第20話 逆襲のドラゴン


 近隣の村が滅んで五ヶ月が経った。


 俺はあの日から数日掛けて湖になってしまった村跡から人々の遺体を回収しては埋葬するのを繰り返した。

 見つけられるだけの亡骸は弔えたはずだ。

 勿論こんな事くらいでは罪滅ぼしにならない事は分かっている、しかし多くの命を奪ってしまった責任を自覚するためには必要な事だと考える。

 だからこの罪は一生背負って行こうと思っている。


 しかし襲れていた討伐隊は俺の住処である洞窟に訪れる気配がない。

 まさか村を滅ぼしたのが俺である事に気付いていないのだろうか?

 確かに生存者が一人も残らなかったっていうのはあるが、ここまで放置されていると逆に不安になる、どこかの王国の軍隊並みの大群が攻めてくる前触れなのではないかと勘繰ってしまう。

 しかし俺もただで命を差し出す気は毛頭ない。

 俺にだって守るべきものがある……リアンヌとマーニャだ。


「リュウジ、お昼ご飯の食材が無いわ……何か捕って来てよ」


「ああ、分かった」


 俺は相変わらずリアンヌの尻に敷かれている状態だが嫌な気はしない。

 彼女も性格が少し丸くなり、理不尽に怒鳴り付けて来ることも少なくなった。

 マーニャの存在も大きいがそれ以上に上機嫌な理由が他にあった。


「随分とお腹が大きくなったなリアンヌ……」


 俺は少し出て来たリアンヌのお腹を優しく撫で頬ずりした。


「五ヶ月目だからね、まだまだ大きくなるはずよ」


 そう、リアンヌは妊娠していた、当然お腹の子は俺の子だ。

 あの事件の後、目を覚ましたリアンヌは大層取り乱していた。




「嫌あああっ……!! やめてえええっ……!! もうやめてえええっ…!! ごめんなさい……!! ごめんなさい!! 生きててごめんなさいっ!! 生まれて来てごめんなさい!!」


「どうしたんだリアンヌ!? しっかりしろ!! 気を確かに!!」


「嫌あああっ……!! 人間怖い……!! もう嫌あああっ……!!」


 抱えた頭を振り回し叫びまくるリアンヌ、これは尋常じゃないぞ、恐怖のあまり彼女の心は崩壊寸前だ。

 無理もない、村の人間に張り付けにされた上、罵声を浴びせられ石を投げつけられたのだから。


「落ち着け!! 俺は人間じゃない!! 大丈夫だ!! 怖い人間はみんな俺がやっつけたから!!」


 俺は思わずリアンヌを強く抱きしめていた。

 特にリアンヌに恋愛感情があった訳ではなかった筈なのだが、今は放っておくわけにはいかない。

 もとはと言えば俺が村の生贄施設の情報を知りたいと口にしたのが発端なのだから。


「嫌あ……もう許して……」


「もう大丈夫だ……これからは俺がお前とマーニャを守ってやるから……今日から俺達は家族だ」


「家……族……?」


 その言葉に反応したリアンヌは徐々に身体の力が抜けていき、少しづつ落ち着いて行った。

 マーニャという心の拠り所があったとはいえ、上辺だけのやさしさに満ちた孤児院では得られなかった存在……彼女が俺の嫁ぶっていたのも家族へのあこがれがあったのだろう。


「そうだ……俺といつまでも一緒に居てくれ……」


「リュ……ジ……」


 目に涙を湛えたリアンヌが堪らなく愛おしく感じる……俺はリアンヌに優しくキスをし、彼女と肌を重ねたのであった。




 しかし今となっても信じられない、いくら人間形態に変身できるからってドラゴンが人との間に子を儲けることが事が出来ようとは……。

 前世では若くして命を絶たれた俺だけにとても感慨深い、これは奇跡に違いない。

 みんなの存在が罪にまみれた俺の心を癒してくれる。


「前から言ってるけど、名前考えておいてね」


「ああ、分かってるって……もう少しでマーニャもお姉ちゃんだぞ~」


「うん!! マーニャね、妹が欲しいの!!」


「そうかそうか……」


 マーニャは完全に失語症を克服し、今や家族の中で一番のおしゃべりになっていた。


「パパは狩りに行くの? マーニャも付いて行っていい?」


 いつの間にかマーニャは俺の事をパパ、リアンヌの事をママと呼ぶようになっていた。

 まあ、止めさせる理由も無いのでそのままにしているが少し恥ずかしい。


「ダ~~~メ、まだマーニャには早いよ、ママが身重なんだから付いててあげてくれるか?」


「ぶーーー……」


「そんなブタみたいな顔をしても駄目だよ、マーニャは姉ちゃんになるんだろう? お姉ちゃんは弟や妹を守るものなんだよ」


「……分かったわ……ママとお留守番してる……」


「よし!! いい子だなマーニャは、ご褒美に頭をナデナデしてやろう!!」


「わーい!!」


 恍惚とした表情のマーニャ、彼女は俺に頭を撫でられるのが大好きだった。


「じゃあ行って来るよ!!」


「いってらっしゃいパパ~~!!」


 見送るリアンヌとマーニャに手を振り俺は森へと入っていった。




 「さてと、今日はどんな獲物に遭遇するかな……? 『生命探知ライフサーチ』……」


 俺は以前、マーニャを探すのに使った米印型の探知方法を『生命探知ライフサーチ』と名付けて個別の魔法とした。

 これによっていちいち『浮遊式水泡フローティングアクアンバブル』を唱えて水の球を設置しなくても一発でこの状態を呼び出せるのだ。

 この魔法の存在のお蔭で、狩りの成功率が格段に上がったのだ。

 これから新たに食い扶持が増えるのだからこの魔法はとても重宝する事だろう。


「野ブタ発見!! そこを動くなよ!!」


 俺は矢をつがえて野ブタを狙った。

 しかしその野ブタはひらりと体をかわし、俺の矢を避けたではないか。


「避けた!?チキショウ待ちやがれ!!」


 ハアハアハア……。


 何だってあんな野ブタにおちょくられなければならないんだ…俺は中々野ブタに矢を中てられず、普段足を延ばさない湖の方まで来てしまった。

 今でこそここに来るのは何も感じなくなったが、忌まわしき記憶が脳裏を過る。


 湖に目を移すと怖い程静まり返っていた、普段なら虫やカエルの鳴き声が聞こえるのだが、今は全く聞こえてこない。

 それはまるで恐ろしい存在に見つからない様になりを潜めている様だった。


「はっ……!?」


 俺の水探知が反応する…確かにこの湖に何かが近付いて来る、それも気分が悪くなる程邪悪な気配を漂わせる何かが……。

 俺は近くの朽ちた巨木の切り株の裏に隠れて湖の様子を窺うことにした…

 虫やカエルに倣って俺も息を殺して…。


 バッサバッサ……。


 これはとても聞き覚えのある羽音だ、何せ俺自身が発する羽音と同じだからな。

 力強く羽ばたくそれは間違いなくドラゴンのもの……一体誰だ? まさか俺の地脈テリトリーを奪いに来た別のリューノスのドラゴンか?

 以前、ティアマト母さんから聞いた事がある……リューノスは俺達が育った以外の物が複数存在すると。

 だから兄弟である赤いドラゴンのリュウイチ、黄色いドラゴンのドラミ以外が現れた場合はすべてよそのリューノス出身のドラゴンと思って間違いない。


 一体どんな奴だ? その姿だけでも拝んでやる。

 待ち構えていると徐々に湖のほとりが暗くなっていく、まだ昼過ぎで日が暮れるまでには時間があるはずなんだがな。

 そしてそのドラゴンは完全に地上に着地した。

 そのドラゴンの姿を確認した途端、俺の背筋に冷たい物が走る……。


「あっ……あいつは……」


 巨大な体躯、モスグリーンの外皮に右目が塞がった隻眼のドラゴン、間違いない、あいつは俺の弟にして妹スーの仇のドラゴだ!!

 しばらく見ないうちに更に身体が大型化していやがる。

 今ならきっとティアマト母さん母さんより大きいに違いない。

 まさかこんな所で奴に会おうとは……ここで会ったが百年目、今すぐにでもとっちめてやりたい。

 しかしここで争うのは絶対に避けたい、あいつと一戦交えるという事はここら一体の大地が砕け、地脈がズタズタになってしまう可能性が大きいからだ。

 それに俺の住処がそう遠くない所にある、リアンヌとマーニャ、これから生まれてくる子供を危険にさらす訳にはいかない。

 俺は何とか平常心を保ちドラゴの観察を続けることにした。

 しかしドラゴの奴、一体何しにここへ来た?


『クククク……感じるぞ……この魔力の匂いは間違いない、リュウジの匂いだ……』


 何!? あいつ……俺を探しているのか!?

 しかし魔力の匂いとは一体……もしや俺に水探知の能力があるのと同じようにドラゴには魔力に臭いを感じ、それの持ち主を特定できるのか?


『この水の匂いはかなり薄いが、この辺は奴の匂いがまだ濃いな……間違いない、つい最近までリュウジはここに来ていたはずだ……』


 これは非常にまずい、今の俺は人間形態でその魔力の匂いとやらを押さえていられるらしく、奴は俺の存在に気付いていない様だ。

 だが、もしここから俺の魔力の残り香を手繰って洞窟に向かわれては一大事だ。

 何の準備も無しにドラゴと戦うのは非常に危険だ、だが自分の命より大事な物が今の俺にはある。

 俺は意を決してこの場で元の姿であるドラゴンに戻った、俺の身体に押しつぶされ木がなぎ倒される。


「ようドラゴ……久しぶりだな……」


『ほほう……こんな所に隠れていたのか兄上殿……匂いを感じなかったが、お得意の人間にでも化けていたのかな?』


「隠れていたとは心外だな……俺がいた所にたまたまお前が来たんだよ」


『ククク……そういう事にしておいてやろうか、臆病者の腰抜けめ』


「勝手に言ってろ、相変わらずいけ好かない野郎だなドラゴよ……」


『そうそう、スーの奴は元気かい? まさか相変わらずお花を咲かせてお姫様気分なんじゃなかろうな』


 俺のこめかみの血管がビキッと浮き出る。

 こいつ!! わざと言っているのか!?


「スーは死んだよ……お前が付けた傷が原因でな……」


『そうかい……あの程度の傷で死んでしまうなんてやはりあいつはドラゴンに生まれて来るべきではななかったんだ』


 「『鉄砲水ウォーターガン』!!」


 俺は何のためらいもなく水流を掌から発射した、卑怯だろうとなんだろうと、もうこいつにスーを侮辱させ溜まるてたまるか!!

 しかしドラゴは寸での所で身体を反らしそれをかわす、この至近距離から速度のある『鉄砲水ウォーターガン』を発射したんだぞ!? なぜ避けられる!?


『おっと……不意打ちとは恐れ入る……そんなに俺が憎いか?』


「当たり前だ!! 俺が今迄どんな気持ちでいたかお前には想像できまい!! いい機会だ、今日こそ決着を着けようじゃないか!!」


『俺だってこの日を待っていたんだぜ? 俺の右目を潰したお前に報復する日をなーーーー!!!』


 偶然突発的に始まってしまった俺とドラゴの宿命の戦い……果たして勝負の行方はいかに……。

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