第16話 ドラゴンの嫁


「ちょっとリュウジ!! そこを退いてよ!! お掃除できないでしょう!?」


「ああ、ゴメン……」


 リアンヌに怒鳴られ俺は今いた場所から移動する。

 彼女の言動はドラゴンの俺に対しても全く遠慮がない。


「全く、あんたはただでさえ図体がデカいんだから気を利かせなさい!! それとこれからは私もここに住むんだから掃除は毎日まめにやるわよ!!」


 リアンヌが箒で洞窟内の誇りを掃き出していく。


「ほら、そんな所に突っ立てるくらいなら水を汲んで来てちょうだい、それとついでに夕飯の食材を捕って来て!!」


「はい!! 只今!!」


 俺は桶を複数お籠を持つとすぐさま飛び立ち、森へと向かう。


「ふぃ~参ったな~……」


 川のほとりに降り立ちため息を吐く。

 俺はこの一帯の地脈の主になったはずなのに何でこんな扱いを受けなければならないんだ。

 これではまるで俺はリアンヌの使いっ走りだ、いや尻に敷かれた旦那と言った方がしっくりくるか、無論学生時代に死んだ俺に結婚経験など無いが。


 昨日、リアンヌの境遇を聞いた、幼い頃に両親を亡くしたリアンヌは孤児を纏めて面倒を見ている村長の元に引き取られる。

 しかしその村長の孤児院には何故か少女しかおらず、不定期に少女が居なくなることがあった。

 リアンヌにもとうとうその順番が回って来た。

 化粧を施され綺麗な装飾具を付けられた挙句、足首を刃物で切られ、目隠しをした状態で籠で運ばれた。

 そこで初めて気付く、自分は生贄にされるのだと……。

 そう、その孤児院は竜神に生贄として捧げる為の少女を飼っている牧場だったのだ。

 この話を聞いた時は怒りでこめかみの血管が切れそうになったね、マジで。

 それから彼女がここの祭壇に捧げられたのはご存知の通り。


 だから俺はリアンヌにこんな所に居る必要は無い、どこでも好きな所へ連れて行ってやろうと提案したのだが、彼女はそれを拒否、ここに俺と一緒に住むと言い出して今に至った訳だ。

 

 俺がリューノスに居た頃はエミリーに身の回りの世話をしてもらっていた訳だが、今や逆にリアンヌにこき使われる毎日だ。

 嗚呼……あの頃は恵まれていたんだな、エミリーは今頃どうしているだろう……。

 おっと!! こんな所で油を売っていては帰りが遅くなる、またリアンヌにどやされてしまうな。

 それから一時間ほどかけて山菜と野ブタ一匹と兎三匹、魚を二匹捕まえて籠に入れ、桶に水を汲みそれらを抱えて、飛んで住処に戻った。


「へ~やるじゃない……これだけ食材があれば今夜はご馳走ね!!」


「それはどうも……」


 ドラゴンの威厳なんてありゃしない。

 実は俺、狩りの経験が全くなかったのだ。

 彼女と暮らす事になった初日はそりゃ散々で魚を一匹しか取れなかったのだ。

 その時のリアンヌの剣幕と言ったらドラゴンの俺すら委縮してしまう程恐ろしいもので今でも思い出すだに身震いしてしまう。

 それからは俺の狩りの腕も上達してそれ以来、彼女に叱られる事は無くなったけどな。

 リアンヌは確かにかなりきつい性格をしている、しかし根はやさしい子だと言う事は俺だって分かっている。

 

 夜な夜な寝言でマーニャと言う女の子の名前を呼んでは枕を濡らしているのを俺は知っている。

 恐らく孤児院で一緒に暮らしていた子の事を夢に見ているのではなかろうか。

 これに関しては何とかしなければと俺も思っている。

 しかしドラゴンがいきなり人間の村を訪れたらどうなるだろう。

 例え襲撃ではなかったとしても大問題となるだろうな、下手をすると冒険者による討伐隊が送り込まれて俺は討ち取られてしまうかもしれない。

 

 ふと料理をしているリアンヌの後姿を見る。

 彼女の服はここへ生贄として連れて来られた時のままのスケスケの薄布のみ。

 下着すら付けていないのだ。

 横に移動する度にひらひらとめくれ上がり正直、かなり目に毒だ。

 そうだ、明日は人間に変化して村へ行き、彼女の服を調達してこよう。

 果物や山菜を村で売れば金が手に入るだろうからそれで服を買えばいい。




 次の日……。


「ちょっと今日は遅くなるから……」


「何でよ?」


「ちょっと野暮用だよ……」


「まさか女に会いに行くんじゃないでしょうね!? 私と言うものがありながら!!」


「ちょっと待て!? 俺達はいつ付き合ってる設定になった!?」


「何言ってんのよ!! もう何日も同棲してるんだから私達夫婦みたいなものでしょう!?」


 何だコイツ、もしかしてリアンヌはかなり面倒くさい女なのではないだろうか?

 こういうの、メンヘラっていったっけ?

 そもそも俺はドラゴンだぞ? 人間の女に興味がある訳……あるな、大いにある。

 だが今回は断じてそんなやましい理由で出かけるのではない。

 サプライズでお前の服を買って来て驚かせようと思ってるんだから黙って行かせてくれないかな。


「ったく、付き合ってられん……もう行くぞ!!」


 俺は構わず翼を広げ飛び立つ。


「ちょっと!! 待ちなさいよーーー!! リュージー!!」


 背中越しにリアンヌの呼び止める声が聞こえたが、この際無視した。




 暫く飛行してから周囲の目に留まらない様にこっそり林道に降り立つ。

 流石にドラゴンの姿のまま村に行く訳にはいかないので、村からやや離れたこの場所で人間形態になった。

 俺の額にはドラゴの奴に付けられた大きなバッテン傷があるが、人間形態になってもこの傷は残ってしまう。

 そこでバンダナを額に巻いて隠すことにした。

 これの方がゲームの主人公って感じでカッコいいだろう?密に気に入っていたりする。


「さてと……いくらで売れるかな?」


 俺は山の幸が詰まった籠を肩に掛け、村へと続く道を歩いて行く。

 ここからでも既に村の外観が見えるが、中々規模の大きな村の様だ。

 ただ気になるのはやたらと物々しい門があること……しかもこちらは俺の住処がある方角じゃないか。

 生贄の件も有るが、この村がどれだけ竜神を恐れているかが想像できる。

 そう言えばこちらに転生してから人が多く住まう場所へ行くのは初めてだな。

 なんか緊張してきた……そもそも俺はあまり人と接するのは得意な方じゃ無かったっけ…。

 しかし目的がある以上、ここまで来て引き下がれない。

 ゲームでNPCの道具屋にアイテムを売るつもりになって乗り切ろう。

 そんな事を考えている内に村についてしまった、こうなったら覚悟を決めるぞ。

 

「はい!! 今朝森で取って来たばかりの山菜に果物だよ~!! 新鮮だよ~!!」


 市場の一角に敷物を敷き、売り物を並べ商売を始めた。


「へ~この果物、森のかなり奥まで行かないと取れないんだよな~よく取って来たな」


 早速若いあんちゃんが俺の売り物の果物を手に取り感嘆の声を上げている。

 これは早速買ってもらえるかな?


「あんた、見かけない顔だね……この市場は初めてかい?」


「はい、最近森の奥の方に引っ越して来たんですよ」


 少なくとも嘘は言っていない。


「なら知らないのも無理はないか……この場所で商売するのならゴルド様の許可を貰わなきゃな」


「そうなんですか? それは済みません……それでどこに行けばその許可を頂けるんで?」


「いいよいいよ、俺様が預かってゴルド様に渡しとくから……そうだな~取り敢えず500ルピア寄こしな」


 この世界の通貨単位はルピアと言うのか。

 成程、人間には人間のルールがあるもんな、人間の里へ来た以上、それに従わなければなるまい……でもこれドラマとかでよくあるシチュエーションだよなぁ。

 俗に言うみかじめ料やショバ代などの本来は払わなくていいお金。


「済みません、生憎今は一銭も持ってないんですよ……これから稼いで払いますんでまた後で来てもらえますか?」


「何だとぅ!? ふざけてんのかテメェ!!」


 突然目の前の男の態度が豹変、激昂して俺の胸ぐらを掴んで来た。

 やれやれ、前世の俺ならいざ知らず今やドラゴンに生まれ変わった俺にとってこんなのはコケ脅し以外の何物でもない。

 こんなチンピラ、簡単にひねることはできるがさて、どうしようかな。


「このガキ!! 待ちやがれ!!」


 今度は何だ? 全く騒がしい村だな。

 俺の目の前を果物を沢山抱え込んで走り抜けていく幼い女の子がいた。

 そしてその子を追いかけて行く大人の男が数人、恐らくあの少女が窃盗を働いて店の者に追いかけられているのだろうが、捕まった場合は少女と言えど、きっとタコ殴りにされてしまうのがオチだ。

 見かけてしまったのも何かの縁、ここはちょっとお節介をしたいと思う。


「はいはい、お兄さん……ちょっとゴメンよ~」


 俺を掴んでいるチンピラの腕を掴んで軽くひねる。

 ポキンと軽い音を立ててチンピラのあんちゃんの右腕があり得ない方向に折れ曲がった。


「ぎゃああああああっ……!! いででででっ……!! 腕が!! 腕がああああっ!!」


 腕を押さえ地面をのたうち回るチンピラ。

 それをよそに俺は売り物をほったらかし泥棒の少女を追いかけるのであった。

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