第66話.ダンジョン(5)

(クソ、これじゃあ戻れねーじゃねーか。)



これでもうラスボスを倒す以外、この部屋からでる術を失ってしまった。



安易に入るべきじゃなかった。



後悔の念に駆られるが、もう遅い。



覚悟を決めるしかなさそうだ。



10m程度の通路を進むと、その先には円上の広場が広がっていた。



その作りは、闘技場のようであった。



そして、円の中心には大きな魔方陣が描かれていた。



1歩広場へと足を踏み入れると、その魔方陣が青く光る。



そこから現れたのは、7mは有りそうな巨人であった。



オーガをデカくしたようなその風貌に、右手には巨大な剣、左手には盾を持っている。



こいつは本で見たことあるな。



確か、名をオーディス。



Sランクに指定されている魔物だ。



Sランクは、1体で国を滅ぼすことが出来るほどの戦力を持つ魔物に与えられる。



それにしても、デカイな。



こんなのと戦うのかよ。



でも、こんだけデカイと動きは遅いかもな。



そう思ったとき、オーディスは予想よりも遥かに速い動きで踏み出し、気づいたときには巨大な剣が目の前まで迫っていた。



「な!」



距離は50mはあったのに、それを一瞬で縮めてきた。



虚を突かれた攻撃だったが、紙一重でその攻撃をかわした。



「ドン!」



物凄い轟音が洞窟に響く。



剣が振り下ろされたところを見ると、地面が抉れていた。



「あっぶねー!」



オーディスはそこからさらに横薙ぎに払ってきた。



それをジャンプをして何とか避けた。



息つく暇もない。



こいつを倒すのは難しそうだ。



スピードは互角でパワーは俺よりある。



速さを3倍、力を2倍、頭――思考速度を1.5倍の今の強化倍率では分が悪すぎる。



俺は全能力を10倍まで強化することが出来る。



だが、強化魔法は全てが万能というわけではない。



その分多大な魔力を消失するため、10倍まで高めると最強になれるが5分しか持たない。



リミット付きの力を使うのは、勇気がいる。



5分で倒せなかった場合、待っているのは死だからだ。



この力は、他に手が無くなった時に取っておこう。



とりあえず、スピードでは勝っておきたい。



速さを5倍までアップする。



それに伴って、動体視力や耐久性などもアップする。



そうしないと体がスピードに付いていけないし耐えられないのだ。



1つを強化すると、他も強化しないといけなくなるのが難点でもある。



スピードで勝った俺は、オーディスの攻撃が地面を抉った瞬間に、デカイ腕に乗り顔付近まで走る。



オーディスは、急に上がったスピードに驚きを隠せない。



そのまま、肩にたどり着くと思いっきり上段から振り下ろした。



まるで鋼でも斬ったかのようなキーンと甲高い音が響く。



俺の攻撃は、皮膚さえも傷つけることが出来ていなかった。



「硬すぎんだろ!」



自然とその言葉が漏れる。



その直後、オーディスの左手が肩の上の俺を払おうと迫る。



一旦オーディスから降りて体勢を立て直す。



まさか、傷ひとつ付けられないとは。



予想外の硬さだ。



力を強化しても剣が持たないだろう。



強化するとしたら武器の切れ味か。



「武器強化。」



武器を3倍に強化し、もう一度チャレンジした。



同じように、オーディスの腕を伝い、肩までいくと斬りつけた。



オーディスは、さっきで俺の攻撃が効かないことを知ってか余裕の態度だった。



しかし、武器強化した俺の刃はオーディスに傷をつけた



「グオォォォ!」



ち!肉は斬れたが骨までは全然だな。



掠り傷程度ってとこか。



だが、傷を与えたことでオーディスの様子が変わった。



今まではどこか舐めた態度だったが、傷を負って俺を敵と認識したようだ。



「うお!」



オーディスによって振り落とされる。



オーディスのスピードを警戒して一旦距離をとるが、今までと動きが違った。



剣を上段に構え振り下ろそうとしているその攻撃は、俺との距離が50m以上も離れている。



当然当たるわけがないのだが、オーディスはそのまま地面に叩きつけた。



「ドドドドド!」



その瞬間、地面が割れそれが俺の元まで伸びてきた。



「――!」



横に飛び何とかかわしたが、オーディスはすでに盾で体当たりしに来ていた。



オーディスの巨大な盾が俺の目前まで迫っており、これをかわすのは不可能だと瞬時に悟った。



(耐久性7倍強化)



武器と体の耐久性を上げて、その攻撃を受け止めようとしたが、吹っ飛ばされ壁に叩きつけられる。



耐久性強化のお陰で、ダメージはあまりないが危なかった。



まさか、遠距離攻撃があるとは。



あれは、土魔法の一種だろう。



多分、オーディスは武器を媒体にしてしか魔法を使えないのだろう。



武器を媒体にしてしか魔法を使えない人は意外と多い。



杖という武器に需要があるのもそのせいだ。



はあ、打つ手がねぇな。



5倍強化でも、相当な魔力を使うのだが、全然勝てる気配がない。



7~8倍強化して、ようやくまともなダメージを与えられるってとこだろう。



7~8倍の強化での可能戦闘時間は15分程度だが、多分倒しきれないだろう。



それなら10倍強化で、一気に方をつけにいった方が勝てる可能性が高い。



雷魔法もあるが、決定打を与えられるような魔法はない。


覚悟を決めるか。



5分耐えきったらお前の勝ち。



5分で倒せたら俺の勝ち。



「さあ、デスマッチを始めようぜ!」



全ての能力と武器の性能を、最大の10倍まで強化する。



ここからは、俺の独壇場だ。



俺が右腕めがけジャンプすると、ダンという轟音が鳴り響く。



オーディスは俺の動きが見えておらず、簡単に右腕へといけた。



7mもの巨体となると、一撃で斬り落とすことは武器のリーチ上出来ない。



だから、斬り落とせるまで何度も斬る。



「グオォォォ!」



オーディスが斬られた瞬間に悲鳴をあげ、反射的に斬られたところを左手で押さえようとしてくる。



その左手を避けて、右腕の反対側に回り込みさらに斬る。



オーディスは俺を振り落とそうと必死に暴れたり、左手で潰そうとしたりしてくるが、止めることは出来ない。



思考速度と動体視力も強化されているため、オーディスの動きはスローモーションように見えていた。



両側から斬り続けた腕は、最後の一斬りまで来た。



「ウォォォ!」



最後の一振りで、オーディスの体から右腕が無くなった。



ここまでの時間は約30秒



次は左腕だ。



右腕が無くなったお掛げで、オーディスの抵抗手段が1つ減ったので先程より楽にいけた。



しかし、左腕を斬り落とした瞬間、驚くべきことが起きた。



最後に、遮るものが無くなった頭を斬り落としてやろうと、頭を見据えたとき視界の左隅に剣が迫っているのが見えた。



スローモーションで見えているため避けるのは簡単だったのだが、その攻撃はさっき斬り落とした筈の右腕からだった。



見ると、無い筈の右腕が普通に存在していた。



「再生能力も持ってるのかよ!」



残り4分。



オーディスの蹴りをかわしながら、再度右腕を斬り落としに掛かる。



だが、斬り落とした時には左腕が再生しており、このままではジリ貧だ。



もういっそのこと、腕は無視して頭を斬り落とすかと思ったが、首を攻撃すると、盾でガードするのだ。



反対側が空いているため、そこから斬り込むも、右腕が再生し終わった瞬間両腕を使って首を隠しに来た。



これでは無理だ。



腕を斬り落とさなければ、首への攻撃は難しい。



残り3分。



残り2分。



と時間だけが過ぎていく。



しかし、ここで気づいた。



オーディスの再生速度が落ちてきているのだ。



多分、度重なる再生によって魔力が尽き掛けているのだろう



これならば、再生しきる前に頭を落とせるかもしれない。



左腕を斬り落とし、右腕だけとなった状態から首を斬り落としに掛かる。



残り1分。



「ウォォォォ――!」



首を何度も斬りつけ、後もう少しと言うところまでいき、イケると思った。



でも無情にも左腕が再生し終わった。



残り30秒。



魔力切れをお越しかけているため、体が重く感じる。



残された最後の手段。



それは、一撃で首を斬り落とすことだ。



もうこれ以外に方法はなかった。



「サンダーソード。」



強化魔法ではなく、もう1つの魔法である雷魔法。



これを今まで使わなかったのは、使うと5分という制限時間が魔力を使うため短くなるからだ。



だが、残り時間が短い今、それはあまり関係ない。



残った魔力を使い、5mの雷剣を造り出す。



オーディスは、それを脅威と感じてか剣を構え接近してきた。



振り下ろされた剣をジャンプして避け、そのまま首に接近した。



「これで終わりだーーーー!」



オーディスは首を盾でガードしていたが、そのまま横薙ぎに払った。



俺の雷剣は、盾を斬り首をも斬った。



「ドスン。」



首が斬り落とされたオーディスは、そのまま後ろに倒れた。



「――やったのか。」



残り時間0秒。



(頼む。このまま死んでいてくれ。)



全魔力を使いきった俺は、オーディスを完全に倒したのか確認できないまま、意識を失った。

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