第32話 ドラゴンバスターズ!!


 アタイことライラ、メグ、リュウイチ、ミコトの四人で川縁を辿りながら上流を目指し歩いて行く。

 少し空が明るくなって来た、夜が明け始めたのだ。


 リュウジは小舟を使って家族を逃がしたと言っていた、と言う事は川を遡れば彼が住処にしているという洞窟の付近まで迷わず行けるはずだ。


「ねぇねぇミコトちゃん、この翼や尻尾には感覚はあるの?」


 魔術師のメグが瞳を輝かせながら竜人ドラゴンハーフのミコトに近付く。


「えっ……ありますよ当然」


「ちょっと触ってもいいかしら?」


「あっ……メグさん!! ちょっと……やめてください……!! くすぐったい……!!」


「あ~~~なるほど、触り心地はやはり爬虫類寄りなんですね!! このザラザラ感……癖になりそうです!!」


「あっあっ……いやぁっ……」


 メグが口元を緩めながらいやらしい手つきでミコトの翼や尻尾を撫でている。

 ミコトが嫌がってるのにお構いなしだ。


「オイオイ、何をやってるんだ……」


「いえ、私も竜人ドラゴンハーフの方と会うのは初めてでして、ミコトさんにとても興味があるのですよ!!」


 メグは魔術師と言うのを差し引いても、暇さえあれば魔導書や歴史書を読み漁り、古代の魔導器の研究に没頭するなど行き過ぎなくらい好奇心旺盛なのである。

 そんな彼女の前に恰好の研究対象である竜人ドラゴンハーフのミコトが居るのだ、メグが探求心と言う欲望を抑える事など出来る訳がない。

 ただ、どうやらメグの奴はドラミの事が苦手らしく、さっきの皆での会話中は一切話しに加わる事は無かった。

 そしてドラミの目の届かない所でミコトにセクハラ、もとい調査を開始したのだろう。


「程々にしておいてやれよ、相手はまだ二歳児だぞ……」


「あっ……ごめんなさい……つい!!」


 見た目は十代後半のグラマラスな体形をしているが、ミコトはこの世に生を受けてからまだ二年だというのだから驚きだ。

 前例が殆ど無い竜人ドラゴンハーフにあって、この成長速度は正常なのか異常なのかも分からないらしい。


「はぁはぁはぁ……何なんですか、も~~~」


 ミコトがぺたんと座り込み、上気して息を切らしている。

 駄目だぞメグ、ミコトにはまだ早い経験だ……まったくもってけしからん。


「ちょっと待って……誰かいます……」


 先を歩いていたリュウイチの声に一同は息を殺して立ち止まる。


「ありゃあ、竜滅隊の隊員だな……何をしてるんだ?」


 隊員は二人一組で何やら筒の様な物を地面に設置している様だった。

 筒は大人の腰くらいの高さで太さもそれなりにあり先端には穴が開いている、例えるなら打ち上げ花火の発射に使う仕掛けのようだ。

 設置が終わると二人組の隊員は移動を開始、森の奥へと消えていった。


「これは何なのでしょう?」


「おっとミコト、迂闊に触っちゃだめだ!!」


 ミコトが筒を上から覗き込もうとしたので慌てて止めた。

 形状からして先端の穴から何かが出るのは間違いない、覗き込むのは危険だ。

 大方、ドラゴン討伐に使う道具なのは間違いないだろう……しかしどんな効果がある物なのか、この手の知識のないアタイには見当もつかなかった。

 ただ、竜滅隊の戦い方に関してはあまり良い噂を聞かない……恐らくドラゴンを不利にする何かしらの効果が発揮されるのだけは間違いない。


「引っこ抜くぞ……」


「えっ、いいんですか? 問題になりませんかね……」


「いいんだよ……アタイたちはドラゴンリュウジと会話をしに行くんだ、戦いに行くんじゃない……こんな物は邪魔でしかないんだよ」


 そう言いながらアタイはその筒を蹴とばして倒し、上から踏みつけ真っ二つに折ってしまった。


「ああ……やってしまいましたね……これが知れたら私達はお尋ね者です……」


 メグが頭を抱える。


「あいつらはやり方が姑息なんだよ……もっと正々堂々と戦えないのかね……」


「みんなライラさんみたいに強くは無いですから……」


 リュウイチが苦笑いを浮かべる……そうは言うがリュウイチよ、アタイはそんなに人間離れな強さかね?


 少し進むとまた例の筒を見つけたのでへし折る……そんな事を何度か繰り返した。

 そして景色が変わる……遂に岩場に出たのだ。

 ここがリュウジたち家族が暮らしていた洞窟か……。


「良かった……ここはまだ壊されていないみたい……」


 ミコトが心底安心したといった安堵の声を上げる。


「肝心のリュウジが居ない様だが……」


 まだここにいると踏んでいたのだが一足遅かったか……どうやら人間の迎撃に出た後のようだ。


「リュウジは気配を感知する魔法が使えます、きっと戦いやすい開けた土地のあるこっちの草原に行ったのではないでしょうか?」


「そうか、ではそっちに……」


 アタイがリュウイチの指し示す方角へ行こうとした途端、目の前でリュウイチが地面に膝をついた。


「どうしたリュウイチ!!」


「ウプッ……済みません、急に目まいが……何でしょうこの不快な臭いは……」


「うん? 臭いなんかするか? メグ?」


「さあ? 分かりませんけど……」


 アタイには周りの樹々から醸し出される森林特有の緑の香りしか感じ取れない。

 メグも同様らしく首を横に振る。


「確かに臭いますね……魚の油を腐らせたような臭いが……」


「ミコト、あんたにはリュウイチの言ってる臭いが分かるのかい?」


「はい、おじさんほど吐き気には見舞われませんがとても嫌な臭いがします……」


 どういう事だ? アタイとメグには感じ取れないのにリュウイチとミコトにだけ感じ取れる不快な臭い……アタイらとリュウイチたちの違い、それは種族の差?

 もしかしたらドラゴンの血族だけに感じ取れる臭いか?

 それならば合点がいく、純正のドラゴンであるリュウイチには強烈な目まいを伴う体調不良を招き、人間のアタイとメグには効果なし……そして半分だけドラゴンの血を引くミコトには嫌な臭い程度と、感じ方に差が出たんだ。

 きっと竜滅隊の連中の仕業だろう……そのおかしな臭いとやらでドラゴンの身体の自由を奪ってから戦いを挑むつもりなのだろう。


「なるほどな……やっぱり竜滅隊のやる事はアタイの癇に障るねぇ……」


 この臭いが漂っているという事は、ドラゴン討伐作戦は始まっていると思って間違いない……奴らはまだ他にドラゴン対策を持っているはずだ。

 このままではアタイたちがリュウジに会う前に彼が討ち取られてしまいかねない。

 そんな事を考えている内に何か大きな振動が伝わってきて地面が揺れた、木々に留まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ、もう時間が無い。


「リュウイチ、動けるか?」


「済みません、まともに歩く事すらできない様です……」


 地面に座り込んだまま息が荒いリュウイチ。

 これではまともに戦う事は出来ないだろう。

 幸いここはリュウジの家だ、中で休む事が出来る。


「そうか、あんたはここに居な、アタイらはリュウジの所へ急ぐぞ!! メグ、付いて来な!!」


「はい!!」


「あたしも行く!!」


「ミコトは駄目だ!! いくらあんただけ効果が薄くても竜滅隊やつらがどんな対ドラゴン装備を持って来ているか分からないんだ、危険すぎる!! それに弱ったリュウイチをここに置いて行けないだろう? あんたはここでリュウイチおじさんを守ってやんな!!」


「……分かったわ」


「ゴメンねミコトちゃん……君を守るつもりが守られるなんて……」


「ううん……おじさんは悪くないもの……」


「よし、いい子だ……ここは任せた!!」


 ミコトに手を振りメグを連れて駆け出す。

 しかしマズい事になった、こんな事なら竜滅隊のやり口をもっと研究しておくべきだったな。

 出来れば竜滅隊や他の冒険者が来る前にリュウジと話しをしたかったのだが……。

 だがそんなことは今更だ、今はアタイの出来る事をやるまで。


「どうなさるおつもりですかライラさん!!」


「ああ、先ずはさっき見たあのおかしな筒を出来るだけ破壊するよ!!」


「ライラさんはあれが何だか分かったのですか?」


「いんや? ただ引っ掛かる事があって、ね…!!」


 目の前にある例の筒を蹴飛ばして倒す。

 アタイが考えるに、この筒状の装置がドラゴンたちを苦しめる臭いを発生させていると見た。

 なぜそう思うか? それはリュウイチの体調不良のタイミングだ。

 ここに来るまでに筒をいくつか発見して、その都度倒して来た…しかしその時まではリュウイチには何事も無かった。

 しかしリュウジの家の辺りで彼は異臭により突然体調を崩す。

 恐らくそこで筒の仕掛けが作動したのだろう……もしアタイらが森に入る前から発動していたのなら、筒に近付いた時点でリュウイチが苦しんでいたはずだ。


「アタイはこっちから行くからメグは反対から行ってくれ!! 出来るだけ多く筒をぶっ壊すんだ、いいね!?」


「はい!!」


 効率を考え二手に別れた。


「よし、早速一つ目発見!!」


 リュウジの家からそう遠くない所で筒を発見する。

 案の定、筒の先端から白い煙が立ち上っていた。

 アタイには相変わらず何の臭いも感じ取れない。

 だがリュウジもきっとこの不快な臭いとやらに苦しめられている筈だ。

 ならアタイらはその臭いを取り除く。

 体調さえ万全ならばドラゴンが人間に倒される事はそうそうないだろう。

 ただ手遅れにならなければ良いがな……アタイは最悪の事態にならぬ様に万全を尽くすのみだ。

 

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