第二章 逃げた黒猫と転校生 9

 結論から言うと、転校生は可愛かった。

 美しいといっても過言ではないほどに可愛らしかった。

 芝原直人は女性に関わらず、美しいものと可愛いもの、素晴らしいものと芸術性のあるものが好きだった。そして、それ以上に面白いものと意外性あるものが好きだった。

 その、モノ好きであるといっても過言ではない芝原直人が、それらすべてを併せ持つ彼女に食いつかないはずがなかった。

「まっさかー」

 自身の机の上に怠惰な体勢で頬杖をつき、にやりと厭らしい笑みを浮かべたまま。

 芝原直人は、窓際で小さな体を更に小さく縮めている転校生に好奇の視線を投げつけていた。

「あんな堂々と覗きをするやつがいるなんてねー。なあ、タカ」

 と、軽薄な瞳で軽薄な言葉を吐いた幼馴染に、大河内貴は憮然と顔を顰めた。あからさまに不愉快だというオーラを醸し出し、噛みつくように声を出す。

「覗きじゃねぇっ……」

「そうだよ芝ちゃん。どっちかっていうとこれは立派な不法侵入と公然猥褻罪だよ」

「覗きじゃねぇぇぇぇ!」

 自分の言葉を遮った彬の声を更に遮るようにして雄叫びを上げる、タカ。予想外に響いたのだろう、目の前では彬と直人が耳を抑えて蹲っている。

「大体、考えてみろ。そもそも、あいつが更衣室間違えたのがいけねーんじゃねぇか」

 ふん、とひとつ鼻を鳴らし、顎先だけで遠く彼方に座り込むセーラー服を指示した。ブレザーばかりの生徒の中、黒いセーラー服は嫌というほど浮いていた。

「アキラくん、それって捕まるの?」

「公然猥褻罪は六か月以下の懲役もしくは三十万円以下の罰金または拘留もしくは科料に処されます」

「話を聞けぇぇぇぇ!」

 勢いのまま立ち上がり、椅子を持ち上げそれを思い切り投げつける。宙を飛んだ椅子は直人の顔面にこれまた勢いよくヒットし、そのまま後頭部から倒れこんだ。

「どっかの変態と一緒にすんじゃねぇ、アホが」

 澄んだ碧眼をさけずみの色で染め上げて、ふん、と口元を歪める、タカ。

 直人は「痛い痛い」と顔面と頭と両方から血を流しながら立ち上がると、頭の後ろで腕を組み、ぐるりと教室内を見渡した。

「にしても、転校生は可愛いねぇ、タカちゃん」

 ぴくり――というのは、彼の金髪の揺れる音。

「うん」

 と、彬も直人に同意する。

「なんかこう、小動物っぽいよね。餌上げたくなる」

「守ってあげたくなるっつーか」

 ぴくりぴくりと金髪を反応させながら、徐々に顔を曇らせる、タカ。直人はそんな彼に気が付いているのかいないのか、にやりと厭らしい笑いを浮かべ、拗ねた表情を作るタカの肩に腕を乗せ、体重を掛けた。必要以上に顔を寄せ、耳元で彼の名前を囁く。

「たーかーちゃーん?」

 じっとりと絡みつくようなその声に、タカはまるで寄ってきた虫から逃げるようにして首を逸らした。にやにやと笑みを浮かべる直人の顔を押しのけて、「なんだよ」と顔を顰める、彼。

 直人は自分の顔に押し付けられたその手のひらを押しのけて、金色の髪を掴んで引き寄せた。

「なんっか、ムキになってないー?」

 やたらと近いその顔と声にこめかみを吊り上げ、再度その顔を押しのけ距離を作る。「なってねぇよ」と呟いて。

 直人はタカから距離を取り、腕を組み顎に手を当てまるで探偵のような仕草を取ると、

「ふぅん」と口元を吊り上げた。

 それから「まぁいいけど」と呟いて、その長髪を遊ぶようにして摘まみあげ、掻きあげ、いった。

「パンツ何色だった?」

「ピンク!」

 その瞬間にかちあう、青い瞳と黒い瞳。 

 潤んだ黒真珠が嫌悪感で歪められ、きっ、とそれを逸らされる。

「……サイテー……」

 賑やかな教室なのに、こんなにも席が離れているのに、小さなその声はひどくまっすぐ弓矢のようにして彼の耳まで飛び込んできた。タカの金髪は射られたように動きを止めて、指の先から砂のようにさらさらと音を立て崩れ落ちる。

 そんな彼の横で。小金井彬は「馬鹿だな」というように溜息をついて、芝原直人は腹を抱えて大笑いをしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る