第15話 ひとりぼっちのドラゴン生活
ライデンの亡骸を近くの森に埋葬し墓標を立てた日から数日、俺は住処の構築に取り掛かっていた。
とはいっても元々ライデンが長きに亘って拠点にしていただけあって、岩場の洞窟は身を隠すには持ってこいの場所だった。
やる事と言えば寝床に敷かれている干し草の交換位なもので、特に手の掛かる事は無かった。
ドラゴンは人間と違って家具やインテリアの類が必要ないってのもある。
前世が人間だった俺としてはもう少し内装に拘りたい所ではある。
時間はたっぷりあるんだ、おいおい考えていこう。
ただ一つ気になったのは洞窟からやや離れた所にある岩の台らしき物。
足元から50cm程の高さ、幅2m×60cmくらいの長方形で天面が均一に平らになっていて明らかに人工的なものだ、例えるなら岩で出来たベッドだ。
おまけに両脇には何かを刺し込めるような穴もある。
これらの特徴から導き出される答えは……祭壇だ。
ドラゴンは人間などの多種族からは恐怖や信仰の対象であったりする。
前者は魔獣として討伐の対象となり、後者は竜神と崇められ信仰の対象となる。
自然現象……こと天候不順や作物の不作、疫病の蔓延などを神の啓示と捉え、神仏に懇願する事によって状況の回復を願うのである。
その際に必要となるのが供物……生贄だ。
その種類にはいくつかあり、木の実や果物、魚などの当たり障りの無い物から、羊や牛といった家畜、そしてこの目の前の祭壇から連想される生贄は………。
「うん? 何だろう、何やら物音がする……何かが近付いてくる……?」
野生動物なら問題ないが、狩人や冒険者などの人間だった場合は姿を見られる訳にはいかない、大騒ぎになってしまう。
俺は祭壇らしき物から離れ近くの岩場に身を隠す。
物音は段々と大きくなる、どうやら人間が複数人来た様だが一体何しに来たんだろう?
そして程なくその団体様はさっきまで俺がいた祭壇らしき物の前で止まった。
慎重にそちらを覗き見ると、複数の白ずくめの服を着た男たちと、頭にはヴェールを被り、身体のラインが透けて見える薄い桃色の布を纏い、ティアラやネックレス、ブレスレットなどの煌びやかなアクセサリーで着飾った少女が居た。
赤毛の癖っ毛で青い猫目の少女……顔立ちはかなり整っているが、表情は暗い。
その少女は男たちの手を借り祭壇の上に昇り、横になると胸の前で両手を結ぶ。
「悪く思うなよ、これも村の為……お前の命が村の皆の命を救うのだ……」
しわがれた声の男性……この人物はかなりの高齢の様だな、近くの集落の村長か何かだろうか。
しかもこのザ・テンプレと言わんばかりの台詞はハッキリ言って不愉快だ。
「はい……身寄りのない私を今迄育てて下さってとても感謝しております……
こんな私の命が皆様のお役に立てるのならばこんなに喜ばしい事はございません」
続いて少女が言葉をつむぐ……感謝の弁を述べている様だが、その声からは全く精気を感じない……これは完全に言わされている台詞だ。
男たちは少女の載る祭壇に向かって一斉に跪き手を合わせ祈祷を始めた。
お分かりの通り、これがさっき俺が言いかけた最後の生贄候補……人間の少女だ。
今思うとリューノスに居た頃の世話係のエミリーたちもこんな感じでティアマト母さんに捧げられたんだろうな。
そしてこの一団は俺に生贄を捧げに来たと言うわけだが、しかし何故?
俺はここに来てまだ数日だ、なのに何故新しいドラゴンである俺が拝み奉られる?
あっ、そうか……数日前の俺とライデンの戦いが原因か……。
あれだけ派手に暴れまくったせいで近隣の村や町にまで被害が及んだんだな。
それに恐怖した人々が荒ぶる竜神を鎮めるために生贄を捧げに来たって訳か。
恐らくライデンはこの地方の竜神だったんだ、きっと俺に代替わりしたなんて人間たちは知らない、だからこれはライデンに対する供物だろう。
しかしこれは俺にも責任があるな、ここで出て行って生贄など要らないと追い返すことも可能だが、この世界の信仰や風習を探る意味でもここは一度成り行きを見守ろう。
約一時間後……。
酒宴、舞踊などの儀式の後、男たちはゾロゾロと祭壇を後にした。
あいつらがいなくなったらすぐにでもあの少女を開放してやろう。
俺は生贄なんて望んじゃいないのだから。
ただ、竜神が生贄を受け取るのを確認しようとする不届き物が潜んでいる可能性がある、祭壇の少女には悪いがもう少しだけ待つ事にする。
更に一時間後……。
よし、そろそろいいだろう、俺は水感知魔法で人の気配が無いのを確認した。
岩場の影からおもむろに祭壇に向かって歩き始める。
「……ひっ……ひいいいっ!!!!」
物音に気付いた少女が目を大きく見開き、俺の姿を確認するや否や頭を抱え涙を流して悲鳴を上げ始めた、折角の可愛い顔が台無しだな。
ううっ、心が痛い……まさか俺がこんな立場に置かれる事になるとは。
いじめっ子やサディストならばここは支配や虐待したい欲求が湧きだすところなのだろうが、生憎俺にはそちらの趣味は無い。
「ああ、怖がらないで、痛い事は何もしないから」
「いやっ……いやあああっ……!!」
完全に頭を抱え込み、丸まったまま震える少女、取り付く島が無い。
しかし不自然なのは何故かその少女は祭壇の上から逃げようとはしないのだ。
恐怖で身体が竦み、足が動かないのかもしれない、しかしそれにしたって足があまりにも動かないではないか。
うん? 両足首にリボンが結んであるな、俺はそれが気になり少女を傷つけない様に軽く爪でリボンを切り、取り除いてみた、すると……。
「……これは……!!」
リボンを巻いてあったそこは刃物らしきもので切り込まれた深い傷があった。
恐らく生贄であるこの少女が祭壇から逃げ出さない様にアキレス腱を切断したんだ。
ギリリッ………。
俺はあまりの不快感に唇を噛んだ、滲み出た血液が顎を伝う。
自分ではない他人を犠牲にしておいて尚この仕打ち、俺の前世も、この世界も、人間の業の深さは何も変わらない……反吐が出るぜ。
「はっ……!!」
ここで又、脳内に閃きが起った。
(『
来た……一番待ち望んでいた力が……。
俺は早速少女の足首の傷に手をかざし、覚えたばかりの『
この力がスーの時に覚醒していたなら……しかしもう過ぎてしまった事だ、くよくよしていたらスーに叱られてしまうな。
「えっ……? ええっ……!?」
少女は目を白黒させる、信じられないといった表情だ。
「見ての通り俺はドラゴンだが、君に危害を加えるつもりはない……信じてくれないか?」
「………」
そりゃあそう簡単には打ち解けられないよな、それならば……。
俺は人間の青年の姿に変化した、そして少女の手を取りなるべく優しく話し掛ける。
「俺の名はリュウジ……君の名前は?」
「……リ……リアンヌ……」
絞り出すようなか細い声で名乗る。
「リリアンヌ?」
「違います!! リアンヌです!!」
「ぷっ……アハハハハッ!!」
「何がおかしいんです!?」
名前を間違えられたことに憤慨するリアンヌ。
「いやあ、ごめんごめん……さっきまで震えていた子がこんなに気が強いとは……ギャップ萌えって奴?」
「ちょっ……ちょっとどもっただけでしょう!? 仕方ないじゃない!!」
やっと本来の性格が出て来たようだな、いい事だ。
「でも、足を治してくれたことには礼を言うわ……ありがと……」
俺から目をそらして顔を赤らめるリアンヌ……かっ……可愛い…。
これは将来有望なツンデレ娘ですな。
この生贄の少女、リアンヌと出会った事で俺のドラゴニアでの生活は大きく動き出すのだった……そう、世界を巻き込む程大きく……。
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