すからださんと助手〜犯人は薬剤師!といったら反撃されました〜

梅干しおにぎり

第1話

「一体どういうことですか!」

怒鳴り散らす隅々警部にも動じず、巣体さんはにっこりと笑顔を浮かべた。相変わらず肝のすわった人だ。きっと、彼の肝は寝っ転がっているに違いない。


「だから、犯人は彼女さんの差江崎さんということですよ。薬剤師である彼女しか出来ない。いや、この被害者に対してはということですよ?実を言うと薬剤師であるなら誰でも出来てしまうので。」


「は…?」


隅々警部が目を見開いて固まっているのをほっといて、巣体さんは私に合図を送ってきた。

私は慌てて、薬局内の監視カメラ映像をテレビに流すとちらっと差江崎さんの方を見た。犯人の反応を覚えることを今回の宿題にされていたからだ。

差江崎さんは、特になんと言うこともなくみんなと大差ない反応をしていた。急に犯人だと決めつけられたら騒ぎ立てて証拠をみせろ!というのがセオリーだと私は拍子抜けした気分だ。


いや、逆に冷静すぎか…?んーでも薬剤師なら皆んなそんなもんなのかもしれない。

私は数日間張り付いて見ていた薬剤師の仕事を思い出してゲッソリした。

毎日、人為的に起きる事故を止めている彼女に、医者には嫌味と怒りをすごい剣幕で投げつけ、患者には感謝されず、同じ医療従事者達には馬鹿にされる始末。薬剤師一揆が起きたら、薬を使う治療において医療事故が多発し、医者もその他医療従事者も簡単に信用を落とすだろうと私にも予測できたのだが薬剤師以外にはそんな事は見えないらしい。そのぐらい当たり前に皆んな様々な薬関係のミスを一日中起こしていたのだ。人間だもの、それこそ当たり前だ。


何で医療系の人はミスをしない超人だと私は思い込んでいたんだろう…恥ずかしい。


時にはミスをした相手に下手に出て、全ての事態を回収しながら、冷静にやるべき仕事を行う姿に器用貧乏とはこのことだなと思ったのだ。


差江崎さんが今何も言わないのは、いつものようにミスを確認してから、相手への対応を考えているところなのかもしれない。

朗々と語る巣体さんの声を聞き流しながら私がじっと見つめているとビデオの終了と共に、またもや隅々警部が肩を震わせてグッと力の入った目を巣体さんに向けた。


「薬剤師が一人で薬を用意するのが、法律上許されており、それ故ちょろまかせてしまう仕組みがあると言うのは理解しました。しかし、このように監視下に置かれているではないですか。それをどう誤魔化したというのです。」


「あぁ、それにはもう一つの犯罪が関わっているのです。」

くるりと振り向いて、巣体さんがポケットからボイスレコーダーを出すとポチっと録音された声を流し始めた。


「エリアマネージャーの薄野さんは唯一あのビデオをどうにかできる権限があったのですが、それをいいことに彼はある人をストーカーしてましたね。それを、彼女に見つけられてビデオ映像に細工をしたんですよ。」


仕事中ずっと録画されて監視されているのは嫌だなぁと思ってた私にとって、この話を聞いた時の衝撃は半端なかった。良いこと何一つないではないか!


「ビデオをどうにかした後は、薬を盗み、飲み物に一服もったわけだ。」

巣体さんが冷たい目で差江崎さんを見つめていると、差江崎さんはふぅーとため息をついた。


「その話を聞いて納得しました。なるほど、犯人は院長でしたか。」

「へ?」

思わず声を出してしまった私の方に差江崎さんは首を向けた。

「私ね、ミスを指摘するのが得意なんです。というか、仕事なんです。しないと免許取り消すと、法に書いてあるくらいですから。ご存知かもしれませんけど。」

そう言って、私が着ていた上着を指差した。最初は何のことかわからなかったが、よくよく考えて私の顔は青ざめたと思う。体温が下がった気がしたのだ。


「見張りをしていた時と同じ上着を持ってくるのは良くないと思いますよ。何で私に見張りが付いていたのか疑問でしたが、まぁ同居していた彼氏が殺されたのだから警察が見張っているのだと思ったんですよ。

さて、」

そこで言葉を止めると、差江崎さんは巣体さんの前に仁王立ちをしてニマッと笑った。


「おそらく、院長に上手く誘導されたのでしょう。あの人は、頭は良いですからね。しかし、勉強ができて頭が良いのと、人格という面では全くもって別物。医者を神聖視したくなる気持ちはわかりますが、医者なんて、人よりペーパー試験が上手くできるだけのただの人間なんですよ。試験ができれば人徳者になれるのら、仕事がなくなってしまう人たちが出てきてしまいますよ?」

ふふふふと差江崎さんが楽しそう話すのを聞いて、私は反省したと思い込んでいただけだということを瞬時に悟った。


「では、疑義を申し立てていただきます。薬をちょろまかすことができるのは正確には、薬剤師、医師、歯科医師、獣医師です。特別な理由がある限り、医師は薬を用意することができるのですよ。そして、医師に指示を出された看護師もその業務を行うことが簡単です。正直、くすねるとしたら薬局よりそちらの方が楽勝でしょう。」


「ですが、」


「大変申し訳ありませんが、少し待っていただけますでしょうか。」

隅々さんが口を挟もうとするのを止めて、差江崎さんは巣体さんが使っていたホワイトボードのペンをとった。

キュポッという音が、緊張したこと部屋にはよく響く。


「これの違い、わかりますか?」


そう言って書いた、薬の名前と思しき羅列に私は首をひねった。


「えっと、違いはわかりませんがおそらく中身はわかります。今回検出された、薬の成分の入っているものではないですか?」


「はい、その通りです。しかし、そうですか…では、そうですね説明するのにこの紅茶を使いましょう。

ここに紅茶があります。二つのコップにこれを注いだとしましょう。片方には砂糖をいれ、片方にはレモンを入れます。そして、砂糖入りの方をシュガー茶、レモン入りの方をレモン茶と名付けて売り出します。ですが、お茶を出せと言われたらどちらでも良いと思いませんか?」


「え?あ、はい。いや、好みとかはあると思いますが。」


「そうなんです。好みとかは大事ですよね。だから、会社はそれぞれ工夫してこのお茶に色んなものを足して独自のものを作り出すわけです。」


「はい。」


「…薬も同じです。成分は同じでも、出してる会社によって創意工夫がされています。薬局と院長の出す薬は会社が違う。しかし、両方とも一服もられれば同じ成分が出てきます。そして、薬局で使ってる薬は水に溶かすことができないんですよ。」


「へ?」


「そうですね、溶かすとねちょねちょになって色が変わります。誤飲や、犯罪に使われないように。」


「え??」


「そして、院長の出してる薬は逆に水に溶かしやすいです。子供やお年寄りに看護師が補助して飲ませるのにそちらの方が都合が良いですからね。まぁ、薬剤師しかこう言った製剤工夫の授業は受けませんし、普段は私が諸々調整をしているので知らなかったのでしょう。」


「えっと、それはつまり…」


差江崎さんは、巣体さんにペンを投げて渡すとドアノブに手をかけた。


「では定時ですので失礼します。薬剤師を舐めないでください。薬を使うなら、もっとバレない方法を使うに決まってるでしょう?」


ニッタリとした目に纏わりつくような笑みを残して彼女は去っていった。

後に、薬を詳しく調べたところ院長のボロは確実なものとなり、薄野さんとの裏取引が判明した。

巣体さんは数ヶ月使えものにならなかったのは言うまでもない。

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