断末魔ネットの最後の投稿をおたのしみに

ちびまるフォイ

自分がうまくできる人間とは限らない

真っ暗な背景に白い文字でWebサイトが表示されていた。


『 断末魔ネット 』


興味本位でスクロールすると再生ボタンがあった。

再生の三角マークをクリックする。


『キャアアアア!! 痛い!! 痛いぃぃ!! やめ――』


爆音で女性の悲鳴が聞こえた。

深夜だったので慌てて停止ボタンを押して止めた。


「び、びっくりしたぁ……」


部屋に反響した絶叫でこのサイトがなんなのか悟った。

サイトにはいくつもの投稿者がたくさんの断末魔の声を投稿している。


『てめぇ……許さねぇからなぁ……覚えたぞ、その顔……』


ひとつは怒りの感情が濃くにじむ男の断末魔。


『うそ……うそよ……なんで……どうし……て……』


ひとつは驚きや戸惑いが声に乗る若い女の断末魔。


『リエちゃん……お腹へってない……ママ、すぐ戻るからね……』


遠くでサイレンが聞こえるような女の断末魔。

やじうまのガヤガヤした音や外の風の音まで流れて聞こえる。


「これは……すごい……!」


声優志望の人たちの交流の場なのかと最初は思ったが、

あまりに現実味のある音声が含まれていて、これは遊びじゃないと肌で感じた。


朝目が覚めると、電気がつけっぱなしの部屋でパソコンにつっぷしていた。


「いっけね……あのまま寝ちゃってたのか……って時間!?」


慌ててスーツを掴んで会社へダッシュした。

会社にいるときも頭の中は断末魔ネットのことばかり考えていた。


この平和な日常の裏であんなにも残虐で恐ろしい断末魔が響いているかと思うと

自分の知らない世界が広がったみたいで興味がわく。


家につくと部屋の電気はつけっぱなしだった。


「ああ……またやっちまった……」


部屋の電気を消し忘れるくせがあり、いつも電気代がかさむ。

毎朝遅刻スレスレに起きて慌ただしく出ているのも原因だが。


そんな自責の念は断末魔ネットを開くまでのわずかな時間で消えた。


『僕は死なない……大丈夫……こんなのは死ぬわけないんだ……』

『げほげほっ……げぼっ……あ……ぐ……』

『私が死んで……みんな不幸になればいい……あはは……はは……』


わざわざ購入した高いイヤホンで断末魔を聞き続ける。

日常で感じられないリアルが耳から這い寄ってきてゾクゾクする。


「すごい……すごいすごいすごい!!」


それから断末魔ネットを見ない日はなかった。

毎日夜遅くまで聞きまくっては翌日に遅刻ギリギリでダッシュする。


「ああ……また電気やっちまった……」


で、家に帰ってきて消し忘れの部屋をみて凹む。

そんな日々も長く続くと自分でも断末魔を聞きたい欲求が強くなっていった。


今までイヤホンでしか聞いたことのない断末魔。


目の前に人がいて、実際に叫んで聞かせてくれる場を想像すると

自分でもどんな感情が湧き上がるかわからない。試してみたい。


観光客や旅行の人が多く訪れる駅に出向くと道案内のフリをして確保する。

動けないように縛り付けるとこれから殺人を行うと説明する。


「どうしてこんなことするの!? 何もしてないじゃない!?」


「そうそう。その調子。そのボリュームで。

 あんまり小さい声だとうまく録音できないから」


「あんた頭おかしいよ!! 誰か! 誰か助けてーー!!」


「いい!! その感じ!! それじゃいくよ!!!」


体に刃物を突き立てるとさっきまでハイトーンボイスで叫んでいたはずが急に静かになってしまう。


「あ、あれ……? どうしたの……? ほら、最後の言葉を残さないと?」


「あ……ああ……あ……」


「ええええ……それで終わり?」


初回は大失敗に終わってしまった。

録音した音声を断末魔ネットに投稿して聞いてみる。


『あ……ああ……あ……』


録音器材を体から離していたせいかややノイズがのっている。

初回断末魔は大失敗だった。


反省点をふまえて何度か挑戦しはじめた。


手際もだんだんよくなって効率的にクリアな音声を残せるようになった。

それでも回を重ねれば重ねるほどに、満たされない気持ちばかりが増えていく。


「なんか……現実はこうもつまらないんだなぁ……」


使い切りのエプロンを燃やしながら少し凹んだ。


断末魔ネットには老若男女さまざまな断末魔が聞ける。

そのシチュエーションも絶叫型や絶望型などさまざまだ。


なのに、いざ現実でやってみるとどれもありきたりで単調。


そのくせ後片付けから下準備まで時間と手間と金がかかるというハイリスク。


「もういいかな……やっぱり聞くのと実際にやるのとじゃ違うんだな……」


一流のプロスポーツ選手に憧れてサッカーに挑戦して、

現実との落差にがっくりするようにもう投稿するのをやめようかと思ったとき。


自分の断末魔ネットにコメントが届いた。



>いつも応援しています! あなたの断末魔がいちばん好きですヨ!



「うそ……俺に、こんな俺にファンが……?」


詳しくやり取りしていると、大失敗した初回の断末魔から聞いてくれている。

こんなにうれしいことはない。


諦めかけていた情熱を取り戻して、また頑張ろうと心に誓った。


翌日、また点けっぱなしの部屋に戻るとコメントが届く。


>今回のもよかったです! 長尺でじわじわ死んでいくのが聞けて

 こっちまでその場にいるような緊張感でもう最高でした!!


コメントを読むだけで顔がにやける。


「もっと頑張らないとな!! うん!」


これまで自分のためだけに断末魔を聞いていたが、

自分が引き出させた断末魔で誰かが喜んでいるのが嬉しかった。


いくらお金をかけて、1回きりしか使わないであろう拷問器材を買っても

誰かが喜んでくれるならと思うとまったく気にならなかった。


まるで恋をする思春期のように一途に断末魔を求めて、

さまざまな人種やバリエーションを変えてあきさせないように投稿を続けた。


ますますファンとの距離は近くなり、投稿すると秒でコメントが来る。



>今回は外国の人だったんですね! 言葉が通じないからか恐怖感がすごくて!

 今までいろいろ断末魔を聞いてきましたけど、あなたの投稿が一番です!


「いやぁ、照れるなぁ。べた褒めじゃん」


今思えば最初に断末魔ネットにハマって、

ジャンルを問わずめちゃくちゃに断末魔を聞きまくったのがよかった。


何が多くて、何が少なくて、何が喜ばれて、何がダメか。


そういったことが体に浸透している気がする。


>あなたの断末魔が楽しみでもう夜も眠れません!


>私も、あなたに喜んでもらえる断末魔を次も投稿しますね

 いつも応援ありがとうございます


結局、その日の夜も遅くまで次の断末魔についてアイデアをめぐらせて寝落ちした。

翌日は遅刻でこっぴどく上司に怒られていたが気持ちは別のことばかり。


(次の断末魔はどうしよう)


「おい、聞いているのか!!」

「はいぃ! 私でござますね!!」

「お前のことを言っとるんだこのバカ!」


「あ」


そうだ。次は俺が手を加えないパターンにしてみよう。

知り合い同士がいやいや相手を殺すときに出す断末魔はどうなるのか。


これは傑作の予感がする。

ファンは喜んでくれるだろうか。


会社が終わるとその足でアイデア実現のために道具を買い込んでいく。

鼻歌まじりで真っ暗な家に帰る。


「ただいま――」



ヒュン。



一瞬だった。


なにか光ったような気がしたとき、ひゅうと喉から息が抜けた。


(ああ、これは知っている)


前にのどを切ったときに断末魔が取れなくて失敗したときだ。

ボトボトと流れる血を両手で受け止めるが止まる気配はない。


ひざまづいたその先で、誰かのつま先が目に入る。


「あ……ああ……あ……」


しぼりだした声はか細く、弱々しく、言葉にならなかった。

俺の前に立つ人は残念そうに言った。



「あれだけのいい断末魔を投稿したあなたなら、

 あなたの断末魔はどれほどいいのかと期待していたのにがっかりです……」

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