第28話 ドラゴン会議


 俺が新たな日課の森の巡回を開始して数日……。

 

 人間の森への出入りが以前より増している。

 切っ掛けは言わずと知れた猟師と揉めたあの日からなのだが……。


 これは物凄く良くない傾向だ。

 俺は完全に人間を敵に回してしまった様だ。

 何故ならここ最近は明らかに狩り用の装備ではなく、戦闘用の武器を持った冒険者風の人間の割合が増えていたからだ。

 しかも少人数で統率の取れた者達の。

 今は彼らも本格的な戦闘行動には及んでこない、要するにこの森の地形に把握、ドラゴンであるこの俺の分析、偵察行動の段階だからだ。

 きっと情報収集が終わり、それに対しての戦力を準備出来た段階でこの森に攻め入ってくる事だろう。


 知っての通り俺が人間と揉めたのはこれが初めてでは無い。

 前回も今回同様、人間によるリアンヌ俺の家族への耐えがたい仕打ちへの報復だったのだが、あの時は我を忘れ、村ごと魔法で水没させるという暴挙に出てしまった。

 しかしこれについては何故か人間は俺に攻撃を仕掛けて来なかった。

 ドラミたちが言っていたが、俺の討伐依頼が冒険者ギルドはおろか、人間の各国の軍にすら出なかったというのだ。

 この話を聞いた時は素直に安堵したものだが人間の事だ、今ではそれすらも何かしらの意図があったのではと勘繰ってしまう。


 だけど何でこんな事に……俺は前世の苦い記憶とこの世界での経験から『弱きを助け強きを挫く』という目標を掲げていたはずだ……それは自分と家族、兄弟は元より、他者である人間たちをもひっくるめたものの筈であった。

 しかしいざ蓋を開けてみればどうだ、人間のあまりに自分勝手な振る舞いに我慢できず衝突を繰り返し、終いには敵対してしまうとは……。

 自分の煽り耐性の無さに落胆すると共に、人間という存在の業の深さも改めて思い知ったのだ。

 

 ただ嘆いていてもこの状況がどうなる訳でも無い。

 これ以上関係が拗れない様に自重はするが、人間側が一線を越えた場合はその限りではない……そう、家族に手を上げた場合はだ。

 そうならないためにも家族をどこか安全な場所に匿わなければならないのだが、こう、森への人間の出入りが激しいとかなり難しいものがある。


 そしてそんな状況が続いたある日……。


 人間形態で家の洞窟前に佇んでいると、一羽の真っ赤なオウムが飛んで来たではないか。

 そして俺の前でホバリングの様に空中で羽ばたきを維持している、これは飼いならされているもののようだな、俺が腕を差し出すとそのオウムはおもむろに降り立つ。


『よう、リュウジ……元気か!?』


 オウムが喋ったーーーー!? 

 なんてね、オウムが人の言葉を発する事はそんなに珍しい事ではない、ただこいつはここにいない誰かの言葉を発しているのだ、そう……俺の兄のリュウイチの言葉を。


『驚いたかい? 知り合いの魔導士に施してもらった、オウムを通して離れた相手と会話できる魔法さ』


「ほう、それは便利だな……それで何の用だ?」


 大体予想は付いているが敢えて聞いてみる。


『冒険者ギルドにある依頼が張り出されているんだ、それも近隣の街はおろか国全体にね……』


「それはどんな依頼だ?」


『カリフの森のブルードラゴンを討伐せよ……』


「へぇ~俺たちの住んでる森に名前があったのか、後でマーニャとミコトに教えてやろう」


『はぐらかすなよ……お前、一体今度は何をやらかしたんだ?』


 流石に今のはわざとらしかったか、隠し立てしても仕方がないので俺はリュウイチに事の顛末を全て話した。


『そうか、そんな事が……しかし仮にこちらがこの話を人間側に伝える事が出来たとして、信じてもらう事は出来ないだろうね……人間が人間の肩を持つのは目に見えている』


「そうさ……経験上、人間と対話など成立しない、挑んで来るというなら跳ねのけるまでさ」


『リュウジ、本当に君はそれでいいのかい?』


「いいも何もどうしようもないじゃないか!! 話が通じない相手だってのはお前もさっき言ってたろう!!」


『それはそうだけど、その事じゃなくてさ、僕は君の本心が知りたいんだ……』


「本心?」


『そう、人間と争うのは君の本意じゃないんだろう? 君は優しいからね……』


「………」


 俺は何も言い返せなかった、図星を突かれるとはこの事……これではまるで俺の心が覗かれているかのようだ。

 何となくおっとりと大人しく、ボーっとしている印象があるリュウイチだが、意外に鋭い所があるんだな。


 ここで又新たに何者かの羽音がする、今度は何だ?


『ヤッホー!! お久し振りリュウジ兄さん!!』


 小鳥サイズの黄色いミニドラゴンが目の前に降り立った。

 ドラゴンの癖にリュウイチのオウムより小さい。


「何だ今度はドラミか……今日はどうなってるんだ一体……」


『えっ? どういう事よ?』


『やあドラミ』


『あれ!? その声はリュウイチ兄さん!? いつからオウムになったの!?』


「やれやれ……」


 聞けばこのミニドラゴンはドラミの鱗を埋め込んだ魔導器と呼ばれるからくり人形らしい。

 魔力で操る事が出来、今のように離れた相手と会話もできる優れモノだ。

 大方ドラミも冒険者ギルドの情報から俺達を心配して連絡をくれたのだろう。

 まったく俺の兄妹は揃いも揃って心配性だな。

 しかしリュウイチに話した内容を又新たにドラミにも話さなければならなくなった、二度手間である。


『なあリュウジ、僕たちもそちらに行こうか?』


「いや、駄目だ」


『どうして!? 私の所属ギルドでは、ドラゴン退治を生業にする集団『竜滅隊』や、救国の女傑『女勇者ライラ』がリュウジ兄さんの討伐に参加するって専らの噂なのよ!?』


 外の情勢に疎い俺には誰だそれは? とも思ったが、ドラミの口調からしてとても厄介な者達に違いない。

 だがそれでも……いや、だからこそ……。


「なら尚更だ、俺に加担すればお前たちもそんな人間に目を付けられる、そうなってしまっては俺達ドラゴンの世界を維持する使命に支障がでるだろう? 俺一人で何とか凌いでみるよ」


 二人の申し出はとてもありがたい、しかし俺が招いた争いにこいつらを巻き込みたくないのだ。


『危険だわ……このままじゃリュウジ兄さんだけじゃなく義姉おねえさんやマーニャちゃん、ミコトちゃんも危険に晒されるかもしれないのよ?』


「そうだな、唯一の気掛かりはそれだ、だから家族は川から逃がす……お前たちは森の外の下流であいつらを保護してもらいたい、頼むよ……」


『………』


 流石に二人共押し黙ってしまったか……だがこれは俺が決着を着けなければならない事だ…どうか俺の我儘を聞き届けて欲しい。


『分かったよ……』


『リュウイチ兄さん!?』

 

 リュウイチが重い口を開いた……ドラミは信じられないといった様子だ。


『君のやりたいようにやればいいよ……家族の事は僕たちが責任を持つから心配はいらない』


「済まないな……」


『二人共……どうしてそんなこと……』


 ドラミは涙ぐんでいるみたいだな……馬鹿な兄貴だと思ってくれて構わない。

 

 やがて二人の使いが帰っていった、その後ろ姿を複雑な気持ちで見送る。

 そして俺は踵を返し歩き出す。

 自分に降りかかる火の粉を払う為に……。

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