第27話 ドラゴンは語りたい


「ミコト、始めに言っておくが獲物はその日食べる分だけしか捕ってはならないんだ……あと子供も狙っちゃ駄目だよ」


 森の茂みを進みながら俺はミコトに話し掛けた。


「どうして?」


「森の生命を絶やさないためだよ、一度に刈り取ってしまうと動物や植物が減っていくし、子供を狩ったり若い芽を摘んでしまうと、ついには絶滅えてしまうんだ…そうなってしまったら俺達も食べる物が無くなって困るだろう?」


「パパがいつも言っている『命は大事に』だよね……分かったわ」


「そうだ、自分の命を繋ぐためには命あるものを喰らわなければならない……

しかしそれ以上の事を他の命に強いてはいけないんだ……これはパパが昔の失敗から学んだ教訓だ……」


「パパも失敗する事あるんだ?」


「そりゃあそうさ、生きているものは必ず失敗をするんだよ、ただそれを次に生かせるかどうかが生きていく上での鍵かな」


「鍵……?」


「そう……幸せの扉を開ける鍵さ」


「パパったらキザ~~~」


「おい、どっからそんなツッコミを憶えたんだ?」


 二人で談笑しながら歩いていると、森の中から人の話し声が聞こえる…しかもかなりの大人数だ。

 この声の大きさから察するにそう遠くない所に居る。


「ミコトはここに居るんだ、パパは様子を見て来る」


「うん」


 茂みを掻き分け前に進むと開けた草原に人の一団が居た。

 そこで休憩している男達の会話が聞こえたので耳をそばだてる。


「思った通り大猟だったな!!」


「ああ、昔から雷を操るドラゴンが怖くて誰も近寄らない森だったからな、人の手が入っていないから獲物も狩り放題よ!!」


 奥を見ると野ブタや熊や鹿に始まり、狐や兎、リスなど…ありとあらゆる野生動物の屍が山の様に積まれていた、中にはまだ小さい子供も混ざっている。

 男たちは約十人ほどの団体で、ここにいるのは狩って来た獲物の下処理と運搬をするグループのようだ、その証拠に狩猟道具を持った者が居ない。

 狩りをするグループはまだ奥に行っているんだろう。


 しかしこれだけの獲物をいくら大人数と言っても簡単に狩れるものでは無い。

 一体狩猟道具は何を使っているんだ?


「おう!! 戻ったぞ!!」


 髭面の男と数人が茂みから現れる。

 手にはそれぞれ新たに狩ったであろう獲物をぶら下げている。

 そして俺が注目するのはその狩猟道具だ、あれは……ボウガン!!

 ボウガンは片手で取り廻せるほどコンパクトで、引き金を引くだけで固いバネに弾かれた高速の矢が獲物を貫くのだ。

 その命中率はかなり高く、乱獲にはもってこいの狩猟道具である。

 だがそれでは獲物である動物たちの万が一の生き残れる確率をも奪うもので、環境保護の面から見てもよろしくない……というかフェアじゃない。


 しかしどうする? あの大量虐殺と言っても差し支えない行動を見過ごす事は出来ないが、俺達も迂闊に人間の前に姿を現すのは控えたい。

 こんな森の中で見知らぬ人間に遭遇するだけでも相手は警戒するだろう、自分達が後ろめたい事をしている自覚があれば口封じなどの暴挙に出てくる可能性だってある…まぁ正体がドラゴンの俺が猟師如きに簡単にやられる訳はないのだが。

 だが今はミコトを連れているのでここは見逃す事にする。

 次にもし俺が一人の時に見つけた場合は少し脅かして森から永遠にご退場願おう。


「あいつら……許せない……!!」


「ミコト!? いつの間にここへ!?」


 奥に置いてきたはずのミコトが俺の横まで来ていた。

 獲物の山の中に小鹿を見付けて激昂している様だ。


「落ち着けミコト……今日はもう戻るぞ……」


「どうして!? あいつら子供の動物まで狩ったのよ!? パパが言った事を守っていない!! 命を大事にしてない!!」


 そう言うが早いか、ミコトは猟師達が居る草原へと走って行ってしまった。


「待て!! ミコト!!」


 まずいな……ミコトは家族以外の人間に会うのはこれが初めてだ。

 おまけに相手の人間たちもミコトの容姿を見てどういう反応を示すのか分かったものでは無い。

 俺は慌てて彼女の後を追う。


「ちょっと!! そこの人達!! 何でこんなにいっぺんに獲物を捕るの!?」


「あ~~~ん? なんだこの小娘、どっから来た?」


「そんな事はどうでもいいでしょう!? 一度に動物を狩ったら数が減ってしまうって言ってるのよ!!」


 あちゃ~~~早速始まってしまった、早く止めないと……しかし俺の行く手を樹からぶら下がる蔦が邪魔をする。

 聞こえてくる会話ではミコトの狩猟団への追及が尚も続いていた。


「森はあなた達だけのものではないのよ!? もっと考えて行動してほしいわね!!この一帯は私のパパが治めてるんだから!!」


「何を言ってやがるこの小娘?」


「おかしら……この娘、なんか変ですぜ……あれをよく見て下せぇ……」

  

 髭ずらの男、この狩猟団の頭が小柄な男に耳打ちされ、その指さす方を見た。


「あ? 何だあの尻尾……飾りかと思ったら動いてやがるのか?」


「それだけじゃありやせん、背中の羽根も動いてやすぜ……」


「なっ……何よ? あたしの顔に何かついてる?」


 次の瞬間、明らかに場の空気が変わったのを俺の水探知が知らせる…好奇心、疑念、そして恐怖心が色濃く浮き上がって来た。


「うわああっ……こいつ、亜人デミだ!!」


 一人の男がそう口走ると、周りの好奇の視線が一気にミコトへと向けられた。

 デミとはデミヒューマンの略で、主に亜人を嘲る時や侮蔑する時に使う。

 以前、この世界の一般常識を知りたくてリアンヌにいくつか質問した事があった。  

 その時には彼女には何で今更? という顔をされたが、構わず聞きまくったのだ。

 これは俺が転生者であるが故の認識の齟齬から生まれた事なのだが、その事は未だに誰にも打ち明けていない。

 何故かって? そんな事を言おうものなら、頭のおかしい奴として周りから白い目で見られ兼ねないからだ。


 話を戻そう、この世界にはまず人間が住んでいる、彼らが一番数が多い。

 次にエルフやドワーフなどの高度な精神性や技術を持っている種族だ。

 厳密に言えば彼らも人間にとっては亜人デミヒューマンに当たるのだが、既に市民権を得ている彼らを亜人デミヒューマン扱いする人間は殆どいない。

 では亜人デミヒューマンと呼ばれている種族にはどういった者がいるかというと……人型で二足歩行をする獣、獣人ビーストや半獣半人の人馬ケンタウロス、鳥を人型にしたような鳥人バードマン、水辺にすむ半魚人マーマン人魚マーメイド、等々枚挙に暇がない。

 種族の種類はとても多いが、絶対数は人に遠く及ばない、そのためマイノリティーとして差別されることが多いという。

 この辺は俺の前世の世界と何ら変わらない。

 そしてその偏見がいま目の前で牙を剥き、俺の最愛の存在に襲い掛かろうとしている…。


「お前!!亜人デミの分際で人間様に意見してんじゃあねぇぞ!!」


「何を言ってるのよ!? あなた達が間違った事をしているから注意しただけでしょう!?」


 明らかに動揺しているミコト。

 それはそうだろう、ミコトにはまだ亜人云々についての教育はしていないのだから。


「うるせえな!! 何で人間である俺達が亜人デミであるお前の言う事を聞かにゃならんのだ!?」


「不愉快だ、人間様の前に出て来るんじゃあねぇ!!」


「そんな………」


 次々とミコトに浴びせかけられる罵詈雑言。

 この猟師たちはどうやら差別主義者、人間至上主義者が多いようだな……俺に言わせれば虫唾が走る倫理思考だ。

 そろそろミコトは限界だ……トラウマになる前にここから連れ出さなければ……。


「あああああっ!! 亜人デミなんてこの世に存在してんじゃねえぞ!!」


 取り乱した様子の一人の男がミコトに向けてボウガンを構えているではないか。

 人間の中には亜人デミヒューマンを嫌悪するあまり排除しようとする過激な連中もいるという……まずい、このままではミコトが危ない。

 間に合うか……? 俺は蔦から脱出すると広場に駆けこんだ。


「きゃあっ!! 『風精霊の舞いシルフィードダンス』!!」


 何? ミコトの奴、魔法を使った? そんな素振りは今迄……ああっそうか、気持ちの昂りなど、何かが切っ掛けで新しい魔法が頭の中に閃く、俺が幾度となく経験して来たあれが起ったに違いない。


 ミコトが放った小型のつむじ風は男が構えていたボウガンのバネ部分に中り、弾ける……そして運が悪い事に別方向に居た別の男に暴発して飛んだ矢が右に二の腕に突き刺さってしまった。


「ぎゃあああああっ……!!」


 地面に倒れ込みのたうち回る男……金属製の矢は腕を突き抜けた所で止まっていた。

 これは不幸中の幸い、無理に引き抜かなければ大量に出血をする事は無い。

 仕方ないな、俺の『癒しの水アクアヒーリング』で治療を……。


「この女!! 人間に手を出しやがった!! 構うことはねぇ、やっちまえ!!」


 髭面のかしらの指示で手下の漁師たちは一斉に得物を手に取り構えだした。


「何を勝手な事を!! 先にミコトこっちに矢を向けたのはお前たちの方だろうが!!」


「ああっ!? 何だてめえは!?」


「俺はこの子の父親だ!!」


 こうなってはもう引き下がれない、俺はミコトを背中の後ろに隠すと両腕を広げる。


「それにこの子は直接人を傷つけていない、今のはボウガンの暴発だろう!! そちらの責任だ!!」


亜人デミの父親だぁ!? じゃああんたはどんな化け物のめすを抱いたんだ!? ガハハッ!!」


 猟師のかしらが下品に顔を歪め、大声で馬鹿笑いをする。

 それに同調する様に周りからも笑い声があがる。

 なるべく穏便に……そう思っていた時もあった……しかしこいつの暴言をスルーする事は今の俺には無理だった……。


「見せてやろうか……? 俺がその化け物さーーーーー!!!」


 俺は猟師たちの目の前で巨大なドラゴンの姿になった。

 見る見る大きくなっていく俺を目で追う奴らの驚いた顔と言ったら実に滑稽だった。

 しかしその程度で俺の怒りは収まらない。

 ミコトを脅し、リアンヌを侮辱した事は許しがたい……俺が許しても俺が許さん。

 何を言ってるか自分でも分からないが、それほど怒っているという事だ。


 よし来た、新魔法……『大水飛沫ビッグスプラッシュ』…。


『ここから立ち去れ!! ……『大水飛沫ビッグスプラッシュ』!!』


 俺を中心にして大きな水しぶきが放射状に発生した。

 声もいつもの喋り方ではなく、少しドスの利いた発声方法にしてみた。

 ティアマト母さんや、ドラゴがやっているヤツだ……この方が威圧感が出るだろう?


「うわあああああああっ……!!」

「ぎゃあああああっ……!!」


 これに押し流され猟師たちは全員、森の外へと追いやられて行った。


「やれやれ……やっと静かになった…」


 スルスルと人型に戻った。


「うわーーーーん!!怖かった……怖かったよーーーー!!」


「よしよし……もうあんな無茶したら駄目だぞ? 人間は怖い生き物なんだから……」


「うん!! うん!!」


 すぐさま俺の腕にしがみ付き泣きじゃくるミコトの頭を優しく撫でる。

 彼女が泣きやむまでにはお天道様も傾いていた。

 沢山の獲物の山もこのままにはしておけない、横取りみたいな気もしないでもないが、その一部を今日の収穫という事にして持ち帰った。


 後日も、同一の一団かは分からないが、又しても乱獲する猟師たちに遭遇した。

 今回はドラゴン形態でちょっと脅すだけで退散してくれたので助かる。


 しかしいつの間にかこの森にこんな乱暴な狩りをする人間たちが入り込んでいたとは……この間聞こえていた会話から察するに、ライデンは何かしらの方法で森に人を寄せ付けていなかった様だし……あまり気は進まないが結界なども張らねばならない時期が来たのかもしれない。

 良識を持たぬ人間に舐められるのは正直気分の良いものでは無いからな……それに家族の安全の為もある。


 ……そんな事を考えていた頃、まさか知らない所で大変な事態が動き出そうとしていたとは、その時の俺には知る由も無かった。

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