第33話 ドラゴンの大罪


「……人間どもめ、とうとう本格的に動き出したか……」


 俺が展開した『生命探知ライフサーチ』の魔法に夥しい数の生命反応が引っ掛かる。

 俺の『生命探知ライフサーチ』の魔法はレベルが上がっており、今やこのカリフの森を全て網羅するほどの効果範囲を誇っている。

 尚且つ、生命反応の大きさや動きの速さなどの設定をする事で対象をある程度限定する事も出来る、今は主に人間だけを探知している状態だ。


「みんなはもうリュウイチたちと合流した頃だろうか……」


 ゆっくりと移動する三つの生体反応……それは俺が魔法で眠らせ小舟に載せ川に放ったリアンヌ、マーニャ、ミコトだ。

 その反応は今、俺の探索範囲を出ていった、要するに無事に森を出たという事。


 俺は暗い内にリュウイチとドラミに救援を要請した。

 リュウイチのおしゃべりオウムは夜目が効かないらしく、ドラミのカラクリミニドラゴンが連絡役を担ってくれた。

 そのお蔭でリュウイチとの連絡に少し時間が掛かってしまったが何とかなった。

 今頃、下流にはあいつらが居てみんなを保護してくれている事だろう。

 これでもう俺には何の憂いも無い。


 俺を包囲するかのように森の外周に配置された人間たち。

 時間が進むにつれ森の中心に向かって包囲網を狭めている。 

 俺の居所を探るための作戦だろう、確かローラー作戦って言ったかな? 

 ローラーで色を塗りつぶすが如く潜伏者を探す為の人海戦術。

 ただ一定時間進んだ所で動かなくなる者がいる、それも二人一組で。

 タイミングはバラバラだが必ずそういう行動を取っている、何かやっているのか?

 流石の『生命探知ライフサーチ』でもその対象者が何をしているかまでは分からない。

 人間たちが何を企んでいるかは知らないが受けて立つまでだ。

 しかしみんなと過ごしたこの洞窟を人間どもに荒されるのは我慢ならない。

 カリフの森は上空から見下ろすとほぼ円形をしており、丁度中心付近に開けた草原がある…時間稼ぎの意味でも戦いやすさの意味でもそこに移動した方が得策だろう。

 俺は人間形態になり草原目指して移動を開始した。


 森を移動中、俺の球の中にこの世界に転生してからの色々な出来事が思い出されていた。


 異世界に転生してドラゴンに生まれ変わった事。

 四人のドラゴンの兄弟が出来た事。

 弟ドラゴとの決別、妹スーの死。

 リューノスから世界への旅立ち。

 ライデンとの対決、初めての地脈の獲得。

 生贄のリアンヌとの出会い、マーニャの保護。

 磔にされたリアンヌの救出とゲトー村の滅亡。

 ドラゴとの再戦、謎の化け物との邂逅。

 ミコトの誕生………。


 次々と思い出が頭の中を巡る度にその時々の感情が蘇る。

 色々あったな……辛い事が多かったけど、悪い事ばかりでも無かったな。

 まだ死にかけてもいないのに走馬灯かよ。

 俺は苦笑いをするが、これから実際そうなってしまう可能性もあるって事か。

 

 情けない話だが俺自身、これから何をするべきなのかを完全に見失っていた。

 これから俺はどうするべきなのだろう。

 理想の実現の為に動こうにも、周りがそれを許してくれない。

 これでは俺の思い描く理想が世界にとって否定されているではとさえ思える。

 強く無ければ生き残れないのは道理だが、かと言って強者が好き勝手にやってもいいという事にはならない、この考え自体が間違っているのか?

 

 確かに俺はドラゴンと言う最強の部類に入る種族に生まれ変わった、しかし以前出会ったあの巨大な化け物には手も足も出なかった。

 これも弱肉強食の理…所詮ドラゴンでさえも食われる側だったって事だ。

 そうだというなら俺がこの世界に生き残っている意味はもう無いに等しい。

 せめて家族だけは……子供たちだけは世界の悪意に飲み込まれないで欲しいと願うばかりだ。


 駄目だな、ここにきて感傷的になるなんて。

 この戦いの原因だけを見れば俺に非は無いと信じている、例え世界に絶望していようとも、欲に凝り固まった人間どもにただやられるつもりは毛頭ない。

 あがきに足掻きまくって俺の……ドラゴンの存在を人間の記憶に深く刻み込んでやる。

 それが俺に出来る最後の悪あがきだ。


 どれ、そろそろ人間たちに遭遇するころだろうか、俺はドラゴン形態に戻り草原に鎮座し待ち構える。

 おかしいな、もう先行している者なら視界に入ってもおかしくないのだが、もしや何かのタイミングを見計らっているのか? それで姿を見せないのか?

 うん? 何だ? 微かに鼻に付く臭いが風に乗って漂ってくる。

 何だろうこの臭い……この魚の油を腐らせた様な悪臭、以前どこかで嗅いだことがある気がするんだが……。

 次第に悪臭が濃くなっていく、頭が痛くなり目まいがしだした。

 視界が霞み、身体がフラつき出す……何だ? 何なんだこれは……?


「ほほう……流石『竜諫草りゅうかんそう』から作られた香は効果覿面ですね……」


 木の陰から一人の男が姿を現す。

 頭をすっぽりと覆うフード付きの紺色のローブを纏った目付きの悪い男だ。


『おっ……お前は何者だ……?』


「事前情報通り人語を解するようですねブルードラゴン……初めまして、私は竜滅隊の隊長をしておりますダフラと申します、以後お見知りおきを……ところで今のご気分はどうですか?」


 ダフラと名乗った男は仰々しくお辞儀をし、わざとらしく俺に質問すると口元に下卑た笑みを浮かべた、しかし目は全く笑っておらず、その恐ろしく冷徹な眼差しはドラゴンであるこの俺さえ背筋が寒くなるほど憎悪に満ちたものだった。


『最悪だよ……この不快な臭い、お前の仕業か?』


「ええ左様です、最強生物であるドラゴンに対して誰が何の策も用意せずに戦いを挑みますか?」


 恐らくダフラが言った竜諫草りゅうかんそうという草が原料の香から出るこの臭いはドラゴンの身体機能を著しく下落させる効力があるのだろう。

 ふと思い出したがこの臭い、あの不気味な大口の化け物の匂いに酷似しているのだ。

 あの時も身体が中々言う事を聞いてくれなかったが、もしやこの臭いが影響していたのかもしれない。

 いよいよ身体を起こしているのも辛くなり、俺は草原にうつ伏せ状態に倒れ込んだ。


「皆さん今です!! 竜縛抗ドラゴンバインドパイルの用意を!!」


 ダフラの掛け声で奴の仲間たちが数本の大きな杭を数人で担ぎながら現れた。

 そしてその杭を俺の前足、翼などに上から突き刺し大槌で叩いて地面に縫い付けてしまった。


『グワアアアアアッ………!!!』


 あまりの激痛に悲鳴を上げてしまった、振りほどこうにも先の香の臭いのせいで身体に力が入らないのだ。


「無駄です、その杭はある化石から削り出して作られた物なんですがね? その成分がドラゴンを弱らせる効果があるらしいんですよ、それに今のあなたは普段の百分の一も力を出す事が出来ないんですからね、振りほどく事も出来ないでしょう?」


『くそっ……』


 こいつらはきっとドラゴン殺しのプロフェッショナルだ。

 数々の激闘を生き残って来たドラゴンであるこの俺が何も出来ないまま捕縛されてしまった。

 

「痛いですか? 苦しいですか? でもね、あなた方ドラゴンに蹂躙された者の心の痛みはこんな事じゃあ決して晴らせないんですよ!!」


 ダフラが自ら持った例の杭で俺の喉元を掠るように突きさ刺して来た。


『グハアッ……!!』


 どうやら奴はすぐには止めを刺さず心行くまでなぶってからじわじわと俺を殺すつもりらしい。

 俺の脳裏に前世で死ぬ直前にいじめグループに集団暴行をされた時の記憶がよみがえって来た。

 言いようのない恐怖に身体の震えが止まらなかった。


 何だ……結局俺はどこの世界に転生しようにもこんな終わり方を迎える運命さだめにあったのか。

 そうか、なら次は生まれ変わらなくていいよ……神様、もしいるなら今度は俺の魂を消滅させて二度と生まれ変わらせないようにしてください……。


 俺は全てを諦めゆっくりと目を瞑った。

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