第36話 ドラゴンのおしごと


 「おっと!! 動かないでくださいね、この子がどうなっても知りませんよ!?」


 俺はミコトを救うべく、ダフラの隙を伺い身体を動かそうとするが、奴に見つかってしまう。

 

 時間が無い、こうしている間にも空にある『竜殺しの剣バルムンク』はゆっくりと落ちて来ているのだから。

 ミコトは傷つけたくない、しかしこのままではリアンヌやマーニャ、リュウイチにドラミと、俺の大切な存在がみんな巻き込まれてしまう。

 個を捨て多を救うなんて理論は世間的にはよく言われる事だが、そんなのは詭弁だ、どちらも大切な存在なら選ぶ事なんて出来やしない。

 ましてや今の状況の様にどちらをとっても状況を覆せないのなら尚更絶望的だ。

 くそっ、俺にはどうする事も出来ないのか?


「ちょっと!! そこのおじさん!! どうしてそんな事をするの!?」


 ドラミの腕から降ろされたマーニャが憤慨しながらダフラの方へと歩いて行くではないか、いつの間に?

 そしてとうとうマーニャはミコトを羽交い絞めにするダフラまであと数歩の所まで到達していた。


「近寄らないでくださいお嬢さん!! 出なければこの娘を刺します!!」


「ミコトは私の妹なのよ!! いじめないで!! ミコトが怖がってるでしょう!?」


 マーニャはダフラの言葉に臆することなく人差し指を突き出し堂々と意見した。


「姉さん!! 来ちゃ駄目!!」


「ね……姉さん……?」


 ダフラが目の前にいるマーニャと自分が取り押さえているミコトを交互に見ながら困惑の表情を浮かべる。

 姉と呼ばれているマーニャより、妹と呼ばれているミコトの方がどう見ても年上に見えるからだ。

 無理もない、どういう訳かドラゴンと人間のハーフであるミコトは、その血の所為なの異常に成長速度が速いのだ。

 しかも二歳くらいで十六歳くらいの容姿にまで成長し、知能もそれ相応に高い。

 だがマーニャが言う通りミコトはまだ若干二歳の子供であり、マーニャの妹なのは変わりがない。

 そうこうしている内にマーニャはダフラとミコトのすぐ眼前にまで到達していた。


「早くミコトを放しなさいよ!! 女の子には優しくしなきゃダメでしょう!?」


「このガキ……!!」


 ダフラのこめかみの血管が浮き出る。

 まずい、このままではマーニャにまで危害が及んでしまう。


『マーニャ!! よすんだ!! 戻って来い!!』


「マーニャ……ですって……!?」


 俺がマーニャの名を呼んだ途端、ダフラの表情が変わる、まるで放心状態にでもなったかの様に。

 だがこれはチャンスだ、今ならもしかしてミコトを助け出せるかもしれない。

 少し距離があるが『水鉄砲ウォーターガン』ならダフラだけを狙い撃ちできるかもしれない。

 俺は手先だけを動かし何とか『水鉄砲ウォーターガン』の狙いを付けてみるが、自分の身体が大きなドラゴン形態の為、人間であるダフラに対して中々標準が合わない、狙いが外れればミコトまで巻き込んでしまう。

 

(くそっ……)


 焦る俺……こんなチャンスはもう無いかも知れないと思うと更に手元が狂いそうになる。


「おいおい、ドラゴン相手に人質を取るとはあんたも落ちぶれたもんだね……」


 何だ? 聞き慣れない女の声がする。

 その声の主はダフラの背後、森の茂みから姿を現した。

 赤と黒を基調にしたセパレートの鎧を着たブロンドロングヘアーの女性冒険者だ。

 いや、どちらかと言うと女剣士と言ったところか。


「その声は……ライラ…さん!?」


 慌てて振り向いたダフラだったがライラと呼ばれた女剣士の抜刀の方が早く、ダフラは右手に持っていた短剣を弾き飛ばされてしまった。


「グウッ……」


 流血する右腕を左手で押さえて蹲るダフラ、その隙にミコトは駆け足でライラの背後に回り込んでいた。

 

「ありがとうライラさん!!」


「おうミコト、怪我は無いかい?」


 これはどうした事だ? まるで二人は知り合いみたいじゃないか。

 一体どこで知り合ったんだ?


 「このっ……!!」


 あっ、ダフラの奴、左手の袖からもう一本短剣を取り出した。

 ミコトとライラは気付いていないようだ、このままでは二人が危ない。


「『拘束術バインド』!!」


 更に別の女性の声がしたと思うと、幾本の光の輪がダフラの身体を締め付ける。

 身動きが出来なくなったダフラはつんのめり、そのまま地面にゴロンと転がった。

 さながらその姿は芋虫の様であった。

 

「もう、ライラさんは油断し過ぎです……」


「ああ、わりわりぃ!! 助かったぜメグ!!」


 メグと呼ばれた今度の女性は尖がった帽子を被りマントを羽織った典型的な魔導士スタイルだ。

 先端に赤い宝玉が嵌った立派な木の杖を持っている。

 頭を掻きながら大して悪びれていないライラを見やり、メグはやれやれと深くため息を吐いた。


「あなた達、何のつもりです!? もう少しでここに居るドラゴンどもを一掃できたというのに!! 最初に私の邪魔をするなと言ってあったはずですよ!?」


 感情的にがなり立てるダフラをよそに、ライラは呆れた顔でこう言った。


「ダフラ、こちとらてめぇの無理心中に付き合う気はこれっぽっちもねーんだよ!!死にたいんならよそでやんな!!」


「くっ……」


 目を背け悔しそうに声を洩らすダフラ。

 玉砕に走った時点で奴の作戦は破綻した訳だ。

 しかしミコトを無事救出したからといって安心はできない、まだ『竜殺しの剣バルムンク』は健在で、現在も刻一刻と落下をしているのだ。

 アレを何とかしなければどのみち俺達の命は無い。


「……あれはまさか……?」


 上空の巨剣を見てメグが急に自分のショルダーバッグの中を漁り始める、そして一冊の古びた分厚いハードカバーの本を取り出しパラパラとめくり出した。


「やっぱり『竜殺しの剣バルムンク』……!! まさか伝説上の魔導兵装をこの目で直に拝める日が来ようとは……!!」


 手を合わせ瞳を爛々と輝かせて恍惚の表情を浮かべるメグ。

 口元は緩み涎が垂れている、しかし今はそんな事は気にしている状況ではない、このメグと呼ばれた女魔導士は少なくともこの場に居る誰よりも『竜殺しの剣バルムンク』の事を知っている筈。


『なぁあんた、『竜殺しの剣アレ』を知っているのか!? どうしたら止められる!? なんなら破壊の方法を……!!』


「ひゃああああああっ……!!」


 メグは一目散にライラの背後に隠れガタガタと震えだした、まさか俺の存在に驚いたのか? 

 さっきからここに居るのに彼女の目にはこの俺の姿は入っていなかったとでも言うのか?


「いやぁ済まないね、この子は興味のある物を見つけると周りが見えなくなるんだよ」


『そっ、そう言うものなのか?』


 代わりに女剣士が説明をしてくれた。


「初めましてだなブルードラゴンのリュウジ……アタイはライラってしがない冒険者さ……おっと、警戒しなさんな、これでもアタイはあんたを助けるために来たんだ、要するに味方だよ……」


 『いきなり現れて味方だと? ミコトを助けてくれたことには感謝するが、信用できないな……お前だってそこに転がっているダフラ同様ドラゴンを討伐するためにここへやって来たのはずだ……大方恩を売って俺達に近付き、隙を突いて俺を討とうというのだろうがそうはいかない、人間はどんな汚い手を使ってくるか分かったものでは無いからな……』


 そうさ、今までさんざん見てきたじゃないか、人間の身勝手さや強欲な所を……もう俺はそんなのはうんざりしているんだ。


「パパ!! ライラさんになんて事言うの!?」


『ミコト!?』


 ミコトが今迄俺に見せた事が無いほどの剣幕で俺を怒鳴り付ける。


「ライラさんは本当にパパの事を心配してここまで私たちを連れて来てくれたのよ!?

 あのくさい臭いだって、森の中にある発生源を壊して周ってくれたんだから!! これからパパを騙そうっていう人がそんな事をしてくれると思うの!?」


「いいんだよミコト、これはアタイの言い方が悪かったんだ……さっきのが気に障ったんなら謝るよ、だがここはアタイらを信じちゃくれないかな?」


『………』


 あれだけ森に充満していた不快な臭いがもうしなくなっている、これはライラたちが消してくれたと言うのか?

 確かに俺を討つつもりならあのドラゴンを行動不能にする臭いを消し去る様な真似をわざわざする必要は無い訳で、しかも俺が知らない所でミコトは既にライラに会っていた上に随分と親密になっている様だ。

ミコトがここまで懐いているんだ、このライラって女は信用できるかもしれない。


『……分かった、こちらこそ感情的になって済まなかった、少し気が立っていてね……』


「アンタ、話が早くていいね、気に入ったよ」


『フン……では早速だが『竜殺しの剣アレ』を何とかしたい、手を貸してくれないか?』


「おうとも!! もとよりそのつもりよ!! 宜しくな!!」


 ライラが上に向けて手を差し出して来た。

 流石にドラゴンの姿のままではその手を掴めない、俺は人間形態になることにした。


「へぇ、これは凄いね!! 化ける所を直に見たのは初めてだよ!!」


「どういう事だ?」


「あんたの兄貴、リュウイチはアタイらのパーティメンバーなのさ、ドラゴンだってのを知ったのはついさっきだったんだけどね……」


「そうか、それで……なら疑う理由は最初からなかった訳か……リュウイチアイツひとが悪い……」


「全くだよ……」


 苦笑いを浮かべ、俺とライラは固く握手を交わした。

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