウイチに乗り移ったライラの声を遮り飛び立ち、俺は『竜殺しの剣バルムンク』目がけて右手を突き出しながら突進する。

 狙うはライラたちが付けた傷のある場所だ。


『うわああああああっ……!!!』


 『竜殺しの剣バルムンク』に中った拳から物凄い衝撃が右手に伝わってくる……引きちぎられそうだ。

 だが思った通り魔法障壁を突き破り、刀身に直接触れることが出来ている。

 これなら『液状化現象フェノメノン・オブ・リキファクション』を発動すればこの厄介者を葬る事が出来る。

 傷のある部分から剣の中に腕を刺し込み魔法の準備は万端だ。

 

『よし!!『液状化……』……ぐわああああっ……!!!』


 突如、メグの魔法力で中和していた魔法障壁が閉じてしまったのだ。

 俺の右腕は上腕の部分から切断され、先の部分は剣の中に取り残されてしまった。


『くそっ……後一歩だったのに……!!』


 夥しい量の血液が右腕の断面からあふれ出る。

 ドラゴンは『竜殺しの剣バルムンク』によって気付付けられた部位は回復しない……俺は片腕になってしまった。

 

『大丈夫か!? リュウジ!!』


『済まない……しくじった……』

 

 リュウイチが俺を庇う様に前に立ちふさがる……飛行する剣はこちらへと向かって突っ込んで来る。


『『火炎放射ファイアブレス』!!』


 リュウイチの口から放たれた火炎により複数の剣がまとめて燃え尽きる。

 しかし剣は減った側から新たに『竜殺しの剣バルムンク』から射出されるのだ、切りがない。


 どうする……? 左手でもう一度試すか…てん?


 いや、もう駄目だ……もう『竜殺しの剣バルムンク』の切っ先が地面に達する……俺達は失敗したのだ……。


『ンオオオオオオオ……!!!』


 『竜殺しの剣バルムンク』の落下が止まった……何が起きたんだ? それに今の声は一体……。


『ああっ……!!』


 何と、『竜殺しの剣バルムンク』の切っ先と地面の間にドラゴが挟まっているではないか。

 ドラゴの肩口に『竜殺しの剣バルムンク』の切っ先が突き刺さり、そこから身体が黒く変色していく……これではドラゴの身体は消し炭に変わってしまう。


『バカヤロウ!! ドラゴ、死ぬ気か!?』


(うるせえよ……俺様がやられっぱなしで泣き寝入りするとでも思ったか?)


 頭の中に直にドラゴの声が聞こえる……鼻と上顎を失い言葉を発せられなくなったドラゴはテレパシーで直接俺に思念を送ってきているらしい。


(こんな玩具に俺達誇り高きドラゴンが舐められるのは我慢ならないんだよ!! リュウジ、お前もドラゴンなら根性を見せろ!!)


 ドラゴの身体は押しつぶされかなり辛そうだ。


『そうは言うが……』


(見ろ!! お前の右手はまだ消えちゃいないぞ!!)


『あっ……』


 ドラゴに言われて『竜殺しの剣バルムンク』お見上げると、傷の中に入り込んだ俺の右腕がまだ存在しているのが見える。

 恐らくメグの魔法力が微かだが残っているのだろう。

 試しに俺は右腕を動かすイメージをしてみる、すると切断されて離れている筈の右腕がピクリと動いたのだ。

 もしやこれは……。

 

(やっと気づいたか……間抜けめ……)


 ドラゴはニヤッと口角を上げるがその直後、とうとう力尽き全身が炭化しボロボロと崩れ落ちた。


『ドラゴーーーーーー!!!』


 ドラゴが稼いでくれた時間を無駄にしない…俺はイチかバチか魔法を唱える。


『『液状化現象フェノメノン・オブ・リキファクション』!!!』


 頼む!! 間に合ってくれ!!

 

 俺はドラゴンだがこの時ばかりは本気で神に祈った………。

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