第35話 竜滅の刃


 『さあリュウジよ!! 何時ぞやの決着を着けようではないか!!』


 ドラゴが咆哮を上げると森全体の空気が激しく振動する。

 全く他人の都合を考えない奴だ、しかしなんだって俺が人間と戦っている今、ここへやって来たんだろう……あまりにもタイミングが良すぎる。


『おいドラゴ!! お前の足元には人間達が居るんだぞ!!』


『相変わらずの甘ちゃんだなリュウジ、俺様にとっちゃ人間なんて地面を這いつくばる虫ケラと変わらないんだよ!! 知った事か!!』


 そう言うとわざと足に力を込めて地面を踏み込む。

 ただでさえ奴の登場で割れた地面が更に砕け、土砂に巻き込まれた竜滅隊や冒険者たちが悲鳴を上げ地中に沈み込んでいく。

 相変わらずのやりたい放題、ああ、もう、滅茶苦茶だよ。

 だがこれがこの世界におけるドラゴンの一般的な倫理観なのだ。

 どちらかと言うと俺やリュウイチ、ドラミの方が異端だ。

 まあこの二人は俺の影響をもろに受けてしまっているんだが。


「パパ!! 人が……助けなきゃ!!」


 流石我が娘……俺の情操教育のお蔭で優しく育ってくれたな。

 今の今まで奴ら人間が俺に対して行っていた卑劣な行為は到底許せるものでは無いが、一先ず忘れてミコトの希望を優先する事にする。


『本当に迷惑な奴だなお前は!! 喰らえ『高速水流ジェットストリーム』!!』


 俺の口から極度に圧縮された水流が発射されドラゴの胸板に打ち付けられる。


『ウオオオオオッ……!?』


 ドラゴは強烈な水の力に耐え切れず後ずさっていき、遂には後方に倒れ込みゴロゴロと転がっていった。


『くそーーーっ!! 鼻がまともならこんな攻撃なんぞ簡単に避けられるものをーーーー!!』


 なるほど、以前ドラゴと戦った時はその魔力と心理状態すら嗅ぎ分けるその嗅覚のせいで苦戦させられたが、まだ森の中にあの嫌な臭いが微かに漂っているせいで俺の魔法攻撃が予測できないんだ。

 何はともあれ、これでドラゴをこの場から排除する事に成功した。


『ミコト、後はお前に任せる、怪我人を安全な所に移すんだ!! パパはあの暴れ者の相手をする!!』


「はい!! ありがとうパパ!!」


 ミコトが瓦礫の山と化している地面に降り立ち早速倒れている男を抱え起こす。


「大丈夫ですか!? あっ!!」


 その男は無言でミコトの腕を掴むとグイッと彼女を後ろ手にして背後に回り込んだ……こいつ、ダフラか!!


「おっと、動かないでくださいね、おかしな動きをしたらこの娘の命は無いですよ……」


「パパ!!」


 ミコトの首筋に突き立てられるナイフが鈍い輝きを放つ。


『貴様……今はそんな事をしている場合では無いぞ!! またあのドラゴンが戻って来たら貴様も仲間の命も危ういんだぞ!?』


 せっかくドラゴをここから引き離したのに、こんな事でもたもたしていては戻って来たドラゴにここに倒れている人間たちが皆殺しにされてしまう。


「だからですよ、他にもドラゴンが現れたのは想定外でしたが寧ろ好都合、この千載一遇のチャンスに比べたら手下の命など安いものです……そう、私の命もね……あなたがたドラゴンをこの世から抹殺出来るのならみな本望でしょうとも……」


 こいつ、イカれてやがる、顔に鬼相が浮かんでいる。

 完全に復讐に心を囚われているんだな、哀れな事だ。


『そんな事をしてもお前ひとりでどうやって俺を殺すつもりだ? 仲間はもうまともに戦えない様だが?』


 ドラゴが地面を割って現れたせいで、俺を討ち取るために草原に集まっていた竜滅隊の面々はことごとく地割れに巻き込まれていた。

 中には絶命してしまった者もいる。

 こんな状態ではいかに対ドラゴン装備が強力だったとしても本領を発揮する事は難しいだろう。

 俺の身体もボロボロだが、今戦ったとしても負ける気はしない。


「私達人間が天と地ほどに力の差があるドラゴンに挑むのです、勝利に絶対はありません、ですから最悪の事態に備えて常に手は打ってあるのですよ……」


『……何? 一体どういう事だ?』


 不敵な笑みを浮かべるダフラに言い知れぬ不気味さを感じ取る。


「上を御覧なさい!!」


 ダフラに言われるまま上を見上げると、遥か上空に巨大な物体が浮かんでいるのに気付く。

 あの形は……剣だ、漆黒の巨大な剣が切っ先を地上に向けた状態で宙に浮いているのだ。

 剣を取り巻く様に幾重もの魔法陣が展開している。

 どうやらあれがあの巨大な剣を空に浮かべる力となっているのだろう。

 俺は息を飲む、いつの間にあんなものが……地上に気を配り過ぎて全く気付かなかった。


『何だあれは……?』


「あれは『竜殺しの剣バルムンク』……ドラゴン殺しに特化した魔導兵装……我々の奥の手にして最終兵器ですよ」


 ドラゴンにとっては何とも物騒なネーミングだ……こちらにこの言葉は無いだろうが、中二病全開だな。

 

「『竜殺しの剣バルムンク』には対ドラゴンに特化した攻勢魔法が付与してありましてね、ドラゴンには触る事も出来ないのですよ……あれを今からここに落とします、地面に刺されば『竜殺しの剣バルムンク』を中心にドラゴンに致命傷を与える魔法が展開するのです……あれだけの巨大な物体ですからね、ドラゴンだけでなくこんな森など跡形もなく消し飛ぶでしょう……」


『なっ!? 馬鹿な!! そんな事をしたらお前だって死ぬことになるんだぞ!?』


「言ったでしょう!? ドラゴンを皆殺しに出来るなら命など惜しくないと!!

こうなってしまった以上死なば諸共、みんな消えてしまえばいいのです!!」


 こいつ、本気か? 破滅主義者、終末論者は平気で他者を巻き込むから堪ったものでは無い。

 かく言う俺もさっきまでは殺されるのを待ち望んでいたのだから偉そうな事は言えないがな。

 しかしどうする? 仮にダフラからミコトを助け出してここから飛び立てたとして、『竜殺しの剣バルムンク』が落ちて来るまでにカリフの森を脱出できるとは到底思えない。


『てめぇリュウジ!! 俺様に背を向けてるんじゃねぇ!!』


 後方からドラゴの声がし、岩石弾がこちらに向けて発射されたのが分かる。

 まったく、こっちは今取り込み中だってのに。


『はぁっ!!』


 高速で飛び出し、掛け声と共に岩石を蹴り飛ばす者がいた……レッドドラゴンのリュウイチだ。


『リュウイチ!! 来てくれたのか!!』


『ゴメン!! 遅くなった!! ドラゴの事は僕に任せてくれ!!』


『済まない!!』


 いつの間にか三つ巴の様相を呈してしまった、ここは素直に兄弟の助力を乞うしかない。


『リュウイチ!! お前だろう、俺様の地脈テリトリーでオウムにリュウジの情報をばら撒かせていたのは!! なのに何故邪魔をする!?』


 ドラゴがリュウイチを指差し激昂する。


『確かに君にそれを教えたのは僕だけど、リュウジを殺させる事まで許可した覚えはないよ?』


 何だ? 一体どういう事なんだ? 俺の視線で思っている事に気付いたのか、リュウイチが俺に語り出した。


『悪いとは思ったんだけど、リュウジが人間に討ち取られるぞってオウムを使ってドラゴの地脈テリトリー中にふれ回ったんだ、あのコの得意のおしゃべりでね……ドラゴの地脈テリトリーは三つもあるからね時間が掛かったよ』


『何でそんな事を……』


『リュウジは僕らが手を貸すって言っても聞かなかっただろう? だからドラゴに情報をリークして乱入する様に仕向けたんだよ……この広大な森の中、大勢の人間相手だからいくら君でも絶対に苦戦するだろうと思ってね……』


『リュウイチ、お前………』


 中々したたかになったじゃないか……実際、それで助かった訳だが、その先の面倒事にももう少し目を向けて欲しかった。

 ドラゴの奴を駒として使うのは相当危険だぞ?


『そういう訳でドラゴは僕が引きつけるから君はそっちを何とかしてくれ!!』


 そう言うとリュウイチは猛然とドラゴに向かっていった、取っ組み合いになる二頭。


「何ですって!? 三頭目のドラゴンだと!?」


 ダフラが目を見開いて微かに震えている。

 恐らく希少なドラゴンを一度に多数目撃した事など、いかな竜滅隊の隊長と言えど無かった事だろう。

 実はもう一頭、森の外にドラゴンがいる事を奴が知ったらどう思うだろうか。


『リュウジ兄さん!! これは一体どうなっているの!? あの空に浮かぶ大きな剣は一体!?』


 上空にイエローの体表のドラゴンが現れて俺の側に舞い降りた。

 噂をすれば……だな、しかし最悪のタイミングで現れたなドラミ。


『何で来ちゃうかな……今は最悪中の最悪なんだが……』


『えっ……? あっ!! ミコトちゃん!?』


 ドラミは俺の視線の先を目で追い、ミコトがダフラに捕まっている事に気付く。


「四頭目……!! 一体どうなっているのです!!」


 彼の震えは更に大きくなり、カチカチと歯がぶつかる音がする。

 彼の恐怖は最高潮に達している筈だ。


「ミコト!!」

「ミコトちゃん!!」


「ママ!!お姉ちゃん!!」


 聞き慣れた声がミコトと呼び合っている。

 よく見るとドラミは両脇にリアンヌとマーニャを抱えているではないか。


『おいドラミ!! どうして二人を連れてきた!? こんな危険な所に!!』


『それは……』


「私たちがドラミさんにお願いして連れて来てもらったのよ……」


『リアンヌ……?』


 言い淀むドラミに代わってリアンヌが口を開いた。

 彼女は物凄い形相で俺を睨みつけており、目尻には涙を溜めていた。


「何勝手に一人で死のうとしているのかしら!? 私たちがあなた無しで生きていけると思っているの!? あなたと私とマーニャとミコトが揃ってはじめて家族と言えるのよ!? 一人でも欠けてしまったら私は……私は……」


 そう言ってリアンヌは大粒の涙をぽろぽろと目から溢れさせる。


『…ごめん』


 リアンヌの言葉の猛攻に何一つ言い訳が出来ない俺。

 こんな時になんだが、また再び家族に会えたことに喜びを禁じ得ない。

 そんな家族の再会をよそに、ひとり驚愕に打ちひしがれている者がいた、ダフラだ。

 ドラミが二人を連れて来てしまったのは想定外だが、これは逆に利用しない手は無い。


『おい、ダフラとか言ったな、今ここに俺を含めドラゴンが四頭いるわけだが、ここはお互い手を引かないか? ドラゴンはあんたが思っているより数は多いんだぜ? ここであんたが玉砕しては他のドラゴンは倒せないと思うがどうだ? あんたがミコトを解放してくれさえくれれば俺達はこの土地を出ていくし、二度と人間の前には現れない……』


 ここは博打だ……ドラゴンが沢山いるなんてのは地上に降りてから確認していないので俺の兄弟以外、どれだけ生息しているかは把握していない。

 しかし、俺達が育ったリューノスと同じ竜の巣が他にもある以上、可能性はある。

 あとはこのダフラがどういう判断をするかに掛かっている訳だ。


「出来ない相談ですね…あの『竜殺しの剣バルムンク』はもう落下を始めているのですよ…一度動き出したらもう私にも止められません…」


『何だって!?』


「そう、もうすべてが遅いのですよ!! 私もあなた方ドラゴンもみーーーんな死ぬのです!! 道連れです!! フハハハッ!!」


 気がふれたように大声で笑うダフラ。


 最悪だ……これではここに居る俺の家族に兄弟は元よりダフラと竜滅隊、今回俺の討伐に駆り出された冒険者まで『竜殺しの剣バルムンク』の攻撃に巻き込んでしまう。

 せめてミコトをダフラから解放できれば、仮に力及ばずともここに居る俺の兄弟全員で『竜殺しの剣バルムンク』の落下に抵抗できるのだが……。


 これが万事休す……って奴なのだろうな、きっと……。

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